18 しばしの別れ
「マジックアロー!」
レトロは腰の質素な杖を手に取り蒼の矢を麻袋を被ったロウルに放つ。ロウルは簡単に避けるが壁に穴が開く。
「それでいい」
アンリの攻撃から目を守ったときにロウルから命令されたのだ。意外にも勇者は厄介でリオス王子は強く、このままでは作戦の続行が難しいとロウルは判断した。そこで、レトロが王子の味方であると認識させて不意打ちで王子を気絶させる作戦に移行した。
下手に攻撃を抑えると怪しまれるためなるべく威力を上げて魔術を放つ。さらに、奥の手の無詠唱魔術は見せずに戦闘をする。普段はやらないことだけにかなり気を使う。
「そこの男!援護しろ!!」
王子とその護衛にも許可を貰い後ろにつく。ロウルともう一人の司祭の相手で王子たちは手一杯だった。今は顔を覆ったイアンがアンリとクリスの相手をしているため必然的にレトロに声がかけられる。
「一国の王子ともあろうものが戦わなければいけないとは、王国も落ちたものだな」
「黙れ。国の為なら俺はいくらでも血を流す」
王子の剣はとても王族の使うようなものではなく無骨で、また、使い込まれていてどれだけの修練を積んだのか計り知れない。だからこそ、ロウルと張り合えるのだ。
目にも止まらぬ剣撃はほとんどの戦士や騎士には反応すらできないだろう。魔術で身体を強化したレトロでさえも目で追うので精一杯だ。それでも、ロウルは受け切った。ロウルが本気を出せばなんとか王子を殺害することは可能だろう。しかし、生け捕りとなると話は別だ。
「ぬん!」
豪快な音を発しながら巨大な槍が振るわれる。ロウルと共に戦っていた司祭はその槍で頭を潰され絨毯が真っ赤に染まる。
「遅くなりました」
イアンよりもさらに大柄な男だ。その巨躯よりもさらに大きな槍を振るって、次はロウルの頭を潰そうとしている。王子はロウルから距離を取り、ほんの少しだけ安堵した表情を見せる。
そうその瞬間、安堵してしまったのだ。背後で魔術が放たれようとしているのにも気づかずに。
レトロは無言で杖の先をリオス王子に向けた。
「ライトアロー!」
レトロが無詠唱魔術を放とうとしたその瞬間にそれは飛んできた。光の矢がレトロの杖に衝突して飛ばされてしまう。
「あ!」
偶然にもイアンに放たれたはずの光の矢がレトロに攻撃を中止させた。それだけならまた杖を拾い直せばよかった。
唐突に何者かが壁を突き破り侵入してきたのだ。
「独立宣言しに来たのに何でもう戦ってるんですか?」
その女はレトロや王子を見下ろしながら興味深げに眺めていた。だが、レトロからすればその女のほうが奇妙だと感じずにはいられない。その黒く美しく巨大な翼を惜しみなく見せびらかすその女を。
「大地のアースク家は王国から独立してアースク国の王家になります。それを伝えるために来たんですけど・・・」
「・・・アースク家の鴉か」
リオス王子がアースク家の鴉と呼んだ人物は壁を豪快に破壊しておきながらそんなことはどうでもいいと言わんばかりにさっさと自分の用事を済まそうとしている。
「リオス殿下、王にお伝えくださいますか?」
「・・・裏切り者共め」
外から大勢の足音が会場に集まってくるのが分かる。そろそろ潮時のようだ。
「撤退しろ」
そのロウルの一言で今回の作戦は終了した。
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「この子に謝れ」
ボロボロにされた会場から離れた部屋でレトロはアンリに詰め寄っていた。
「ごめんって!というかレトロ君は会議に参加しなくていいの?」
ロウルの撤退命令が出るとすぐさまミクロが闇の霧を放出して逃亡した。リオス王子もロウルを深追いするのはまずいと判断した。
アースク家の鴉やジェルマン伯爵は別室で王子たちと今回の襲撃やホーラス家の裏切りなどを踏まえてこれからのことを話し合っている。
「それは師匠の役目だ。それと僕じゃなくてラエルに謝れ」
ラエルはアンリの魔術で目を痛めてしまったのだ。
「下手したらもう目が見えなくなるかもしれなかったんだぞ」
「も、もう大丈夫だよ。だからレトロ、落ち着いて」
「あ、あの、す、すいません、でした・・・」
アンリがやたらと小声で途切れ途切れに謝罪の言葉をラエルに伝える。
