69.【夜花】最上一郎なんて恐ろしい男
(読み違い、私の完全敗北といったところかしら)
俺は多忙だと言わんばかりに颯爽と走り去った男子生徒の後ろ姿をぼんやりと眺めながら私は先のやりとりを思い返した。
最上一郎。失礼ながら取り立てて語ることもない至って普通の一般庶民。本来であれば交わることのない存在であったけれど、彼の手にある一本のゲームによって話は変わる。
デュアルミッシュ。いや、その名は私の知る限り彼が持つものだけ。このソフトは舞台は同じながら名を変え、ものによってはゲームハードすら異なるといわれる正体不明のゲーム。
有栖川家の総力を尽くしてもそれ以上の情報を得ることはできず、正直摩訶不思議な力が働いているのではと言わざるをえないこれ。
私はオカルトの類を信じているわけではないがこのゲームはあまりにも異常なのだ。家柄で数々の最新VRゲームをやってきた私ですらこのゲームの自由度には度肝を抜かれる。
その面白さは魔性。一度プレイすれば引き込まれ数か月プレイしたならば絶対に手放したくなくなる。でも、それだけなら周りの人に話したり、公開したりする者もいるだろう。だが、実際誰一人として配信なんて行う者はこれまでいなかった。
何故か、それはこのゲームにある特殊なルールが存在するから。そのルールとはプレイヤーキルによって死ぬとゲームが二度と再開できなくなるというもの──まさに正真正銘のゲームオーバーがプレイヤーの身に訪れるのである。このゲームをプレイする者は生きたようにすら感じられるリアルなNPC達と出会いやがてシステムに促され必ずコミュニティを形成する。しかしそれは悪意を持って壊すこともできる。
その残酷な設定からまるで命を弄んでいるかのようだと言われ、このゲームはプレイヤー達からこう総称されるのだ。その名、ライフイーターと。
つまりゲームは実は繋がっていて、エルダインには今も多数のプレイヤーが存在しているというわけだ。そんな環境だからこそ、プレイヤーの誰もが潜み情報を隠す。その壁を破ったのが最上一郎という男であり、その馬鹿げた行動が故に私は彼をド素人であると判断した。
何より最弱と名高い魔王を選択。魔物を育てるという特殊性を持つヴィランだが大勢が決まりつつあるエルダインでもはや育成などという悠長なことをやっている暇はなく、秒で彼は狩られるだろう。報告書では貧しさに苦労しているとあったし金で譲ってくれればそれでいい。始めたてならそれほどエルダインに愛着は湧いておらずきっと手放してくれる。簡単な取引。そう考えていた私だったが、彼の一言で事態は一変する。
“値段の問題じゃない。金で俺は動かない。あいつらのためにもな”
(あいつら?もう仲間がいるですって!?)
故に、こういったゲーム性だからこそ。プレイヤー同士で徒党を組むことは圧倒的イニシアティブを握る。しかしライフイーターで人を集めることは容易ではないのだ。裏切り、スパイだけでなくゲームだからと犯罪行為を平気でやる輩が蔓延っているため皆疑心暗鬼に陥っていて出てこない。そもそもライフイーターの数が少ない。恐らく100もないソフトでありながら日本全国に散っているのだ。
(そうよ、だから相手がプレイヤーであるかどうかすら推し量ることも容易なことじゃ……)
いや今まさにできてるじゃないかと私は目を見開いた。
(何てことっ!この私が嵌められたというのっ!こんな方法で確かめるだなんて。でも、これじゃあ彼は人柱のようなものじゃない)
衝撃。そして私は彼の顔を見て全てを悟った。それは覚悟を決めた男の顔だった。キリっとして、目に赤き光が灯っているかのような錯覚まで受けた。
(この男は仲間のために自らを犠牲にしているというの!?)
考えてみればおかしかった。鴨が葱を背負ったような状態であるにもかかわらず彼は狙われていないのだ。恐らく仲間が守っていたのだろう。素人臭も演技であの映像もブラフである可能性が浮上した──全てが計算、凡夫に成りきる演技力。だとしたら最上一郎なんて恐ろしい男。
そしてこれは間違いなく面接を兼ねている。プレイヤーをおびき寄せ、仲間になれるかどうかの資格を問う試験。どうする有栖川夜花。彼の人となりは分からない。いや彼の所属する“ハウス”が悪事を働いている可能性だってゼロじゃない。
けれどもう私にはライフイーターに繋がる手がかりがここしかない。私はプレイヤーキルされてしまったあの子のためにも絶対にライフイーターのソフトを手に入れなければならない。コミュニティである“ハウス”を築いているというのなら少なくとも数本は所持しているはず。勿論、すぐには得られないだろうが信頼を築けば……あるいは
「もしかしてもうこちらの事はバレているのかしら」
頷かれ呼吸が止まる。いや、接触を図った時点で調べられて当然。そういえばこの男、ゲームショップにいた?もはや恐怖すら感じるは最上一郎。一体いつから貴方は私がどこにも属していない野良だと把握していたというの。
「それで今すぐ一緒になればいいってことかしら」
「!?いっいや、こういうのは段階を踏んでからだろ」
つまりは幾つも審査があるということ。慎重と思えるが万が一どこかのスパイであったなら打撃を受け瓦解するだろう。この徹底ぶりなのだ。どこに所属する者なのかも教えては貰えないはず。
少しだけ迷ったが受けることにした。
彼らの仲間に入った方がソフト入手の可能性はぐっと高まる。それに達成した後の守りのこともどうしようかと考えていたのだ。上手くいけばここを隠れ蓑にできる。
ただ当然、慎重に。このゲームにおいて人となりは重要だ。
(向こうが見定めるというのなら私も見極めてやればいいのよ)
「互いに知るところから始めましょうか」
「そっそうだな。ちょっと用事があっておっ俺行くから」
「ええ、また会いに来るわ最上一郎」
挑発的な笑みを浮かべると馬鹿にされたと思ったのか顔を真っ赤にして立ち上がった。案外、煽りには弱いのかも。
(今回は私の負け。でも、そう簡単にこの私をものにできるとは思わないことよ最上一郎)
これは勘違いであり、私が審査だと思い込んだそれはただのデートと化すことをこの時の私は知らない。
明日からゲームです




