9 真夜中の攻防
夜も遅くなり、昼間とは打って変わって辺りは閑散としている。
そんなときでも兵士は仕事をしなければいけない。
しかし、今現在はこの要塞は魔王軍に乗っ取られている。そんな場所を守る理由など本来は存在しない、人質を取られれば別だ。
多くの兵士の家族は魔王の配下に見張られ、不穏な動きがあれば胴と首が離れ離れになってもおかしくない。だから、従うしかなかった。こんな暗い夜でも従うしかない。
今夜は異様に暗い、炎の明かりが見えないほどに。
「おやすみ」
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ミクロの闇の力で炎も見えない真っ暗闇を作り出す。そこにイアンが突っ込んで兵士を気絶させる。その繰り返しだ。
今のところ順調だが、これから要塞の門の周りの敵をなるべく殲滅して門を開けるのがレトロたちの任務なのだ。その中には魔王の配下も含まれている。
戦闘はすべてミクロとイアンに任せているが、もしものことがあればレトロも戦わなくてはならない。
やっと要塞内部に入ろうとしたときだった。
「本当に使えないな」
レトロたちの進む方向から声が聞こえた。
「魔王軍の者か!?」
「そうだよ」
もうバレていた。これでは作戦の続行が難しい。
「君たちに怒っているわけじゃないから大丈夫だよ」
「やけに友好的だな?」
「いやあ、もうこの要塞に用はなくなったからねえ」
用がなくなったとはどういう意味だろうか。この青白い肌の男は薄ら笑いを浮かべながら、レトロたちをジロジロと見てくる。
「黒い君と背の高い君、魔王軍入らない?」
「「断る」」
「君たち強いし良いと思うけどなあ」
急にレトロたちを勧誘してきた、もちろん全員断ったが。いまいち要領のつかめない男だ。
だが、先程の発言から察するにそれなりの地位にこの男は就いているのだろう。
「ボーン様にこの要塞任せられてたけど、もう無理そうだからねえ。せめて戦力強化しときたかったんだよ」
「もう無理ってどういう、いや、それよりもお前以外の魔族はどこに・・・」
「君たちの仲間が外で待機してるんでしょ?」
どうやら完全にこちらの動きは掴まれていたようだ。
「もう全員向かわせたよ」
「なっ」
敵方はロウルたちの部隊を完膚なきまでに潰そうとしているというのか。
「ま、無理だろうけどねえ。俺が逃げるまでの時間稼ぎさえできれば十分さ」
「・・・そう簡単に逃がすと思うか?」
イアンが剣を構える。なるべく戦闘は避けたかったが、この男を逃がすと応援を呼ばれる可能性がある。やむを得ない。
「君らだけでこの副官アルデを倒せるかな?」
アルデが手に持っていた槍を構える。
「レトロ!お前は逃げろ!こいつは俺たちでどうにかする!」
「分かりました」
急いでロウルと連絡を取る必要がある。
「どこ行くの?」
気付けばアルデはもうレトロの背後まで迫っていた。
「お前の相手はこっちだ!」
そのままレトロは串刺しにされるかと思われたが、イアンとミクロの神から与えられし権能でそれを防ぐ。
「何だこれ、触手?」
アルデが思わず困惑する。当然だろう、イアンとミクロの方から伸びてきた二本の触手が両腕を掴んできたのだ。
イアンとミクロは神から『触手』を賜った。空中から触手が出現するこの権能は多くの司祭に与えられる代物だ。
「結構柔らかいな」
アルデが巧みに槍を操って二本の触手を切り裂く。
「おらよ!」
イアンがアルデに突っ込んでいく。
「隙だらけだな!」
無防備を晒して突進するイアンをアルデが嘲笑う。
その勢いを利用して槍の餌食にしてやろう、そう考えた。
「そんなことするか?」
だが、先程からこの銀髪の偉丈夫の戦闘を見ていたアルデには分かる。この男は戦闘に慣れているのだ。だからこそ、無策でただ突撃するだけの愚かな行為はしないだろう。
思い至った瞬間だった。銀髪の全身が鉄色に変色したのは。
咄嗟に槍で受けるがあまりの衝撃に僅かながらも体勢を崩される。そこに銀髪の腕から生えてきた槍で追い打ちをかけられた。
その連撃に手に持っていたアデルの槍が中空を舞う。そこに黒髪の方の赤黒い触手が伸びてきて、槍を掠め取る。
その一連の動作からも黒髪と銀髪の二人が戦い慣れしていることが見て取れる。
そんなことをアデルは考えていた。そこにアデルを突き刺そうと鋭い槍の攻撃が飛んでくる。
並の者では避けることも受けることも叶わずにそのまま息絶えて終わるのだろう。だが、アデルは違った。
槍の攻撃をすんでの所で躱し、懐に潜り込み目を潰そうとイアンの顔に手を伸ばす。
咄嗟に腹の辺りから触手を伸ばすことでアルデを引き剥がすことに成功するが、イアンは槍を奪い取られてしまう。
「それだけじゃ鉄凶人は困らないだろうがね」
「クソッッ!!」
だから、アルデは隠していたナイフをイアンの両足に刺した。これでイアンは動けない。
