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退屈はイヤなので国を興します  作者: シュシュ黒
見習い司祭
3/18

3 夢の国


「どこだここ?」


 またしても知らない部屋で知らない天井を眺めていた。今回は清潔でフカフカのベッドで目を覚ます。治療は終わったのだろうか?心地よいベッドから抜け出し、体の調子を確かめると、むしろ以前と比べて体が軽やかになった気さえする。


 だが、これでロウルや『聖女様』から離れることはできなくなった。何故かは分からないが感覚として理解していた。この赤黒く輝く左手もそれを肯定しているのだろうか?



「え?は?はああああああああああああああああ?」




・・・・・・・・・・・・・・・左手が光っている。




 廃教会で魔獣に噛まれた方の手だ、これがロウルの言った『治療』なのだろうか?絶対に普通ではない。だが悪くない、むしろ好きかもしれない。この非日常を改めて噛みしめると


「起きたか。おはよう、同胞よ、調子はどうだ?」


「最高です」


「やはりお前おかしいな?」


 ロウルだ。きれいになったレフもいる。


「そんなことより僕は今どうなってるんですか!」


「ちょっと待ってな・・・」


 ロウルはトゥレロの赤黒い左手に触れる。すると、頭に情報が入ってくるのだ。自分の知っているはずのない『聖女様』と『我らが神』の存在が頭に入ってきた。


 どうやら聖女様は神と交信して、神にトゥレロの魔物の呪いと傷を癒やすように願ったそうだ。その代わりに神はトゥレロを信徒としたらしい。その際に『レトロ』という新しい名を頂いた。


「流石は我らが神だ!新たな名前までいただけるとは!素晴らしい!」


「信徒になってからしばらくは洗脳されるんだ。まあ、そのうち元通りになるさ、だから大丈夫だぞ、レフ」


「うん」


______________________________



「さて、お前は信徒になった、そして我らが神と聖女様のために生きる、いいな?」


「分かっています・・・」


 落ち着いたトゥレロ改めレトロが言う。神に救われて信徒になると誰でも初めは洗脳に近い状態になるらしい。幸いにもレトロはすぐに落ち着いた。


「信徒はみんな改名するんですか?」


「俺のときはそんな事なかったんだがな、トゥレロは言いづらかったんだろ、多分」


「そんなものですかね?」


「そんなもんだ」


いまいち釈然としないが、せっかく頂いた名前だ、大事にしよう。


「一応聞いておくが家族に未練はないよな?」


「向こうはもう僕のことを忘れるんですよね?なら問題ないです」


「この狂人が」


 先程、頭に入ってきた情報によると、信徒になった者は、今までに関わってきた人間の記憶からだんだん薄れていき、やがて忘れ去られてしまうそうだ。


 家族のことは嫌いではないし、感謝もしている。だから、なるべく家族を悲しませたくないとは思っていたので、これは好都合だ。


 今はそれより神のために何かをしたいと思っている。しかし、神の声を聞くことができるのは聖女様だけだ。羨ましい。


「僕は何をすれば良いんですか?」


「まあ、待て。これから聖女様に会いに行って諸々の説明をして頂く」



__________________________________



「いらっしゃい、体の調子はどうですか?」


 元は玉座の間だったのだろうか、その広大な空間の最奥、段差を越えた先にはかつての玉座がぽつんと置かれている。その玉座から段差を下りた場所でこちらを出迎えた『聖女様』にレトロは驚く。


 彼女は地面に擦れるほどの長い白のローブを身に纏い、その体の殆どが布で覆われている。さらには盲目なのだろうか、黒い布を頭に巻き瞳を隠している。


 しかし、レトロを驚かせたのはそこではなかった。気品だ。まるで貴族のような気品の溢れる淑女だったのだ。


 ここが貴族の邸宅であれば、なんの違和感も抱かなかったことだろう。しかし、ここは深い森の中の廃城だ、魔物が寝床にしていると言われたほうがまだ納得できるほどの。


「おかげさまでなんとか」


「それは良かった」


「それで僕は一体何を・・・」


「起きてきてすぐで申し訳ありませんが・・・信徒レトロ、あなたはそこのレフが氷の一族だということはご存知ですか?」


「ええ、もちろん」


 白い髪の少女レフ、彼女の髪色は氷の一族即ち氷鬼の末裔であることを表す。


 二百年前、魔術都市ミルガナは氷魔と氷鬼によって永久に溶けることのない、今もなお増殖する無限の氷に覆われてしまった。


 魔法都市ミルガナの滅亡によって強力な古代魔術の技術が失われてしまった、その罪を氷鬼の末裔たる氷の一族が背負っているのだ。


「おかしいと思いませんか?二百年も前の先祖の、罪を償わなければいけない」


「レフ、あなたは自分の先祖が何をしたか知っていますか?」


「?」


「氷の一族たちは先祖の罪のために、氷魔を殺すことを義務付けられて、その多くが氷漬けのミルガナの基地に収容されています」


「私はそれが許せない。何も知らない末裔たちへの理不尽に」


「氷の一族の他にも理不尽に傷つけられてきた哀れな者たちが大勢います。彼らの殆どは故郷を奪われ、文化を奪われた」


「私は彼らを救いたい。彼らのために戦いたいのです」


 そんな事今まで疑問にも思わなかった。先祖の作った家や会社は子供へ、さらにそのまた子供へと。罪もまた然り。そう教わった。


「でも、どうやって・・・」


「一つの種族が抗っても意味はないのです。それは歴史が証明しています。ならば、手を取り合うのです」


「忌み嫌われ、傷つけられた種族たちが一致団結する必要があります」


「彼らの故郷を作り、我らが神を王として祀る、全ての者が当たり前の幸福を受理することが叶う新しい『国』のために戦うのです」


 それはあまりにも壮大過ぎる夢物語だった。


 古い時代、世界にはいくつもの大きな陸地があったそうだが神々の戦争の果てに、たった一つを除いてすべて消え失せてしまった、レトロも含めそこにすべての人間が生活している。陸地の周りは魔物の住まう海が広がっているだけだ。


 そして現在、陸の世界は神の子孫たる王族と貴族が支配している。


 太陽神の子孫である王族はすべての種族を服属させることを望んだ。他種族の信仰の対象を自らにすげ替えさせたのだ。

 

 信じてきたものを奪って、言語を奪って、文化を奪った。


 今までにも、その支配から逃れようと反乱を起こした種族は決して少なくない。しかし、その悉くが返り討ちにされてきた。かつて天変地異を引き起こした神々の子孫に勝てるわけがなかったのだ。


 それを知りながら戦おうとするのは、気の狂った異端者だと多くの者が思うだろう。


 レトロもそう思う。戦いの先には破滅しかないと直感的に感じた。



「その夢、僕にも見させてください」



 別に良い。レトロも『聖女様』も異端者だ。



 見てみたい、彼女の夢の、その果てを。



 


 



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