7 仕事前
「ほい」
「よし」
レトロの杖の先が見事な蒼の光が放たれる。
「やっ!」
「惜しい」
一瞬だけ青白い光が見える。
「あれ?」
「お前才能無いな」
鉄仮面のロウルがラエルに辛辣に言う。あの後、ジャックの懸賞金を受け取り何事もなく古城に帰ることができた。
現在、レトロ、レフ、ラエルの三人は魔術の指導を受けている。魔術とは言っても、魔力を可視化させる訓練の最中だ。
まともに戦闘ができないのでは、この先の戦いには到底着いてはいけない。というわけで、時計塔から飛び降りて複雑骨折中のレトロも参加できる、魔術の訓練が始まったのだった。
「今日はもう十分だ。レトロはもう次の段階まで入れるが、治療が終わるまで待て。レフも悪くなかったな」
「うん」
レフはやがて氷の力を扱うことになるのだが、ある程度魔術に触れておくことで身体を慣らすことができるという。
「何も起きないことはないはずなんだが・・・」
「なんで私だけ?」
「調べといてやる」
ラエルの方は難航しているらしい。
「ちょっとレトロ君、君は安静にしなきゃだめでしょ!」
医務室のブラキさんが四本の腕を組みながら言う。彼は多腕族にして回復術を扱う癒し手だ。
「ロウル!なんで医務室で魔術を使ってるんですか!?」
「そんな大したことはしてない」
「そうゆう問題じゃない!ほら、行った行った」
ロウルたち三人は出て行ってしまった。
「強くなりたいのは分かるけど、まずは治療が最優先だよ」
そう言ってレトロの足に四本の手を添えると、辺りは優しい緑の光に包まれる。
暖かな癒やしの光――回復魔術だ、魔術の技術が氷の一族によって失われた今では回復術師は貴重な存在となっている。
心地よい暖かな癒やしの力はレトロの傷を身体の内から働きかける。この力のお陰であと一週間もすれば歩けるようになってしまう。
「今日はこれでおしまい、あんまり動いちゃだめだよ」
「はい、ありがとうございました」
とんでもないことに気付いてしまった。
「暇だ・・・」
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「お前らにはまだ説明してなかったな」
訓練が終わり城の庭園でラエルがレフに慰められていたときのことだ。
「何をですか?」
ラエルはロウルたちが建国を目指しているというのは聞かされている。とんでもないことをしようとしているのだが、さらにまだなにかあるのだろうか。
「我らが神とその信徒たちについてだ」
「神?」
ラエルが思い浮かべる神は太陽神それに服属している大地の神、水の神、雷の神、風の神だ。
「俺たちが崇める神は太陽神に服属していないし、今も生きている」
「そんなのいるんだ・・・」
ラエルとレフには神に縁がなかったので、その辺りの事情はよく知らない。
「ま、ここは別にいい。大事なのは次だ、信徒の役割だな」
ロウルいわく、信徒にも役割があるらしい。
「まず、神と意思の疎通をする大司教である『瞳』の聖女様、この方を司令塔として俺たちは活動する」
ロウルやレトロが聖女様と呼んでいる女性だ。
「あとは司教と神から『力』を授かった司祭だ、レトロも司祭だな」
「ロウル先生、司教と司祭の違いはなんですか?」
「今のところ、司教はこの俺と城の門番のドランだ、まあ聖女様の護衛と補佐役だな」
ロウルにはまるで信仰心なんて無さそうに見えるが、意外にも信心深いのだろうか。
「なんか意外です」
「俺もドランも神なんてどうでもいいんだがな」
それで良いのだろうか、普通その立場は信仰心が必要だろうに。
「レフは将来の司教候補なんだ、そのつもりでな」
「うん」
レフは孤児だったがロウルに拾われた、自分の後継探しだったらしい。
「司祭は『力』を与えられている。レトロの場合は左手の大きさと硬さを変えられる『力』だな」
「どういう役割なんですか?」
「司祭はその力を使って神の手足となることが求められている」
獣と化したラエルを気絶させるほどのレトロの左手、それと同等の力を他の司祭も持っているなら、戦力に申し分ないだろう。
「あとはその他の信者だな、近くにちょっとした集落があってそこに信者たちが生活している」
「・・・私やレフみたいな人たちですか?」
「獣人は結構いるな。お前みたいに先祖返りしてる奴は珍しいがな」
ラエルは誰かを助けたくてここに来た。
だからラエルはもっとできることを増やしたい。
へこたれている場合ではないのだ。
「訓練の続きをお願いします!」
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「退院おめでとう、次は気をつけてね」
「お世話になりました」
あれから一週間、やっと怪我が治った。もう医務室は懲り懲りだ。
「間に合ったか」
「ロウルさんお久しぶりです、どうされたんですか?」
「やっと金が集まったんでな、魔王軍の要塞を乗っ取るぞ」
「え?」
ここは退屈しないとレトロは思った。
その街はここから東のヒエトス家の所有する要塞だったという。
ヒエトス家は水の神の血を引く大貴族だ。太陽神の末裔たる王家に次いで、権力を持つ四大貴族の内のひとつだが、一年ほど前に魔王軍幹部が襲来し街があっという間に占拠された。
もはやヒエトス家だけでは解決できないと判断し、王に応援を求めるがこれを拒否される。
そこでロウルたちは街を取り返す代わりに、建国の援助を約束させた。
「今、魔王軍のの幹部は出払っている。そこでお前は何人かの司祭と共に街に潜入、俺はレフとラエルと一緒に外で待機だ。詳細は後で教える、すぐに向かうぞ」
待ちに待っていた大仕事だ。期待に胸を膨らませてレトロは歩を進める。
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「お前が新人か、足手まといになったら承知しないからな」
「おい、そんな言い方ないだろ」
三日間の移動の末、件の街に到着した。その矢先だ、感じの悪い銀髪の偉丈夫に敵意を向けられた。
「どちら様ですか?」
「なんだ、その口の聞き方は!」
「おい、落ち着け!済まねえな、俺はミクロでこっちがイアンだ」
黒髪の男性――ミクロがレトロに説明してくれた。
二十代手前だろうか、どちらもレトロよりは年上に見える。
「レトロです。よろしくお願いします」
「ほら、いい子だろ」
「ちっ」
イアンが舌打ちする。なんでこの男が選ばれたのだろうか、大柄な上に声もうるさい
「お互い思うところはあるだろうが、街の中じゃ他に頼れる奴らはいないんだ」
「了解です、ロウル司教」
「分かりました」
「仕方ねえな・・・」
ロウルは前途多難な三人を見送ったのだった。