286.【プレイヤー】混沌を呼ぶ者
エルダイン人には余裕があった。魔王は恐るべき存在であっても神が超常的な力によって何とかしてしまっていたから。ノストラやレグナードなど油断をしない者もいたがそれでもジェイクにトングと英雄二人に加えて戦闘でAランクに迫ると名高いライオネル・シーザーがいれば倒せないにしても阻めるだろうと甘く考えた。
“NPC”の魔王が沸く事はある。神によって強化された人を決して越えられぬ。しかしてそれはあくまでNPCの話。プレイヤーの魔王は“ほぼ”存在してこなかった。
そしてそれが想像できなかったのはライフイータープレイヤーもそうだ。ヴィランを選ぶ時点でこのゲームについて何も知らずに手に入れてしまった雑魚。特に育成が目立ち時間が掛かり、ステータスが最弱たる魔王なんて最悪。それが共通認識であるはずだった。この時までは。
通信でのやり取り、エルダインの中にいる人形遣いの耳にネカマであるため真四角の女性声が響いた。
「何だこれは。どういうことだっ!答えろマリオネッタ」
見たことも聞いたこともない魔王覚醒イベントが始まろうとしている。何より切り札であった空白砲をスキルで受けられたことに小さくない衝撃を与えていた。操る英雄の目を通して覗き見ていた二人のプレイヤーは激しく取り乱す。
「俺が分かるわけがないだろう」
「っち、あの数字野郎。こんなのまで残してやがったってのか」
真四角の声が耳に響くが別の理由でマリオネッタは顔を顰めた。
「……いや、ナンバーズとは別人である可能性がある」
「は?」
「ゴテゴテのこの鎧。奴が好む見た目じゃない。声も違う。この男我々が知るナンバーズじゃない」
「声ってお前、幾らでも変えれるだろ」
そうこれはVRMMO。設定で弄れる話。
「この男配信している。このライフイーターで。ただ名前は変えているな。デュアルミッシュ、聞いたこともないし意図も分からないが」
「嘘だろ?」
真四角からすると冗談としか思えなかった。いや、全プレイヤーが冗談と言うに違いない。プレイヤーキルが横行するこのゲームにおいて自身の情報を晒すことは危険、愚か者以外の何物でもない。
プレイヤーに殺されればデータが消滅し、積み上げてきたものがパーとなる残酷なルール。プレイヤーに殺害されることはこのゲームの人のようなリアルなNPC達とお別れを意味し、嵌り込んでいる者ほど深い絶望を味わう。
いや嵌ってない者などいないだろう。信じられないほどリアルなVRMMOなのだから。もう異世界なのだと真四角は信じていた。だからこそいち早く違和に気づく。
「コンシューマー?」
マリオネッタもそこに注目したと頷く。
「そういうタイプのライフイーターが存在していると聞いた事はある。ナンバーズはコレクターとしても有名だ。あの男が何を持っていてもおかしくない。ただ別人と言ったが知り合いではあるのだろう。ナンバーズがこんな形で情報を漏らすわけがない。仮にどんな狙いがあるにせよな」
「確かにな。予防線を幾重にも張る臆病な数字野郎なら出てこない。ってことはこいつは用心棒か?」
「金に困ってはいるようだ。見ろ、100円のスーパーチャットで三回回ってワンに応えている」
馬鹿なのでは?という言葉をぐっと飲み込んだ真四角は自室でスマホを開き、その配信を覗く。魔王サブサブロが覚醒イベントを迎え、コメ欄すら盛り上がっている。というのに肝心の配信者はまるで見ていないとばかり検討違いの声を放った。
「ちょっ!盗撮とかしてませんって。誤解ですって。今ゲームやってて超いいところで!」
「イチ兄声入ってるッ!あっヤバ!私も」
ツッコミどころしかないやり取りが一瞬流れた。コメ欄が流石サブイチと褒め称えているのがなお訳がわからない。ただ情報は得られたと真四角は口角をあげる。
