追跡
「離してください!」
ここは東の商業街ドリグ、その商業区の路地裏での出来事だった。ラエルは今二人の男に囲まれている。
何故こんな事になったのか。いつも仕事を頑張っている自分へのご褒美として買い物でもしようと思っていたのに。
油断していた。久々の休暇に浮かれていたところをこの男たちに路地裏に引きずり込まれてしまった。
「人を呼びますよ!」
「ちょっとぐらい良いだろ?俺らと遊ぼうぜ」
「嫌ッ、早く離して!」
必死に抵抗しても十七歳の少女と大人の男では分が悪い。
「誰か!助けて!」
「黙ってろって」
もう一人の男がラエルの身体に触れようとしたときだった。
「何してる?」
誰かが助けに来てくれたらしい。
「うっ」
棍棒を持った茶髪の男性が暴漢の頭を殴って気絶させる。
「テメェ、よくも・・・!」
激高したもう一人の暴漢は懐から鋭利なナイフを取り出した。
が、それを振り抜く前に男性が頭に棒を振り下ろす。それだけではまだ動けたので何度も棒で体を打ち付ける。
暴漢たちは気絶してしまい、ラエルはこの男性に助けられた。
「お怪我はありませんか?」
男性はこちらに近づいて声をかけた。見たところラエルと同じくらいの年齢だろうか、まだ少年のあどけなさが抜けきっていない茶髪の青年だった。
「ええ、大丈夫です。助けて頂いてありがとうがざいます。そちらこそお怪我は?」
「大丈夫ですよ、気をつけてくださいね、最近はどうも治安が悪い」
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「悪くなかったが不意打ちは黙ってやれ、それと倒したらすぐ戻れ」
レトロの動きを観察していた鉄仮面の男――ロウルが言う。
「あの女性が怪我をしてないかヒヤヒヤしていて」
女子供には優しくする、両親の教えだ。
「まあ良い、それで進捗は?」
「北の宿屋近くでそれらしき目撃情報が」
レトロたちは現在、賞金首の連続殺人犯の行方を追っている。
国を作るのには軍資金が必要だ。そしてその軍資金を手に入れるための金を集める必要があるとのことだ。
「金を集めるために金を集めなければいけない、気が遠くなりますよ」
「そう言うな、ここで捕まえられれば大手柄だ」
「はあ」
今追っているのは各地を転々として四十人以上殺害した男だ。その犯行にはある共通点がある。
「女性だけを狙う殺人鬼・・・」
被害者は共通して十代後半の少女だ。しかも全員刃で滅多刺しにされていたらしい。
「何を思ってこんな事したんでしょうねぇ?」
「殺人鬼の頭の中なんてどうでもいいだろ、捜索を続けるぞ」
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痛い。
「イライラするよ、なんでか分かるか?」
「・・・私のせいです」
「へえ」
「うっ」
腹を殴られる。
「俺はお前が何をしたかを聞いたんだ」
「ごめんなさ・・・」
腹を蹴られる。あまりの痛みに床に倒れ込む。
「謝るくらいなら失敗するなよ」
伸ばした髪を掴まれて頭を揺らされる。痛い。
「なんであんな簡単なこともできないんだ?」
何度も何度も蹴ってくる。
「お前なんてもういらないって思っちまったよ」
「ッッッ!嫌ッ!!ごめんなさい!!!捨てないで!!!!!お願いだから、何でも言う事聞きますから、何でもしますからっ、だから――!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、殺される、怖い、嫌だ。
「そうかい、じゃあもう失敗するなよ」
息ができない。ラエルの首に男の手がかけられる。
「・・・がっ・・、・・・・・・ぁ」
意識が混濁する。薄暗い宿屋の中でラエルは静かに眠ってしまった。
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人探しで大事なものは何か?それは根性である。ひたすら色んな場所で聞き込みをして、居場所を特定する他ない。
これはレトロの仕事だ。一方、レトロの監督兼戦闘員のロウルは夜の見回りを担当している。夜に徘徊する鉄仮面をつけた長身の男の方が、よっぽどの不審者だろうに。
大体、賞金首の懸賞金を集めて何をするのかもまだ教えてもらっていない。ロウルは知らされているようで聖女様からの信頼も厚いらしい。
「成果を上げて信頼を勝ち取れってことか?」
そんな事を考えながらも情報を集めていたときだった。女性が泣いているのだ。
人通りの少ない場所で息の荒い女性が一人俯いているのだ、心配にもなる。こんなことをしている場合ではないと思いつつも、つい話しかけてしまう。
「大丈夫ですか?」
「あっ、あなたは昨日の・・・?」
これは驚いた。昨日、路地裏で暴漢に襲われていた女性だ。
「僕に何かできることはありませんか?」
「道に迷ってしまって・・・、大通りまで行きたいんです」
線の細い乱れた黒髪の女性――ラエルは時々こちらを不安そうに見てくる。まるで何かに怯えているようだ。
「ラエルさんはこの区域住んでるんですか?」
