63.【夜花】ある執事の報告
世界に股を掛けるVRゲームの大会社『アスラ』。そこが産み出した新世代VRMMO『フェス』は世界中で爆発的な人気を博し始めている。
アスラの名は現会長であるゴーディー・アスラからもじったもの。出生は彼自身が秘匿しているため不明。よって何人ですらもわからないという正体不明ぶりだが幾人かの愛人がいることは有名だった。
その中の一人に日本人がいた。名を有栖川流子・アスラといいアスラ日本支部を任される若き女社長である。ゴーディーの意向で日本都内に大屋敷を構える有栖川家はアスラと提携、VRMMO産業にいち早く手を伸ばし、全国にVR専門店『ワンダーアリス』を展開。時代の流れに乗り、日本屈指の影響力を持つようになった。
その娘、超がつくほどのお嬢様、有栖川夜花は一人狭い使用人の部屋にいた。最上一郎がバスで出会った白百合学園のあの彼女である。
長い黒髪を腰まで流し、パジャマの夜花はベッドに寝転がりスマフォをみながら足をパタパタしていた。付けたヘッドフォンからガンガン音が鳴り、気づくのが遅れたがノックに返事をする。
「はいはいどうせ黒沢なのでしょ?」
「お嬢様」
音もなく入ってきたのは執事の恰好をした40代ほどの男。彼、黒沢は有栖川家に仕えて20年にもなるベテランである。彼は夜花の専属だった。その無感情な目に夜花はため息をついた。
「分かりきったことだけれど一応聞くわ。何の用よ」
「有栖川家のご令嬢とある方がこのような場所に来るのはおやめください」
「ねえ、この国はどこで今は何世紀?」
「日本で22世紀でございます。夜花お嬢様」
「いつの時代、どこの日本よ」
「ナーロッパの現実再現はゴーディー様のご趣味でございますから」
「ほんと、ファンタジーは頭の中だけにしてほしいわ」
父、ゴーディーはファンタジー馬鹿である。だからこそVRという舞台で天下を取れたのかもしれないが、テーマーパーク内に自宅を作ってしまうという狂いぶりで、振り回される方は堪ったものではないと有栖川は彼を嫌っていた。
第一印象が最悪だったのと多忙でほぼ会ったことがないというのも夜花の父嫌いに拍車を掛けていたかもしれない。
「ではお嬢様」
「行かないわ。過剰に広い部屋って落ち着かないの。後、先に言っておくけどここを貸してくれたメイドに罰を与えたら私怒るからね黒沢」
「仕方ありませんね。もので釣るしかないようです。お嬢様がお探ししていた。アレが見つかりました」
その反応は著しかった。夜花はガバっと振り返り目を輝かせた。
「どこのショップ?」
じっと見据える黒沢。彼の言わんとすることが分かったと夜花は顔を顰める。
「分かったわよ。予定された会食にも出るから今言って」
「お嬢様がおっしゃられたゲーム『ライフイーター』とある配信者の方のゲーム性が一致しました」
「あれを配信?正気?」
「恐らくはお嬢様がご存じであることをご存じないのではないかと」
「そうね、きっとそういうことになるわよね。ありえないもの」
「私が交渉に行きます」
「待って、どんな人?会社員?」
「九十九高校の生徒であるようです」
「九十九って言えば白百合のお隣さんじゃない!こんな近く。成程、そういうこと。あの情報は本当だったってことね」
彼女が何に納得したのか非常に気になるが黒沢は踏み込めない。それは彼女が夢中になっているゲームについて深く調べることをゴーディーから硬く禁じられているがため。とはいえ、普通のゲームではないことにはもう察しがついている。何せそのゲームは名を変えるどころか“ゲームハード”すら異なるのだから。その中には無論VR専用筐体『パンドラボックス』も存在している。つまりはそう、“VRとして入ることも可能”なのだ。あのエルダインという世界の中に。
「こちらがその動画にございます」
サブイチチャンネルというセンスの欠片もないサムネイルが表示され緊張で上ずった少年の声が鳴り響く。
「タイトルはデュアルミッシュ?初めて聞く名ね。でもこれは絶対にライフイーターよ。選んだプレイアブルは最弱と名高い魔王っ!……間違いないこれはズブの素人。偶然手に入れたんだわ。完全初心者、これならお金だけで解決できるかも。配信してるって言ってたわよね。もし他に見つかったら!黒沢、私が直接交渉するからキャッシュを用意しておいて。んー一応念のためアタッシュケースはカメラ付きでお願い。大丈夫だと思うけれど対象を観察する必要がゼロって訳ではないから」
「は」
「それと、交渉の際は私一人。貴方が横に付くことは禁じるから」
「なっ!?おっお嬢様!しかし!男性ですよ。もし万が一のことがあれば」
「大丈夫よ」
私にはこれがあるとどや顔で触れたら潰すプレートを首に掛けた夜花に黒沢は眩暈を覚えるのだった。父にしてこの娘ありである。




