16 詐欺師
レトロ、ミクロ、イアンは潜入任務を任されている。場合によっては貴族に混ざる必要も出てくるだろう。
「背筋を伸ばせ」
イアンが杖で背中を正されている。
「イアン、お前は本当に姿勢が悪いな」
「チッ」
イアンは舌打ちをする。ジェルマン伯爵にテーブルマナーを教わっている最中でそんなことができるのはイアンぐらいだろう。
貴族社会に紛れ込むには貴族としての振る舞いを覚えなければいけない。ロウルの協力者であるジェルマン伯爵は貴族として生きてきた。レトロたちは古城の庭で伯爵から貴族のなんたるかを学んでいるのだ。
「レトロは上出来。ミクロはまあ及第点といったところか・・・。」
伯爵はレトロの方を見てなにか考えている。
「よし、イアンとミクロは休憩していろ。レトロはまだだ」
なにか問題があるのだろうか、レトロなりに努力したつもりだったが。
「ルールは知っているな」
庭に供えてある机の上にトランプのカードが広げられる。トランプは庶民から王族まで幅広い層に人気のあるゲームだ。家でもよく遊んでいた。
「一勝負いこうか」
伯爵がデッキをシャッフルして、カードが配られる。いつもやっていたように進めるが、カードには恵まれなかった。伯爵はそうではなかったようで、レトロは負けた。
「どうだ?」
「お強いですね」
「見抜けなかったか」
見抜けなかった、伯爵はそう言った。それはあることを意味している。
「イカサマですか」
「魔術と言ってくれ。お前はこの私の弟子となり、魔術を覚えてもらう」
「高名な魔術師の正体が分かりましたよ」
ジェルマン伯爵は魔術師として王国に名を馳せている。石を金に、鉄屑を宝石に変えた錬金術師とも呼ばれる彼の正体は詐欺師だったのだ。
「もちろん私の魔術はカードのだけじゃない。そっちも教えてやろう」
「・・・喜んでついていきます」
ロウルから魔術の知識を盗むことには限界がある。ロウル自身も中級の魔術しか扱うことはできないのだ。
だが、目の前の白髪の小太りの老人は有名な魔術師だ。実際に魔術の腕も確かだからこそ、錬金術師とも呼ばれるのだろう。
カードを使った賭け事にも興味はある。知らない世界だ。
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簡単なイカサマを仕込まれて夜を迎える。近くの街の宿屋で実践をすることになった。
「ついでに情報も集めるんだぞ」
「もちろんです」
この宿屋は位の低い貴族がよく使用している。その中でもとある青年に声をかける。
「お時間ございますか?カード勝負でも?」
「ああ、丁度いい。この場所はカードの勝負が盛んなんだろう?これで私も大人の仲間入りというわけだ」
先程からキョロキョロとしていたレトロと年の近そうな青年だ。この宿屋ではカードの賭け事が盛んで、そのためにここに来たのだろう。
「私もよろしいかな」
伯爵とレトロはお互いのことを知らないという設定でゲームを進行していく。
「初戦はまずまずだったな・・・」
男性とレトロは負け伯爵が勝利する。
「そういえば、この地域では美しい宝石が名産と聞きました。私は宝石に目がなくてね、教えてくれれば賭け金を・・・」
「私に同情したのか?もう一度勝ったら教えよう」
レトロたちはこの街に魔石を手に入れる必要がある。イアンとミクロも来ているが二人はもう休んでいる。
青年から情報を手に入れたかったが、もう少し長くなりそうだ。
シャッフルは伯爵とレトロが交互にする手筈になっている。
「私もシャッフルを・・・」
「いえいえ、お構いなく。あなたは慣れていないようなので。ねえ、ご老人?」
「ああ、我々に任せなさい」
「・・・そうですか」
簡単に押し切ることができた。賭け事は気が弱い人間には向いていないとレトロは思う。
このシャッフルのときに伯爵に強いカードが渡るように仕組んでいる。だから、この勝負でも伯爵は勝った。
「次だ!次!」
男性は酒で赤くなった顔で怒鳴る。精神的に負けまいと努力しているのだろう。だが、何事も冷静さを欠いてはいけない。そもそも、はじめから賭け事をしなければ良かったのだ。
「頼む!その金は借りたものなんだ、教えるから返してくれ!」
そうすれば、金は失わず情報もずっと自分のものにできたのだ。
「宝石というのは魔石のことだろう?あれは貴重なもので利権を僕の父が独占しているんだ」
どうやらこの青年の父は領主で魔石についてもよく知っているらしい。
「どこで手に入れられますかな?」
「父と商談すれば・・・」
「それではお返しできない」
「っ!ここだけの話だが、魔王軍とか裏社会の人間に魔石を格安で売っているんだ。そこに行けば・・・」
領主が魔王軍と繋がっているとは驚きだ。こんなところでそんなことが判明するとは思わなかった。
「では三試合目の賭け金はお返ししましょう」
「なんだと?」
「お父上にこのことを知られるとまずいのでしょう?」
「くそっ」
「まだ金はあるのです。勝てば倍になって返るはずだ。まだチャンスはあります」
歯を食い縛る青年だったが伯爵に唆され他のテーブルについた。
