蒼の魔術
眩しい
朝が来た
いつもの天井いつもの部屋でいつも通りの―――
違う。頭がいきなり覚醒する。ここはトゥレロの家ではない。どうやら気付かぬ内に汚い部屋で寝かされていたらしい。
「なんでこんなとこに?」
「あ」
声の主は部屋の入口でこちらを不安そうに除く白髪の少女だった。
「確か、君は・・・痛っ!」
包帯でぐるぐる巻きにされた左腕を見る。教会でのことをあまり覚えていない。確かいきなり魔獣がやって来て・・・
「目が覚めたか。おはよう。どこまで覚えているかな?」
奇妙な鉄仮面を被った男が部屋に入ってくる。
「あなたは確か、、、不審者?」
「やれやれ、少し説明しないとな。」
男が昨日のことを大雑把に説明する。どうやらあの後、魔獣の襲われてなんとか倒したのは良いものの、トゥレロは気を失ってしまったらしい。それをこの男――ロウルがここまで運び手当をしたそうだ。
「こういうわけだ。だから、俺は不審者ではなくお前の命の恩人だ。分かったか?」
「あなたが手を貸してくれればこんな傷を負うこともなかったじゃないですか。というか、ここはどこなんです?」
「ここは街外れののあばら家だ。お前には付いてきてもらう。治療も兼ねてな」
「治療?この傷、そんなに酷いんですか・・・」
「ああ、適切な治療が受けられなければ最悪の場合死ぬかもな。」
「死ぬ?!」
「ああ、魔物は大体呪いを持っている。しかもそれを治すことができる奴はこの国にも限られている。お前の家族は心配だろうが、まあ治療のためだ、急いで街を出てここまで来た。もう少しの辛抱だ。」
「お金が今無くて・・・」
「別に構わん。」
「え」
「ただ手伝ってほしい事がある」
「そうですか・・・それとその子は?」
「この哀れなガキは俺が面倒を見るのさ。そういう命令だ。」
「命令?」
「それは治療の後に話すよ。もう良いか?急がなくちゃいけないからな。」
そう言って、男はそそくさとあばら家から出ていく、慌てて付いていくと、大きな荷馬車があった。どうやら男はこれに乗って移動しているらしい。
「ボロい荷馬車で悪いが、まあ、乗り心地も悪い。後ろにガキと一緒に乗ってな。」
_______________________________
一体自分はどうなってしまうのだろう。家族を心配させてるかもしれない。
そういえばこの白髪の少女にも家族がいるのではないか。だとしたらこれは立派な誘拐で自分も犯罪の片棒を担ぐことになって―――
「何?さっきからジロジロと」
「あ、いや、えっと君の名前は?」
「レフ」
「レフの家族は心配してないのかなって。」
「家族いない。お母さんと一緒に暮らしてたけど、死んじゃった。」
「ごめん、悪いこと聞いちゃったね・・・」
「いいよ、別に」
それっきり白髪の氷の少女レフはだんまりだ。そんな調子で一行は進んでいく。このまま何事もなく目的地に到着するかに思えたが、
「荷馬車を止めろ。抵抗しなければ命だけは助けてやる」
十人程の貧相な格好をした男たちが荷馬車の前に現れて言った。農民が貧しさのあまり盗賊と化したのだろうか。鉈や鎌などの農耕具を手に持っている。
まずい、護衛もいないこの荷馬車でまともに戦えるのはロウルしかいない。ここは大人しく奴らに従しか、
「亜人以外の追い剥ぎには興味ねぇ。怪我をしたくないならそこを退け」
圧倒的な人数差であるにも関わらず、ロウルは普段と変わらぬ調子で言う。
「お前らやっちまえ!」
山賊の頭らしき人物が声を張り上げる。
「どうなっても知らないぞ?」
男が腰につけていた細長い木の杖を抜く。
「そんな棒切れで何が・・・」
「まあ、見てな」
すると杖の持ち手の先を鉈を持つ男たちに向ける。その瞬間、杖の先が青い光を発したかのようにー否、蒼の光を杖の先から飛ばしたのだ。
魔術の矢とでも言うべきそれは、真っ直ぐに盗賊の一人へと飛んでいき、
「うわああああああ」
痛みに叫ぶのも無理はない。なにせ、魔術の矢は山賊の左足の先を貫いたのだ。もう以前のように歩くことはできないだろう、左足の先はもう無くなってしまったのだから。
「大丈夫か!?」
仲間を助けようと近づいた途端に魔術が放たれ頭を貫かれる。
「だから言ったんだぜ?怪我するって」
「糞が、なんで魔術師が・・・撤退だ!」
「逃がすと思うか?」
いち早く逃亡を図った盗賊たちはロウルの魔術によって器用に足を射抜かれる。
「逃げるな!撃ち抜かれるぞ!距離を詰めろ!」
もはや逃げることが敵わないと知った盗賊たちは全員で一気にロウルの懐に入ろうとする。
「悪くないが・・・」
ロウルが杖を振りかぶると、杖の持ち手の先に美しく輝く蒼の剣を出現させる。蒼の剣を振り抜くと一度に三人の盗賊の頭が鼻の辺りで両断されて、真っ赤な花が咲く。