「今、女の声もなったな。チームを組んでる。しかも兄妹だとさ」
「馬鹿を言え。どこの世界に自分の個人情報をさらけ出す者がいるんだ。罠だ」
「何かアホそうだぞ」
真四角の指摘にマリオネッタも返せない。事実であり、故に最上一郎の行動は読めなかった。まさか純粋に知らず楽しんでいるとは思うまい。疑心暗鬼のライフイータープレイヤー、何かの罠と疑うのが妥当だった。
「やられたっ」
「あん?」
「我々の姿が公開されている」
「何だって!?」
マリオネッタから送られた映像を見て、真四角は絶句した。それは過去自分たちがドラムニュートの王城で行ったやりとり。それがまるでゲームの一部であるかのように演出され公開されていた。顔も勿論、ゲーム名とはいえ名前も晒されている。そして一番の問題である自分たちがどこにいるのかも全国に向けて配信。
「こんな手段をとってくるとはっ。虎の尾を踏みましたか」
自爆覚悟、死なばもろともの荒業。いや空白砲という切り札を見られた以上真四角たちも狙われるは確定。この配信にまだ気づいている者がほとんどいなそうなのが幸いだがこれを消す手段がない。何より元データーを向こうが所持しているのだ。どんな対策も意味をなさないだろう。
「引こう■■■。これ以上手の内を曝け出すわけにはいかない」
身内のやり取りであっても彼の名前は潰れている。
少し考えこんでから■■■は口を開いた。
「いや……ここで潰す。俺は出れねえからお前がやるんだマリオネッタ」
「正気か?この男はスケープゴートである可能性もある」
「だからといって、意味もなくズブの素人に魔王を選ばせるわけがねえ。それにこのゲームのプレイヤーが諦める訳がない。それはお前も理解してるだろう」
確かにとマリオネッタは思わず頷いてしまう。このゲームの魔性は筆舌に尽くしがたく、身をもってしっている。
「数々のグリッチを生み出した数字野郎だ。奴の研究がヴィランサイドに寄っていたのが引っかかっていたけどよ。これが答え。これは奴の切り札だ。絶対俺たちの元まで攻めてくる。わざわざこんな動画を作ったのはそれが狙いとしか思えない……だろ?」
無言は同意。そして次に何を言われるか分かったからこそマリオネッタは押し黙った。
「お前も出てこのサブサブロってのをここで潰せ」
「命令するなと言っている」
「命令じゃない。お願いだ。俺たちはもう一蓮托生だろ?俺が出られねえ以上お前しかいない。敵に背中を押される形になったわけだがもう引けねえ。わかるよな?パートナー」
互いに秘密を握り合う状況。協力関係になるしかない。
「っ!なら頼み方を覚えろ」
「ああ、必要になるのは動けるようになるまでだろうけどな。アイツに奪われたもの絶対取り戻し復讐する」
ナンバーズのプレイヤーと相打ちとなり、彼は名前を奪われインできない状態だった。ちなみにネカマなため声は女性である。
“我 魔王サブサブロ 全テヲ 取リ込ミ コノ世界ニ 顕現セシ者”
口上と共に竜型の化け物が後ろに幻視された。やはり切り札と真四角は目を細める。擬人化する魔物に神と名のつく狼、人間の武器を使いこなすゴブリンなどおかしい者達ばかり。
彼らもどこかで舐めていた。所詮、魔王だと。そして──
NPCを狩る側なのはシステムにそう設定されているからである。けれどNPCを上に立たせればどうなるか。忽ちプレイヤーは狩られる側となるだろう。戒律を乱そうとする者がいる。混沌を生むために。その名デュアルミッシュ。彼すらも理解できないものの創造を目指す。それはシステムすら読めないことを意味するから。
最上一郎をデュアルミッシュは選んだわけではない。けれど訳の分からない動きをする彼に満足していた。誰が彼に届けたか。偶然か必然か。
20日




