6.【ツリー】私はお供します
【ツリー】
配下となった私は主を説得した。といっても言葉でなくお願いという気持ちを込めてじっと見るだけ。伝わったかは怪しいが主は仲間に手を加えることはなかった。
(良かった……)
主に牙を剥くつもりは毛頭ない。ただ仲間が敵対してしまったらどうしようかとは悩んでいたのだ。
(もし可能であれば配下に加えることはなくとも付いていくことを許されればよいが……)
何故かはわからない。ただ彼と共に歩めば光ある未来に辿り着ける。そんな気が湧いてくるのだ。私がやるべきことは仲間達を諭すことであった。この方に敵対してはならないと。使役されたからこそ分かるのだ彼の異常な魔の力を。
よって私は主を庇い立ちトレント達と対峙したのだ。
(止まれっ我が同胞トレント達よ。この方に枝木を向けてはならない)
(臆したか白きトレント。それともやはり貴様は別種。思考も違うというか。ニンゲンそれも斧を持った我らが天敵ではないかっ)
恐ろしい、怖い、とトレント達の怯えがざわめきとなって耳をうつ。主がその場でクルクルと回り出した。恐らく退屈なさっておられる。この回転が止まるまでが期限とそうおっしゃっておられるのだ。時間はない。ここが正念場と覚悟を決める。
(聞け。この方は木こりキラーだ)
(馬鹿を言え。そのようなもの子供に聞かせる御伽噺でしか信じられんぞ。我らを救う者など我らにおいて他におらん。人も魔も我らを生物と思っておらん。だから空白が住処なのだ)
(この方は違う。私を配下にしてくれた)
(貴様の思いが事実であったとしてもトレント一匹を配下にするような脆弱なる存在に救えるものか。どけ白きトレントよ。根は狩るべきだ。雑草であろうと)
駄目だ。無理。主に殺されても文句はいえない。顔を落とした私の肩をポンっと主が叩き前に出た。そして片腕を掲げる。私の時と同じように……。まさかこれはっ
(魔法か。やはり牙を剥く者に情けは……ぐっ何だっ)
紫の輝きが放たれトレント達の動きが止まった。主の手の甲に紋章が浮かび上がったのが見えた。
「ワレニ ツカエヨ」
ぞくぞくと血が騒ぐ。これは使役。だが、ありえない。信じられないことが起こっている。使役の魔法は高位とされる上に凄まじい代償があるのだ。それはその者の10倍の魔力を捧げること。つまり術者は弱体化する。
主はそれを何のためらいもなく使用した。それも20ものトレントに向けてだ。それは意味している。彼が余程の大馬鹿か、その程度の魔力を失うことに何の苦も感じていない存在であることを。
全トレントが沈黙した。信じられないと硬直した。馬鹿げている。トレント20体を使役する者などこの世にいるわけが──
ざっと主が踏み出した。それだけで身震いが起こる。私はとんでもないお方の僕になったのではないだろうか。
(やっやめてくれ何を)
「キーワン」
怯えるトレントの肩を叩き一言。そして主は別のものを叩きキーツーと声を発した。
(奴は……何をやっている……)
私に突っかかってきていたトレントも畏れの籠った目で主を見ていた。僕となったことで理解したのだろう。絶対に敵わない存在であることを。
(名を配っておられるのだ)
(名だと?)
(そうだ。我らトレントを生物と見ているからこその行い)
(馬鹿な……)
ざっと主が彼の前に立った。肩を叩きそして――
「キートゥエンティー」
私の目の前でトレントの枝が力なく垂れ下がったのだ。
◇◇◇
(すまない白きトレント。お前が主と仰ぐアレは何をやっているのだ。急に転がり出したんだが……)
混乱しているようで絡んできた奴が質問ばかりになった。主は何かを確かめるように何度も何度もその場でローリングをし始めた。正直、私だって聞きたいくらいだがそれでもわかることはあると念話を飛ばす。
(どうやら移動なさられるようだ。付いてくるつもりなら付いてこいとおっしゃっている気がする)
私も走り出そうとすればキートゥエンティーが待ったをかけた。
(待て!貴様まさか行くつもりなのか?)
(当たり前だ)
(これほどの使い手なのだぞ?何の目的であるのかもわからない。いや、トレントを使役することにまともな理由なぞあるものか。魔法の杖に加工され売られるかもしれんのだぞ?)
(使役されたのだ。お前も理解しているだろう。主に一切の悪意がないことを。何より命令をせず判断を我らに委ねておられる。試しておられるのだ。付いてきたものだけを僕にするとな)
そうだ。きっとそうに違いない。これは試験。私はキッとキートゥエンティーを睨みつけた。
(行かなければ我らはこの空白で滅ぶ。主は我らトレントにとって光だ。いや、我らだけではない。魔の者にその道の存在を知らしめるがため自らの体で覇道を描いていらっしゃるのだ)
そうだ。きっとそうに違いない。分かってしまった。ローリング痕によって導きを作ろうとしている。救いが欲しいのなら辿ってついてこいと。
速い。信じられないスピードで主が転がり始めた。慌てて追う。
(好きにすればいい。だが一度でも迷いを見せたものに主の背は追えない。信じた者のみ僕となれる。どうでもよい存在に名を与えるものかっ)
根を動かし、懸命に走る私。振動が聞こえ振り返れば全員付いてきて魂が震えた。トレントの大移動。この光景を見るのはもう何年ぶりのことだろうか。
(主よ私は一生ついていきます)
この判断は正しかったと後に私は振り返ることになる。