8 嫌い
ヒエトス家の要塞都市ウオタ、多くの人間が出入りするこの要塞は魔物や賊などの侵入を防ぐための圧倒的な堅牢さを誇っていた。
現在は魔王軍幹部によって支配されているものの、その活気は衰えていない。
むしろ、武器や防具の流通はさらに増し、さらに繁盛しているのだ。
幹部の方針で武器商人は簡単に城塞に入れるようになっている。
「だから俺たちは潜入できたわけだ」
銀髪の偉丈夫――イアンが得意げに話す。レトロ、イアン、ミクロは武器商人として紛れ込むことができた。
「俺に感謝しろよな」
レトロはこの男には感謝はしたくなかったが、実際に検問を突破できたのはイアンの功績だ。
イアンは身体を鉄にしたり身体から鉄を生やして武器にすることができる鉄凶人だ。その能力で大量の武器を作り武器商人になりきったのだ。
「生やした武器はは俺に戻せば消費を抑えられるんだ」
「便利ですね」
「すごいだろ!」
検門を突破したらなるべく人気のない宿屋を探す手筈になっている。
「だずげで」
どこからか声が聞こえてくる。道端で女性が倒れていた。
「大丈夫ですか?」
「宿屋まで運んでもらえませんか・・・」
「お安い御用です」
「おい」
ミクロは嫌そうな顔をする。
「ちょっと歩くだけですよ」
「この街のことについて聞き出せるかも知れないぜ」
イアンも助け舟を出す。
「仕方ないな・・・」
ミクロも渋々納得したらしい。
レトロも気持ちは分かる。だが、困っている人を助けるのはレトロにとって重要なことなのだ。
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「はりぃがとうございました」
「いえいえ、お気になさらず」
宿屋に到着すると余程腹が減っていたのか、先程の女性――アンリは大量の料理を注文した。
金髪碧眼の美しい少女だった。肩まで伸ばした美しく柔らかな金髪、まだ若干の幼さを残した面差し、そして透き通った宝石のような瞳を宿していた。
その服装は、白を基調としたドレスのような鎧を纏っている。
明らかに商人の格好ではない。どこかの騎士家の令嬢だろうか。
「そういえばアンリさん、この街に魔王軍の幹部がいらしてるとか。ひと目見てみたいものです」
「ああ、その人今はいないんですよ。一週間ぐらい帰ってこないとか」
雑談をしつつアンリからはたくさんの情報を引き出した。そろそろ夕方でもう得られるものは無さげだ。
「じゃあ、僕はこれで」
「はい、本当にありがとうございました。また後で」
偶然にも、求めていた条件と一致していたアンリの宿にレトロたちは泊まることにしたのだ。
「戻りました」
「よし、じゃあ会議を始めるぞ」
三人揃って目を閉じる。
『ミクロ、どんな調子だ』
頭に直接ロウルの声が響く。信徒同士はある程度離れていても、神の力で意思の疎通が可能なのだ。
『レトロの集めた情報によれば、一週間の猶予があると』
『よし、予定通り明日の深夜に計画を遂行する。ミクロとイアンは門の周りの魔王軍の兵士を殲滅、レトロが連絡係を務めろ。三人で協力して門を開けるんだ。引き続きミクロが他二人を纏めるように』
『了解しました、司教様』
それぞれの役割を伝えられて会議は終了する。
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昨日はよく眠れなかった。本当は疲れた体を休めたかったのだが、つい任務のことを考えると興奮してしまう。まるで子供のようで自分が情けない。
「おはよう、よく眠れたか?」
ミクロの声で寝起きの頭がズキズキする。
「イアンさんは?」
「外出中だ。剣でも振ってるんだろ。お前後で仮眠を取ったほうが良いぞ」
「ありがとうございます」
先輩から有り難いアドバイスを受けた。
「ミクロさんも昔はこんな感じだったんですか?」
「ミクロでいいさ。俺は寝なくても支障はないからな、その感覚はよく分からないよ。でも、ちょっとした失敗談はあるぜ」
ミクロは司祭に選ばれて間もない頃、一人で任務に行ったことがあるらしい。しかし、一人では解決しきれない問題があったにも関わらず、応援を呼ばずに単独で行動して死にかけたことがあるそうだ。
「そのときは、ロウル司教が来てくれて助かったんだがな。要するに気負いすぎるなってことだ。何かあったら俺たち先輩に任せろ、レトロはひとりじゃないんだからな」
レトロの悩みとは微妙に違っていたものの、気遣ってくれたのだろう。素直に感謝する。
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「あ、レトロさん、おはようございます!」
ミクロに許可を貰って気晴らしに宿の外に出たところアンリと鉢合わせた。
「おはようございます」
「お出かけですか?」
「昨日アンリさんが教えてくれたのでね」
「案内しますよ!」
アンリと共にその場所に行くことにした。どうもレトロはアンリに懐かれてしまったらしい。
「そういえば、アンリさんは何でここに?」
「ちょっと人様に言えない事情があって・・・」
彼女の服装からある程度察していたが何か訳ありらしい。そうは思えないほど、彼女は明るいが。
さっきから、辺りをキョロキョロ見ている。
「私あんまりこういうところ見たことないから新鮮です!わ、あれなんですか」
「ああ、あれは銃ですよ」
「じゅう?」
「すごい速さで小さな鉄の玉が飛んでいくんんですよ」
「はえ〜」
武器のこともよく知らない様子だ。おそらく、どこかの貴族の箱入り娘だろう。
そんな事を考えながら二人で目的地に向かっていた。
「着きました!いい場所でしょ!」
賑やかな大通りから離れた場所だった。水路の引いてある涼しげな広場にやってきた。
「落ち着きますね」
「でしょ!ここにレトロさんと来てみたかったんですよ〜」
「・・・なんで僕と?」
「私とレトロさんってきっと似た者同士なんですよ!」
「は?」
レトロはつい怪訝な顔をしてしまう。出会ったときからレトロはアンリのことを変人だと思っていた。その評価は正しかったようだ。
そもそもどこが似ているというのか、明るいアンリと物静かなレトロだ。
「私達って、いい人なんですよ!」
「・・・自分で言うんですね」
「困っている人がいたら助けたいんですよ」
アンリは自分のことを弱者を救う高潔で善良な人物だと言いたいのか。
「人を救わないと生きていけないんです」
レトロの頭に一瞬の空白が生まれ、その言葉を理解した瞬間に強い不快感に襲われる。レトロは自分の中でアンリに対する嫌悪感が芽生えていくのが分かった。
嫌いだ。大嫌いだ。なるべく感情を出さないように努めるが、つい拳を握りしめてしまう。
「大丈夫ですか!?」
「何が?」
「唇から血が出てます!」
抑えきれずに口の端を強く噛んでいたらしい、うっかり切ってしまった。
「見せてください!」
「大丈夫ですから」
「でも・・・」
アンリがレトロの顔に手を添えようとする。
「触るな!」
「・・・すみません」
レトロはこの女とはもう話していたくないと思った。
「・・・僕はもう行きます」
「待ってください!」
アンリがレトロの行く手を阻む。
「退いてください」
レトロよりも若干小柄なアンリを睨みながら、冷たく言い放つ。しかし、それに一歩も引かずにアンリはレトロを睨み返す。
「私も同じなんです」
だから、許せというのか。
「私達きっと良い理解者になれますよ」
理解なんて求めない。
「―――――――――」
主人公の謎の地雷