「まずはお前からだ」
アルデがミクロの目の前で槍を振り上げるが、周囲が暗闇に包まれる。
「それはもう飽きたよ」
アルデが槍を振ればそんな暗闇は吹き飛んでしまう。
アルデが槍を振り上げる。
その瞬間アルデの頭は射抜かれていた。
「間に合いました」
レトロの銃弾によって。
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「取り敢えず止血はしましたが、まだ抜いちゃだめですよ」
「ああ、お前には助けられたな」
「お互い様です」
レトロとミクロはイアンの手当を終えた。
「すまねぇ、足の指が動かないんだ。手を貸してくれ」
レトロが門を開けておいたため、ロウルたちの到着を待てば良い。
「取り敢えず医務室でも探しましょう」
「・・・なあレトロ、悪かったよ」
イアンは死にたくない。仲間も死なせたくない。
最初は新人のレトロのせいで自分とミクロの身が危険にさらされることを恐れていた。だが、イアンの思いとは裏腹にレトロはレトロの最善を尽くした。
だから、レトロに謝りたかった。
「最初のことですか?もう良いんですよ」
普段のイアンだったらこの後も謝罪を続けただろう。
レトロの背後から槍の影が見えなければ。
「レトロ!」
呼びかけるがもう遅い。気付くのがあまりにも遅すぎた。レトロの頭が貫かれてしまう。
「そうはさせるか!」
割り込んでくる影があった。間一髪でレトロを救ったその人物の周囲は暖かな光で溢れている。
金髪碧眼の少女――アンリによってレトロは救われたのだった。
「その見た目と力、君が噂の勇者様かな?」
勇者――魔王に対抗すべく創られた存在。彼女らの詳しい情報はまだ世間には出回っていない。
「その通り!魔王軍幹部ボーンはどこだ!」
「もうここには来ないよ。もう良いかな?俺はもう行かないと」
「逃さない!」
アルデが殺害に失敗して、身の危険を感じてきたのか逃げ出そうとする。しかし、アンリはそれを阻止しようとする。
「なんでレトロさんを狙う!」
「これは勘だけど、あの子を逃がすとまずいことになる気がするんだ」
どうやらレトロはアルデに目を付けられたようだ。だが、奴はアンリによって抑えられている。
「早く逃げましょう」
「そうだな、できるだけ遠くに」
この場はアンリに任せようと思ったそのときだ。
「強い・・・」
「光の勇者もこんなもんか」
アンリが押され気味だ。
「おい!あいつそんなに強くないぞ!助けないと!」
「ひどい!まだ本気じゃないです!!」
「君ら元気だねえ」
イアンは怪我人の割に大きい声でアンリに加勢したいと言う。
レトロからすると無理な話だ。
最も戦闘力の高いイアンが戦えない程の負傷をしている。また、このまま逃げるまでの時間稼ぎはアンリでも十分だろう。
何よりアンリが死ぬかもしれない、レトロはそう思った。
「無理だ!早く逃げるぞ!」
「・・・クソッ」
レトロは腰から小さな木の棒を引き抜く。
「レトロ、何してるんだ?」
「加勢した方が時間稼ぎになるかと」
思ってしまった。アンリには勝手に死んでほしくない、せめてレトロ自身が殺したいと。
アンリから似ていると言われて、考えてしまったのだ。
近しいものを感じたのはアンリだけではないのだ。
レトロに全く似ていないが、似ているところがあると考えた。
ならば、レトロは彼女の最期を見てみたいように思う。
「当たったらお前はそれまでの人間だったってことだ」
杖の先から蒼の光の矢が戦闘中の二人に飛んでいく。完全にロウルの見様見真似だが、当たればそれなりの怪我はするだろう。
「仲間ごと!?君無詠唱使えるの!?」
「私に厳しくない!?」
両者はそれぞれ違う意味で驚愕する。
アルデはレトロたち三人がさっさと逃げると踏んでいたのだろう、魔術の矢が体に掠って顔に傷が付く。
しかし、そんな些細な傷は瞬時に再生していく。
この驚異的な回復力のおかげで、アルデは頭を銃弾に射抜かれてもなお息をしているのだ。
動揺した瞬間にアンリの剣がアルデの肌を浅く傷つけた。さらに、レトロの魔術攻撃とは違い傷は塞がらないのだ。
「光の勇者の力かい?」
それでも、アルデは余裕を崩し切れてはいない。
アンリの剣の一撃を強く弾いて、大きく距離を取る。そのままレトロに向かって槍を突き出した。
「本当に厄介だな、君ら」
ミクロの『触手』の権能で槍の勢いを抑えたのだ。
しかし、それでは止まらない。だから、レトロの『左手』の権能を使った。
槍をその手に受け止めそのまま折ることに成功した。
「でも、甘い!」
折れた鉄の槍の尖った部分をを今度は負傷したイアンに向かって投げつける。
そのままイアンの身体に突き刺さった。
ように見えた。
「生やした武器は戻せるんだ」
実際はイアンが自身の身体から生成した武器を吸収しているだけだった。
「ライトアロー!」
光の矢がアルデの頭を貫いたのだった。