57.【スパーダにいる者達】快適過ぎ、あいつは一体何者?②
【ツリー、キテン】
主に案内された先にあったのは驚くべき場所であった。ファームでも度肝を抜かれたのにもう勘弁して欲しい。ああ、私トレントのツリーである。
キテン殿はお年を召されていたこともあって発狂し、魂が抜け心をここにあらずとなってしまった。
「トレントに部屋……トレントに庭……トレントに町に住むことを許可……」
「キテン殿、いい加減しっかりして頂かないと。強くなれという主の命に背きます」
「しっしかしツリーよ。このような老木であるわしが役に立てるとは……」
「ご自分で気づいていないのですか?恐らくなのですがキテン殿は若返っています」
「なっなんじゃと」
屈むこともままならない私たちは他者の目を介してでないと自分の容姿を確認することができない。ここのところ忙しかったし、気づかなくても無理もない。枯木だったキテン殿に艶が出ていた。
明らかに豊富な魔素に充てられたのが原因だった。自分も驚くくらい調子がいい。
「まっまさか本当に強くなれるというのか……最弱であるトレントが」
「主は無理な事は言わないでしょう。強くなれといった以上ここなら強くなれるのです。何をやられるおつもりなのかは分かりませんが……」
「サブサブロ様は虐げられたものたちを集めておられる。そして自立を促しておられる。更にこの町。もしかすると国を興される気なのかもしれぬ」
「なっ!正気ですか!?人類がこれほど栄華を極めている時代に魔物の国を興すなど」
「それもわしの勘じゃがここは人間のテリトリー内部だと思うておる」
「っ!?」
私はクラリとした。敵地の中にいると考えただけで寒気がした。そこに拠点を設けるという剛毅な心と天外なる発想。一体どんな頭脳を持っていたらこんな考えに至るというのか。
「主は何をお考えなのでしょうか?」
「わからぬ、じゃがわしらでは到底考えが及ばぬほど大局を見ておられるに違いあるまい。たとえ捨て駒であろうとも付いていくべきお方じゃ」
その通りだとツリーも葉っぱを揺らした。主から頂いたトレント語で書かれた魔法の本を開く。
(本当にこれで魔法を使えるようになるのか?トレント語で書かれているということは著者がいる?主は一体どこでこんなものを)
ツリーはサブサブロを信仰している。けれど、湧いてくる疑問を抑えることができなかった。主は何者たるぞと。
【バワン、バッツ】
「なあ姉者……何やってんだよ」
ジト目のバッツの先に体を猫のように擦りつけるバワンがいた。
「見てわからないさね。マーキングさね」
「いやわかるって。だからなんでって話だよ」
「知れたことあの糞兎の匂いが染みついてるさね。消しとるさね」
バッツはムーっとなる。
「いや、ここ出ていくんだろ?縄張りつくってどうすんだよ」
「それはまだ先の話さね。その間あの兎がぴょこぴょこ縦横無尽に跳ねてると考えると虫唾が走るさね」
「でも、悪い魔物じゃなかった感じだぜ?主人は無理やり首輪を巻くような最低野郎だけど俺にも頭下げて挨拶してくれたし。まあ喋ってはねえけどさ」
「甘々さね弟者。王座に奴の匂いがたんまり染みついていたからアタイにはわかる。奴は性悪女だとね」
「王座?」
それは言うまでもなくサブサブロの肩である。あそこに止まり、バワンは気づいた。あれこそが王女の位置であると。
いや、サブサブロを好いているわけではない。決してないのだけれどあそこに止まれるということは必然サブサブロに頭を垂れるものの上に立つということ。
決してサブサブロの傍にいたいということではない。ないのだけれど。あの白玉大福に見下ろされる気はサラサラなかった。
(男にも負けない空の王者であるこのアタイがあんな丸い球みたいな女に上に立たれてなるものさね)
うおおおおおっと壁にコスコスするバワンに流石の弟もはぁっと溜息を吐いた。バッツは頭は良くないが間抜けではない。姉の心が靡き掛けているのに気づいていた。ファームでも揺れていたが町でかなり魅かれてしまったらしい。
(女ってのは巣が大事っつうけど……)
姉者もまた女性だったかとモヤモヤする。確かにここはあの糞主人を除けば最高だ。飯は美味く、マナに溢れ、おまけに訓練場なんてものまで用意されている。
ここに住んでいるだけでメキメキと強くなっている感覚がある。でも──
(家族に会いてえな)
あのニンゲンは気に食わないがここは快適だ。バッツはハッとする。むしろ家族をこっちに連れてきてはどうだろうかと。
(いや、まだ何させられるか分かってねえし、鍛えるってことは戦わせる気があるってことだ。姉貴の代わりに俺が見極めてやる。とにかくここがどこなのか調べねえと)
空があるがここは外じゃないとバッツは気づいていた。何せここには魔怪鳥エルーグルにとって大切な“風”がないのだから。