それでも残った者たちは突っ込んでくる。しかし、
「傷つくなぁ、俺はそんなに貧弱な魔術師に見えるのか?」
腰にぶら下げていたショートソードで丁寧に盗賊の喉を切り裂くロウル。
「ガキを狙え!人質に・・・」
「お前うるさいな」
盗賊の頭の体が射抜かれる。それで止まってしまう愚か者は皆、文字通り考える頭がなくなる。
しかし、多少頭の回る者はその手に持つ武器を馬に向かって投げつけると、馬の体に傷をつけることに成功する。
「クソッ」
痛みに驚いた馬はロウルの側で暴れ出してしまい、杖を落としてしまった。
まだ動ける者たちはレフを人質にしようと考える。今この瞬間に魔術を放つことはできない。今が勝機と言わんばかりに、レフに手を伸ばしすが――
トゥレロの体当たりに阻止される。
今度はトゥレロを殺そうと武器を振りかぶるが、
「助けられっちまったな」
盗賊の世界から光が消えた。
「ッッッッッッッッ」
遅れて地獄のような苦しみに襲われる。痛みで声も出せない。ロウルの投じたナイフが目を突き刺したのだ。
「じゃあな、クソ野郎」
_________________________________
ロウルは残った盗賊たちをあっという間に斬り伏せてしまった。
「お前ら怪我はないか?」
ロウルがトゥレロたちに声をかける。
「だいじょぶ」
「大丈夫です。・・・魔術師だったんですね。」
「中級止まりだがな。助かったよ。ありがとう。」
魔術とは徒人の身で神の如き事象を起こす技術だ。
誰でも勉強すれば扱う事ができるがそのほとんどの知識は魔術院が独占している。さらに上級以上の魔術は魔術院の中でもほんの一握りしか扱えない。
また、多くの者は魔術に関わろうとしない、魔術に魅入られてやがて発狂してしまうことは決して珍しくないからだ。鉄仮面の男ロウルは知れば知るほど奇妙な男だ。
________________________________
荷馬車を進めて行くと薄暗い森に入る。不気味だ。こんなところに本当に医者がいるのだろうか?そんなトゥレロの思いは余所にどんどん光の届かない暗闇へと進んでいく。
いきなり開けた空間に出た。城だ。古城が現れたのだ。
「ここだ。」
「こんな場所に城が・・・」
「すごい・・・」
トゥレロもレフとともに驚愕を覚える。何故こんなところに?何故今まで見つかっていなかった?ここにいるのは何者か?などと疑問は尽きない。
「こっちだ」
そんなトゥレロとレフの気持ちを知ってか知らずかロウルは急かしてくる。
「ここは古い時代に神々の敵対者によって建てられたんだ。ここの城主はもう死んじまったから、誰も寄り付かなくなったこの城を今は俺たちが使っている。それとトゥレロ、お前の治療についてなんだが、ちょっとな・・・」
「お帰りなさいませロウル様」
青髪のメイドが出迎えてくれた。メイドーそんじょそこらの一般人には一生お目にかかれない、貴族や金持ちが掃除や身の回りの家事の手伝いをさせるために雇うもの。
つまりこの城の主が少なくともメイドを雇うことができるほどの経済力を持つことの証明になる。
「丁度いい、こいつを『聖女様』のもとに送ってくる。ガキの方は身なりを整えておいてくれ」
「かしこまりました」
そういって青髪のメイドはレフを連れて行く。よくよく考えると不思議だ。何故こんな大きな城に住むことができる人物がわざわざ氷の一族の孤児を欲しがるのか、それに
「治療するんじゃないんですか?」
「なんというか少し特殊でな、まあ詳しい説明は聖女様がしてくださるだろう」
「は?」
「着いたぞ。」
「いやそれより・・・」
「良いから入れ」
蹴り飛ばされて部屋に無理矢理入れられた。この扱いは幾らなんでも酷すぎる。ロウルに文句を言おうと・・・
「ロウル、その方は?」
美しい声だった。その声を聞いただけで魅了されてしまいそうな、魔性の声だ。
「この者は我らの目的の成就のための力になります。そしてこの者はまた、我らが神の奇跡を求めておりますゆえ」
「そういうことでしたか。ロウル、あなたの判断を信じましょう。」
「良かったな、助けてもらえるぞ」
ロウルが耳元で囁く。
「何をするつもりですか?」
「お前、俺たちに協力するんだよな?」
「質問に答えてください」
「死にたいとは思わんのだろ?」
「だから・・・・・うう」
「呪いか。そろそろまずいぞ?」
「そんな・・・」
「お前を退屈から開放してやる。」
「・・・・・・・・・お願いします。」
トゥレロの運命が決まる。ロウルが愉快な声で
「今日からお前は信徒だ、俺たちの仲間だ、よろしくなトゥレロ・イーコス、仲良くやろうぜ?」