186.【カイサレン】私の緻密なる婚約計画
三度目となる歯磨き、落ち着かずマスター室でウロウロ。今日、私の元を訪れたリーデシア兵のことを考えなければならないが頭の中は恋心を抱いているキアラ嬢の事でいっぱいだ。
キアラ・ルクレールはサブマスターであり私の副官である。生真面目な性格と言葉遣いのせいで冷たく感じるが実はお姉さんみがあって優しさを持っている。そして何より彼女は妹思い。そう、妹。
彼女の妹であるギルド受付嬢シエラ・ルクレールがリーデシア兵と結婚させられると聞きつけ新たに生まれた謎の迷宮調査も兼ねて彼女は辺境ペルシアに向かった。
が、その件のリーデシア兵が此方に現れたところを見ると完全に入れ違ってしまったのだろう。こうなれば行かせなければ良かったと後悔するが今更言ったところで始まらない。ピンチをチャンスに変えればいい。遠距離はスパイスと恋愛本に記載されていた。私は四度目となる歯磨きを行った。
妹さんに話を戻すが残念ながら高位冒険者に受付嬢を宛がうのは黙認されている。そもそも美人で揃えられているのもそれが狙い。高位冒険者の存在はそれほどギルドや町にとって恩恵があるのだフラフラしがちな冒険者も所帯を持てば落ち着くというもの。
が、古い価値観。本ギルドは自由恋愛を推奨。そう、誰が誰に告白したっていい。それをギルドマスターたる私が身をもって証明する日は近いと日課となった婚約指輪の確認を行った。
敵ながらリーデシアが齎してくれた“映魔鏡”と呼ばれる魔道具でこの後、彼女と連絡を取り合うことになっている。“映魔鏡”は姿を映して連絡できるという優れもので初めて見たときは帝国との技術格差に驚き、誰が使うものかと部下の前で息巻いた。が便利なので使ってる。
基本、国の上層部しか使用を許されていない代物だが、賄賂を渡せば降りてくる。それほど上は腐りきっている。
正直、その酷さはリーデシアにもバレていると思うのだが一切のお咎めなし。それに王国民の心象を悪くする一方だというのに自国の兵士の好き勝手も放置。
彼らの統治能力を疑いたいがここまで来ると最初から興味がないのではと思えてしまう。何の確証も無くあり得ない想像だがこの絵を描いたものは我々らの常識から一線を画す思考の持ち主ではないだろうか。そんな事を考えてしまうのだ。
まぁ、別目的ために国盗りを行うなどまさに神の所業で夢物語が過ぎるとも思うが。
そんな妄想に浸りながら何度も髪を整えているとピピピっと連絡が入った。来たと生唾を呑み込む、この時間のために死ぬ気で仕事を終わらせたのだ。
匂いは伝わらないがエチケット。画面いっぱいに最愛の人の顔が映し出された。ちょっと不機嫌そうで眉を潜めている。が、それすらも愛おしい。
「そちらにサブサブロが現れたというのは本当でしょうかマスター」
「ああ、姿を見せたのは昨日だが今日の昼頃だな。普通に奴はギルドに現れた」
「もうサブサブロ様ついたんですね!そちらにいらっしゃるなら、顔が見たいです」
ギョッとすれば猫耳の少女がヒョコっと顔を出した。確かにキアラの面影がある。彼女が妹のシエラ。が、性格は全然違うようだ。
「シエラ、大事な話です。邪魔しないで」
「だってだって」
「動向を聞いておいてあげますし、言伝も頼んであげますから」
「絶対だよ!ホントにホントに絶対だからねお姉ちゃん」
これは予想と違って妹さん側がホの字らしい。そしてそんな彼女を放置し此方に来たということはサブサブロから頼んだわけではなさそうだ。これは惚れたのをいいことにペルシアのギルドマスターが勝手に話を進めたのだろう。
辺境の地。リーデシア帝国と繋がりを持ちたいという気は分からなくもないが。
「お騒がせしまして申し訳ありませんマスター」
「いや、構わない。可愛らしい妹さんだ。君が自慢するだけのことはある」
「いえそんな」
嫌らしくなく自然に妹を褒める。私は好感度のアップの音を聞いた。
「それでどうなさるおつもりですか?」
「普通に冒険者として迎え入れることにした。依頼も出すし、必要とあればランクも上げる」
「なっ大丈夫なのですか!?あれが何の企みをもって動いているのか全くの謎なのですよ」
「キアラ、我々を取り巻く状況は余りに複雑だ。正直人手が足りない。リーデシアの情報を得るためにも彼は泳がせた方がいい。何だったら反感が出ない程度に優遇し味方に付けるくらいにね」
「ですが」
「キアラ、これはマスター命令だ」
「っ!はい」
本音を言えばサブサブロは妹さんのお気に入り。もし私が冷遇したと耳に入れば嫌われ、キアラとの結婚を応援してくれなくなるだろう。それに万が一、彼女とサブサブロが結婚すれば、ちょっと考えたくないが親戚となる。
プロポーズを控える私にとって彼は爆弾。綿密に立てたこの計画を邪魔させる訳にはいかない。
「それでどうする?こちらに戻って来るか?」
「いえ、当初から予定していた新迷宮の調査だけは終わらせようと思います。色々と準備してきましたから」
しょうがない。ここでごねても好感を落とすだけ、男らしくない優柔不断さを彼女は嫌うのだ。
「私が付けた彼はどうだ」
「ごめんなさいマスター正直彼は最悪です」
よしっと私は見えない所で拳を握る。この遠征において私が最も頭を悩ませたのがキアラの護衛だった。女性冒険者は辺境へ行くことを拒み、実力ある高位冒険者どもは好色な者が多く、危険生物。
その点ジェイクは亡くなった奥さんに操を立ていて安心で、生活は酒に溺れ、キアラが最も嫌うガサツな男。万が一にもくっつくことはあり得ない。
「すまない、人選ミスだったか」
「おらー迷宮行くぞこらああー」
「ああーもうまた酒飲んでるよこの人」
ジェイクと迷宮探査官コースター・ガスの声にキアラの眉がヒクついた。
「ええ、間違いなく」
コースターには二人が一緒にならないよう注文を付けてある。大丈夫、男の度量を見せつけろカイサレン。
「問題があればいつでも君の裁量で帰還してくれて構わない。正直、君がいなくなって業務が滞って困ってるんだ」
「早く戻ってきて欲しいですか?」
「ああ」
「全くしょうがない人です」
うおおおおおおお、何だ今の夫婦のようなやり取り。見えたっ今確かに老後まで見えたぞ私よ。これはここか?このタイミングで言うべきなのか!?
「オエー」
「うぎゃああ!ジェイクさんアンタどこ向けて吐いてんだっ。タオルッタオル!キアラさんタオル持ってきて」
はぁああっと溜息を吐き、頭が痛いと擦る彼女は立ち上がった。
「申し訳ありませんがマスター。今日はこれで」
「ああ、気をつけてな」
ブツっと“映魔鏡”が切られる。手ごたえを感じた私は指輪を手に取ってチラッと机にあったサブサブロの資料を見た。
「お前を義弟と呼ぶかもしれないな」
ただ妹さんがどれだけアプローチしてもきっと私の方が早いだろう。何せ私の計画は一点の穴も無いほどに綿密なのだから。
「練習しておくか、キアラこれが私の気持ちだ。受け取って欲しい」
エアプロポーズ、それはどれだけやっても空ぶりである。




