4.【ツリー】木こりキラーの配下になりました
私はトレント。名前はない。ここは魔族領:空白の大地。名前の通り何もない土地だけれど、人間に土地を追われた我らにとっては安息の場所。水しかないここを定住する者などトレントをおいて他にいないだろうから。
だというのに……。また戦争があったようでその境界であるこの場所が侵略を受けたのだ。
(ニンゲンって奴らはどこまで強欲なのだっ)
現存する“11”種族のうち人間は最も多くの領土を得ている。であるにもかかわらずまだ侵攻しようとするとは強欲、強欲、なんと強欲な種か。
(ん?)
気配を感じさっと私は身を隠した。いや、隠す場所などないので一本の木に成りきる。生まれつき色白の私。私がトレントだとはわかるまい。
(あれは……)
何かが軽快にそして無警戒に走っている。ギシッと小枝に力が入り葉が揺れた。間違いない。人、忌まわしきニンゲン。
(先の大戦の生き残りか?)
いや、あり得ない。あれから半年が過ぎている。先に言った通り何もない土地。魔法を使ったとしても生き永らえるはずはないのだ。であれば──
(また侵攻するつもりかっ)
許さない。そして私は気づいた奴の背負った斧の存在に。
(木こりだと!?)
怒りが満ち私の背を押した。たとえ死ぬことになったとしてもあれを逃してはならないと。そして私は奴の前に立ちふさがったのだ。
木こり。それは私達同胞を切り倒すもの。まだ若く、動けぬ者が狙われ、無残な丸太となって殺される。何体ものトレントが奴らの手によって薪に変えられる姿を私は見た。
(貴様ああっ!仲間のもとには行かせないぞ)
いきなり魔物が出ればニンゲンは驚くものだ。だが、奴は冷静だった。いや、無。まるで路傍の石を見るかのようにその瞳には一切の感情が宿っていなかった。ゾクリとし、一歩引いてしまう。
不気味な人間は巨大斧をブンと片手で振るった。凄まじい力を私に見せつける。
(これが……木こりのっトレント狩りの力)
もし、あれに切られたなら胴から切断されるに違いない。恐怖。けれどもう引けない私は枝木を振るったのだ。
◇◇◇
(ぐっここまでか)
断ち切られはしなかったものの腹にクリーンヒットし、凄まじい衝撃に倒れ込んでしまった。鈍痛。死んだと覚悟する。けれどいつまで経ってもトドメは刺されず、恐る恐る身を起こしキョトンとすればニンゲンがこちらに手を差し出した。
(なっ!?)
瞬間、心臓が跳ねた。理解できたのは彼が人でない何かであることと膨大な魔の力を持ち合わせているということ。
(人じゃない?)
私は盛大に勘違いしていたと思い立った。むしろ彼は木こりを狩った存在。つまりトレントにとっての英雄木こりキラーではないかと。
(いや、ありえない。トレントの英雄など御伽の話だろうに)
最弱と呼ばれるトレントに味方するものなどいるわけがないのだ。
「ワガ ハイカ ト ナレ」
(え?)
「ワガ ハイカ ト ナレ」
(私が貴方の?ですか?)
「ワガ ハイカ ト ナレ」
うん、これは言葉が通じていないというより届いていないのだろう。トレントは声帯がないため念話で話す。魔物であれば心得ているはずだが、人間でもない。じゃあ、目の前の者は何なのだという不信が募る。
「ワガ ハイカ ト ナレ」
そんな気持ちとは裏腹に木こりキラーは半強制的にパスを繋げようとしてくる。凄まじい力。抗えないほどの。
(まっ待ってください。見ての通り私はトレント。何者であらせられるか分かりませんが貴方様のお役に立てるとは)
「ツリー」
刹那ゾクンと力が湧いた。不毛の地で枯れかけていた私の葉がたった一声で若々しさを取り戻した。
(まさかそれは私の名ですか)
返答は無かったがそうに違いない。嬉しさが内から溢れ私は喜びのダンスを踊ってしまった。
「ツリー ユクゾ」
襲い掛かったのに一切咎めない懐の深さ。いや、何とも思っていないのだろう。圧倒的強者。そんな存在が名を与え、従者にしようとしている。
何より重要なのが一切の悪意を感じないということ。
本当にトレントを救ってくれる存在なのではないか?私は頼もしさを感じその背を必死に追うのだった。