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結論から言うと、イカサマは好きではない。確かに昨夜、イカサマが成功する直前に緊張感はあったがどうも満たされない。レトロは魔術や剣術の方が楽しめた。
それにこれがバレたらラエルに叱られるかもしれない。
「レトロ君ってギャンブルするんだね、なんか意外」
「・・・またお前か」
何故こうも毎回アンリと出会うのか。
「私は魔王軍を追ってるからね」
この自称勇者にはとても情報を集める能力など無いように見える。
「そこでクリスさんの出番です!」
「宿屋のど真ん中でうるさいな」
「ふむ、宮廷魔術師クリス殿か」
伯爵はクリスを知っているらしい。
「いかにも、私は宮廷魔術師だ。そして私がこちらのアンリを光の勇者だと証明する」
「なんだと!?」
「いい反応だね、レトロ君」
これにはレトロも驚きのあまり叫ぶ。まさか、アンリが本物の勇者だったとは。
「この国も終わりだな」
「酷くない!?」
「それよりも勇者様がなぜここに?」
アンリが抗議するが、そんなことはこの場にいる者たちにとってはどうでもいい。
「魔王軍と領主には繋がりがあるそうですから。証拠を押さえて裏切り者を捕らえます」
「それを我々に話すということは、そういうことですな?」
「話が早くて助かります。ただ魔石については・・・」
伯爵とクリスが話を勝手に進めている。本来は領主の息子から情報を引き抜いてから魔石の倉庫を襲うはずだったが、アンリたちの介入によりやや雲行きが怪しくなっている。
「おいおい、またお前か?」
「あ、イアンさんたちお久しぶりです!」
そこにイアンが朝の散歩から帰ってきた。
「そういえば、レトロ君たちはなんでここに来たの?」
「ジェルマン伯爵に雇われてるんだ」
表向きロウルはジェルマン伯爵に雇われた傭兵ということになっている。その部下であるレトロたちも同様だ。
「伯爵は余生を王国のために捧げていらっしゃるからな」
あの詐欺師がそんなことのために生きるわけがないとレトロは思うが、若い頃に王国に貢献したことでそれなりの信頼を得ているらしい。
「おい、話が付いたぞ」
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隠し倉庫の中の魔石を五人の魔族が荷馬車に運び込んでいる。体格は人間と比べて大きいが、それよりも目が三つもあることのほうが特徴的だ。
魔族は基本的に目が多いほど強いとよく言われる。また強力な魔族は人間の姿に擬態することができる。そう考えると、アルデは魔族の中でも強い部類だったのだろう。今のイアンなら万全のアルデに勝てたのだろうか。
「まあ仕方ないか、あいつ死んだし」
「っ!前が見えない!?」
魔族がミクロによって暗闇に呑まれる。そこにアンリの光の矢が飛んでいきすでに二人の魔族は息絶えている。
「おらよっ!!」
さらにイアンが巨大な鉄剣で追い打ちをかけていく。
「クソッ、先に行け!」
形勢不利だと判断してまだ息のある二人の魔族を残したまま魔石を乗せた荷馬車がイアンたちから遠ざかっていってしまった。
隠し倉庫の方向から荷馬車がやってくる。
「念のため二手に分かれておいてよかったな」
片眼鏡を欠けた細身の男――クリスが言う。
「よし、いきますよ」
レトロが左手を荷馬車に向かって突き出す。赤黒く変色し巨大化して荷馬車を覆うほどになった左手でそのまま向かってきた荷馬車を受け止めた。
「ウイングカッター!」
クリスが杖を掲げて風の刃を発生させ、魔族の頭を真っ二つにした。レトロやロウルにはできない上級魔術だ。
「大丈夫か?」
イアン、ミクロ、アンリの三人が敵を片付けて荷馬車を追いかけていたようだ。
「ああ、問題ないさ。この通り、魔石も確保できた。あとは倉庫の方だ」
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「それでいざ確認すればこの有様だったと?」
「申し訳ありません、伯爵」
日が昇り明るい倉庫の中には本来なら大量の魔石で溢れているのだろう。しかし、青く光る魔石の姿はそこになくほとんどがただの石に入れ替わっているのだ。
「君の責任ではないさ、予め何者かに盗まれたとしか考えられないな」
「しかし・・・」
「敵は魔王軍かそれとも別のなにかなのか、それは分からないがあの量の魔石を盗まれたとなるとまずいことになる。これから王国は荒れるだろうな。だが、それでも我々は戦うしかないのだ」
伯爵の声に熱がこもる。
魔石の力を悪用することで王国を脅かすことは許されず、それを阻止するために戦う。その覚悟が伯爵にはあるとクリスは感じた。
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クリスとアンリはわずかに残された魔石を回収し去っていった。このことを王宮に報告し、この領地を調査するようだ。
「私の演技もなかなかのものだろう?」
倉庫に残された石が輝きを取り戻す。
「私はよく錬金術師と呼ばれていてね。石を金に、鉄屑を宝石にできるならわざわざ魔石を石ころに変えるとは思うまいよ。しかもあの短時間でな」