19.【ペルシア住人】何かやべえのがきた②宿屋編
【宿の親父ドルコ 看板娘リリ】
宿屋ポーネル。平民地区にあるこじんまりとした個人経営の宿。冒険者がよく泊まりにくるそこは私、リリが暮らす家であり職場だ。
「お父さん、呼び子やってこようか?」
「今日はもういいさ。疲れたろう。リリはもう休んでいなさい」
「でも……」
ポーネルの経営は苦しい。まだ11歳なので難しいことはわからないけれど私の住むドラムニュート王国は大きな国のものとなり、税があがった。
周りの人もそれに苦しんでいて、お店が一つまた一つと潰れていってる。太っちょだった父ドルコもやつれはじめた。まあ、お腹が狸さんみたいだったのでそれはいい薬かもしれないけど。
リーデシア帝国の下について見た目上の生活はよくなった。でも、皆の心は荒み暗い。店の呼び鈴が鳴りお客さんだと笑顔で私は振り返る。その口元が固く結ばれたのは仕方がないと私は思う。
だってその人は大怪我を負っていたのだから。
顔面をグルグル巻きにしたお兄さん。金色の毛が飛び出していて、緑色の瞳と目が合った時は心臓が跳ねた。色味がないと言えば失礼になっちゃうかもだけど、吸い込まれそうな目だった。
「だっ大丈夫です「リリっ!!!」」
お父さんが大声をあげたのでぎょっとなる。いつになく真剣な眼差しを私に向けた父はお客さんを睨んだ。
「こっちへ来なさい」
「お父さん?」
「いいから、来なさい」
言われた通りお父さんの横に並ぶ、そこでお父さんの手が震えてることに気づいた。
「リーデシアの兵士様がうちに何の御用で?」
「ヤド トマル」
そりゃそうだ。泊まりにくる以外に来ることの方が珍しいだろう。
「悪いが」
「お父さん……」
今度は私が遮った。あれはどう見ても長期宿泊の良客だ。なりふり構ってはいられないのではないか。父も理解したのかわしゃわしゃと頭を掻いた。
「何泊だい?」
「ワカラナイ イチニチ オキニ シハラウ」
「分かった。飯は」
「ヒツヨウナイ」
「5銀貨だ。部屋は2階奥」
え?っとなる。部屋は幾つか開いている。つまり父は彼を遠ざけた。嫌う理由は分かるけどちょっとあんまりだと私は思った。
「ワカッタ」
お兄さんは名前を書き、お金を支払うと歩き出そうとする。
「あっ私案内っ」
リリっと小声で父に注意され私は止まる。お兄さんは一人で上がっていってしまった。
「お父さんっあんまりだよ」
私は怒ったが父は聞いていない。じっと彼から受け取った銀貨を見つめている。そして父は泥のついたそれを私に掲げ見せた。
「リリ、あれに近づくな。血だ」
血。どうして?お金に?台帳。彼の名が目に入る。
(まおーサブサブロ)
「変な名前」
そう思った。
◇◇◇
辺境であるペルシアは敢えて旅行にくる場所じゃない。中継都市からも外れ旅人が来ることは珍しく、宿屋ポーネルの宿泊客は大体が顔馴染の冒険者で埋まる。
ここが寂れずやっていけるのも魔物が多く生息してくれるお陰。町はハンター支援に特化している。
「はい!冒険者のミノキノコバターソテーだよ」
「有り難うリリちゃん」
「恩に着る」
食堂。そこでの給仕が私の仕事。お父さんが作った料理を運び、クエスト帰りの冒険者さん達に届ける。冒険者さんは乱暴な人も多いけど、お礼を言ってくれる優しい人もいる。
今、対応しているのが女性3人PT『白銀連盟』。本当は5人で後二人いるけど訳あって離脱中なのだそうだ。将来有望でもうCランク。Cはこのペルシアでトップクラスなのでお姉さんたちは本当の本当に実力者だ。
リーダー、人族のイミールさんはオレンジ髪の軽装女剣士。ドワーフのパイネさんは小さい体だけどタンク役でエルフのレナさんは治癒士で副リーダー。三人とも種族が違うけど揃って美しくて、ただそこに立っているだけでも目立ってしまう。
過去の大きな戦争から一部の種族間では遺恨が残ったりしているらしいけどこの人たちは仲が良くてやり取りを見てるだけでほっこりする。悪漢なんて放り投げるくらいに強くて私にとっては優しく頼もしいお姉さん達だ。
「今日もクエストに行かれていたんですか?」
「あー今日は護衛予定の子達との顔見せだな。年齢は君と近いし話が合うかもしれない。機会があれば連れてくるよ」
そうほほ笑みかけてくれたのはイミールさん。よく鍛え上げられ焼けた体に彼女のオレンジ髪はよく映える。そんなイミールさんにレナさんが涼し気な視線を送る。金髪碧眼でエルフを示す尖り耳。白い服なのに肌の方が真っ白だ。
「余り多くを喋っては駄目よイミール。チームの情報は秘匿されるべきものでしょ」
「ごっごめんなさい」
不用意だったと私が謝ればぎょっとしてレナさんが慌てた。
「いや、貴方に言ったわけじゃないわ。周りが聞き耳を立てているから」
「ふっほら、リリが可哀想だろ。そう怒るな眉間に皺ができてるぞレナ」
「なっイミールっ!アンタね」
「これ……旨い」
そして我関せずで料理の感想をぼそっと呟いたのがドワーフのパイネさん。黒髪が寝ぐせなのかと言わんばかりに跳ねまくっていた。
「おいっアンタ困る」
ん?と父の声が聞こえその方を見れば黒騎士がにゅっと現れた。包帯さんである。帰ってきた時、全身黒甲冑になっていた時は驚いたものだ。名前はサブサブロさん。泊まって結構な日にちが経つが目立たず籠っていて大人しい、後、優しいと私は思ってる。一度ぶつかった時文句もなく私を助け起こしてくれたから。
そんな黒騎士さんが何故か私目掛けて走ってきた。
「え?」
「リリっ」
驚き固まる私をイミールさんが抱き寄せてくれてたが、黒騎士さんが通り過ぎたためイミールさんも呆ける。
「え?」
黒騎士さんが壁に激突しようとし、私は目を逸らす。不思議な事が起こった。どう見ても衝突したのに黒騎士さんはまるで見えない壁に阻まれているかのようにつっかえていた。彼は壁に向かって走り続ける。全員が言葉を失った。
「あれは何をしている?」
イミールさんの言葉に誰も返せない。それでもドッドッドッドっと走る黒騎士さんは段々と位置をずらし始め角まで行くと彼の身がブルブルと振動しブレ始めた。
「……」
無害だが兎に角、絵面がヤバい。やがて黒騎士さんは正気を取り戻したようにピタリと止まると振り返り何事もなかったように出て行ってしまった。
「いやっどういうことよっ」
「魔道具の暴走」
吠えるレナさんに返したのはパイネさん。その言葉には聞き覚えがあるとイミールさんが反応する。
「オートメイル……自動鎧というものか。私も聞いた事がある」
「ふーん、そんなもの持ってるなら王都から来た凄腕なんじゃないアイツ」
いや、私は知っている。見た目超カッコいい黒騎士サブサブロさんがFランクであることを。でも、この空気。とてもじゃないが言い出せなかった。この辺りから冒険者の間で噂が流れ始める。何かヤバイのがいると。