「別にいいんです。わざとじゃなかったんでしょう?」
「あ、はい・・・」
アンリはラエルと目線を合わせようとしない。しかも小声で本当に謝る気があるのかレトロは疑ってしまう。
「すまない。アンリは同世代の女性と上手く話せないんだ」
クリスが補足する。この勇者はどうも人と関わるのが不得意らしい。今思い返せば要塞でもやたらと距離を詰めてきた覚えがある。
「人として最低限のことができなくてごめんなさいあこんなこと言うなんて迷惑ですよね本当にごめんなさいでも私も頑張って直そうとは思ってるんですよでもなかなか上手くいかなくてこうやって人に迷惑をかけたときもまともに謝れないんですすいません」
「気にしなくていいんですよ。アンリさんは頑張ってるじゃないですか。応援しますよ」
小声で、早口で、目も合わせずにアンリはまくしたてる。それに対して、ラエルは大して気にもしていない風に、寧ろアンリを励ましている。
「ぇ、ぁ、あの、ありがとうございます・・・」
その小さくか細いアンリの声は誰にも届かなかった。
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「それで何で撤退したの?」
レトロたちは古城に帰還しミクロとイアンの無事を無事を確認しようとしていた。その途中でそこにいるはずのない人物と遭遇した。
「あれ?君、王子といた子じゃない?」
漆黒の翼を折りたたみ、だがそれでもその翼は光沢がありそれを目にした者を魅了する。
「・・・アースク家の鴉」
ロウルと庭の机に向かい合って座っている姿がそこにはあった。
「戻ったか。こいつとは、まあ・・・」
「ロウルは私の友達だよ。私はカーラ、よろしくね」
どうやらロウルとカーラには交友関係があり、偶然にもあの場で出くわしたらしい。カーラはなぜロウルがいたのか、なぜロウルは撤退したのか聞きに来たそうだ。
「リオス王子が欲しくてな。・・・あそこで俺が王子を攻撃してたらお前はどうした?」
「そりゃ、ロウルを殺すよ」
「そういうことだ」
友人ではあるが敵対したときにはその場での殺し合いも辞さない。この二人はそんな歪な関係らしい。
「というか、お前こそ何で来た?」
「独立宣言だよ。でもうちには、魔王軍を単独で潰せるほどの戦力は無いからね。王国にはいてもらわなくちゃ困るんだ」
「だからって、あれはまずいだろ」
ロウルの言う通り国家間の関係を考えるのならば、あの方法には問題があるだろう。アースク家の方が圧倒的に立場が上の様に見える。
「それより伯爵、あの後どうなった?」
「素晴らしい成果だと言えよう」
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「こんな風に過ごせるのはこれで最後かもしれないな」
古城の中庭、ラエルとレトロのいつもの場所。暖かな日差しが心地よい。任務で疲れたときはいつもここに来てしまう。それも今日で最後だ。
「なんで?レトロ、死んじゃうの?」
白髪の少女ーレフはラエルの膝の上でレトロに聞いた。
「縁起でもないこと言わないの!」
レフとラエルはまるで姉妹のようだと思う。髪の色も種族も全く異なっているのに何故そう見えのだろうか。
「俺は勇者と旅をするんだ」
「ユーシャ?」
勇者は魔王軍を中心とした王国と敵対する勢力と戦っている。あのロウルたちの襲撃の後の会議でジェルマン伯爵は勇者を支えることを約束した。そこで勇者アンリと面識のあるレトロは彼女と共に行動することになったのだ。
「だからしばらくの間はお別れだ。ま、寂しくなったらその首飾りを見て俺のことを思い出してくれよ」
「大切にするね」
ラエルの首にはレトロが王都で買った首飾りが掛けられている。ラエルには言っていないが、魔術で特殊な細工が施されているものだ。ジェルマン伯爵と協力してイカサマをした価値はあった。
「俺は絶対に帰ってくるから、待っててくれ」
「うん!!」
この時間が好きだ。ラエルと過ごすこの時間が好きだ。だが、それでもレトロはずっとここにはいられない。
ラエルにもこの時間を忘れてほしくない。この時間がラエルの記憶から離れないようにレトロは努力した。
だから、レトロは安心してここを離れられたのだった。