70.【不落】崩壊したPT・残された者達
「ふざけないでっ」
「おっ落ちついて下さいパティーさん」
ダンっとギルドの受付場を叩いたのは『不落』の弓士を務める女狩人パティー。彼女は少しカールした髪を持つ、跳ねっかえりのある女性。その怒りの矛先が向いているのは受付嬢であるシアラ。Cランクの威圧を受けて彼女は青ざめていた。
「落ち着け?リーダー達が帰ってこないっ! アイツに殺されたのよ」
「いや、まだサブサブロさんがやったって決まったわけでは」
「だったら何であいつは帰ってこないのよっ!きっと後ろめたいことがあるからに決まっているわ」
「パティー落ち着け」
そういって後ろから出た青年の名はサイン。魔剣士である彼は腰に魔剣を差し、影のある顔立ちをしていた。この二人はサブサブロによって崩壊させられたPTの生き残りである。彼らは別行動をとっていたためサブサブロとの戦闘を回避。だが、そのためリーダーたちの身に何が起こったのかも分からない。
情報のない現状に苛立ちを募らせていた。
「落ち着けですって!魔電にも応答がない。こんなことこれまで無かった。貴方だってわかっ「わかってる。分かってるがここで騒ぐのは悪手だ」」
サインに諫められ少しだけ冷静になったパティーは周囲から窺われていることに気づき舌をうつ。そこにやってきたギルド員がシアラに耳打ちを行った。
「PT『不落』こちらに。ギルドマスターがお呼びです」
パティーとサインは互いに見合ったのだった。
◇◇◇
ペルシアのギルドマスターは異常な用心深さを持っている。それは有名な話で、ギルドに属する者でもその姿を見た者はいないとさえ言われているほどだった。そんな者に呼び出されたとあってパティーは大人しくギルド室に座っていた。
「おい、さっきの勢いはどうした」
「だってサイン、ギルドマスターって言えば元AランクでそれもSランクに届くかもしれなかったって人でしょ。緊張するでしょ」
一体どんな人物なのか。気にならない者はいないだろう。やがて入ってきた人物に目が点になる二人。嘘だと思いたかったが残念ながら丸々と太ったおデブな中年が理想を砕くようにギルド長の席に座った。
「待たせてすまなかったネ『不落』の諸君」
呆けたサインをパティーの肘がつつき何とか再起動を果たす。
「いっいえ、ギルドマスター様でしょうか?」
「如何にも私がダンプストね。まあ、戦場から遠ざかって今では少しばかり肥えてしまったがネ」
いや、デブり過ぎでしょというツッコミをパティーはギリギリで呑み込んだ。ダンプストは悪名でも名が通っている。国の悪貴族との黒い噂は絶えないし、実際『不落』に人攫いの依頼を持ってきたのも彼だった。
ペルシアギルドは腐っている。いや、もはやドラムニュート王国そのものがといっても過言ではないだろう。知らぬのは中央に繋がりを持たないこのペルシアに住むような田舎者くらいか。
「とりあえず君たち『不落』はクエストに失敗したということでよいかネ?2人となった今、Dの依頼すらままならないネ。降格の烙印を押しても?」
「待ってくれ!あんな奴がいるなんて依頼にはなかったはず」
「そうよ、あの兵士を調べて。あいつがゴート達を殺ったに違いないわ」
「事実がどうであれ、冒険者が勝手にあれと関わることをギルドは禁ずるネ」
絶句するサイン。抑えられないパティーは怒りを露わにした。
「ふざけないで。貴方たちが指定したターゲットもあれが匿ってる可能性が高いのよ。加えて奴は仲間である冒険者を殺した」
「可能性があるという話ネ?」
「だが、高いぞ」
証拠がないと言われサインは不機嫌になった。どう考えたって状況的に見てあれが怪しいのだから。
「ふむ、流石にC級。頭は悪くないようネ。ここからは漏洩すればギルド証を剥奪されると思って聞いて貰いたいネ」
二人が同意したのを目で確認してダンプストは続ける。
「あの兵士はリーデシア王族に連なる者である可能性が高いネ」
「は?」
意味が分からないとサインは眉を顰める。隣のパティーも困惑しているが無理もない。どうして王族である者がたった一人で冒険者活動をしているというのか。それも他国のこんな田舎でだ。
「門番アランほか、町の者が鎧を身に着ける前の姿を見ているネ。明らかに一般人ではないとのこと。また一度は見せたにもかかわらずその後一切鎧を脱がないことから何らかの魔道具を複数所持しているとみて間違いないネ。これは王族の特徴と一致するのネ。下手に手を出せば大惨事になると判断したネ」
「あり得るのか?」
「そういう国なのネ、リーデシアというのは。王族などの上階層の者が平気な顔で他国を彷徨っては彷徨く。属国化した国を放置するような国家ネ。王からして何を考えているのかわからないネ。治世に関して素人なんじゃないかなんて馬鹿らしい噂が立つくらいだネ」
「素人って……そんな国に負けたのかよ。俺らの国は」
「ふん、奴らはそれだけ圧倒的な力を持っているということだネ。魔道具も含めてネ。よって許可なくこの件に踏み込んではならないネ」
「待って!調査はしてくれるのよね!」
「しないと言いたいところだがネ、それではペルシアギルドの名折れだネ。奴の目的くらいは暴くつもりネ……っと来たネ」
コンコンとノックされサイン達が振り向けば受付嬢シアラと一人の軽薄そうな男が現れた。肩に魔怪鳥エルーグルを乗せ、ハンティング帽を被ったその姿はまるで西部劇に出てくるガンマンのよう。これは有名人だとサインは目を見開く。
「『魔操者』ゲルベックっ」
「おいおい俺ちゃんも顔が通ってきたかい」
「ふっCランクとはいえ単独でのランク到達者は別格ネ。黒槍無き今、ペルシア最大戦力をこの件に当てるネ。さて勝手には禁止といったが彼を手伝うという形なら許さなくもないネ。どうするネ?欠け落ちた『不落』の諸君」
答えは決まっているとサインとパティーは頷き合ったのだ。仇かも知れないサブサブロに対抗する。その一点で二人の意見は完全一致しているのだから。