「いっいえ、私は商人で各地を転々としているんです」
「じゃあ、この辺りのことはよく知らないわけだ。せっかくだから案内しますよ!」
「そんな、迷惑かけるわけには・・・」
「僕がラエルさんを助けたお礼として、ラエルさんは僕に付いて来てください!それなら良いでしょう?」
「そういうことなら、まあ・・・」
些か強引だったが、来てくれるようだ。これなら商人のラエルさんから詳しく情報を聞き出せる、何よりこれがラエルさんの気晴らしになってくれれば嬉しい。
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昨日の夜のことが嫌になって気晴らしに外に出たは良いものの、迷子になってしまった。このままではまた折檻を受ける羽目になるのかと途方に暮れていた。
いっそこのまま遠くまで逃げてやろうかとも思ったが、見つかったらあの程度ではすまないだろう。きっとそうだ、あいつはきっとどこまでも追ってきてラエルを殴り続けるのだ。
早く戻らなければいけない。あいつの怒りに触れる前に。でも、帰り方が分からない。
視野が狭まる。心臓の鼓動がうるさくて考えるのに集中できない。まずい、まずい、まずい、まずい・・・
「大丈夫ですか?」
あの男の声ではないとすぐに分かった。今までに聞いたことのない、優しい声だったから。
道を案内してくれるそうだ。
またこの茶髪の男性――レトロに助けられてしまった。信用できる人間かはまだ分からないが、ラエルのことを二度も助けてくれた恩人だ。大人しく付いて行くことにした。
やっと大広間についたときだった。
「あれ見てください!」
大道芸人が大衆に芸を披露している。各地を転々としてきたラエルにとってはそこまで珍しくもないが、レトロにとっては違うようだ。
「すごいですね!うわ!どうしてるんですかねあれ?」
ラエルにとっては珍しくもない、だから面白いとも思わない。
けれど、この人といると普段見慣れたつまらない景色も、まるで宝物のように思えた。
「すごい時計ですね」
大広間の時計塔の鐘がなる。この街には巨大な時計塔があり、人々に時の流れを知らせている。もう十二時だ、時の流れは早い、レトロとの別れも近づいているのだ。
「ラエルさんお昼まだでしょう?一緒にどうですか?」
「あっ、今お金なくて・・・」
「じゃあ僕が払いますから一緒に食べましょう」
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結局、夕方まで遊んでしまった。彼と一緒にいるとラエルの人生は素晴らしいものだと思えてくる。できることなら、ずっと一緒にいたい。
でも、できない。忌々しいあの男と共に各地を巡るラエルには無理だった。
「突然だけど、ラエルさんは今の自分についてどう思います?」
夕暮れ時、騒がしかった昼の街から一変して、街は静寂に包まれていた。人気のない噴水でレトロは聞いてきたのだ。
昼頃の明るい彼の雰囲気からは考えられないほど神妙な顔つきだ。
「どうって?」
「僕は今までの自分ではどうしても満足できなくて、家を飛び出してきたんです。これは勘ですけど、ラエルさんも逃げ出したいと思ってるんじゃないかなって」
彼は優しい人だ。恐らく、ラエルの細い体や隠しきれなかった身体の傷跡を見られてしまったのだろう。
だから、助けてやりたいと思ってくれたんだろう。
助けてほしい。レトロとずっと一緒にいたい。
「私は満足です」
でも、ラエルはあの男から逃げるなんてできないと思う。
「レトロさんが私に一生分の幸せをくれたんです、だからもう大丈夫です、さよなら」
その場から逃げるようにして走る、もうこれ以上関わらせてはいけないから。
今日の夜の仕事でここからは離れる、彼とはもう会えないだろう。
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「随分、楽しそうだったじゃないか」
怪しい鉄仮面が言う。
「別にいいでしょ、これで犯人の居場所が分かったんですから」
ラエルさんから聞き出した情報が決め手となり犯人の居場所が割れた。だから、あの時間は無駄ではなかったのだ。
「今夜が勝負だ、行くぞ」
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暗闇の中、二人の人影が街を彷徨いている。人影は迷いなく進み続けている、予め計画しての動きと言えるだろう。
これはかなり期待できる、やっと張り込みが報われたと安堵した反面、ここで逃せば次はないのだと緊張が走る。やがて人影は街のはずれの広い空間に到着する。
「いるんだろ、出てこいよ!」
「なんでこう、上手く行かないんだろうな?」
人影を追跡していたレトロとロウルが姿を表す。
「中肉中背で片目に傷がある若い男、特徴は一致しているな、そこの女は知らないがな」
「・・・何で君が?」
「・・・そっちこそ」
もう二度と会うことはないと、思っていたのに。
ラエルとレトロの望まれぬ、再開だった。