173.【ラザニア】元同僚と再会し恐怖する
ずっとネットリとした視線を感じるとベットに寝そべっていた坊主サキュバス、ラザニアは少し寝返りをうってセクシーに肌けて見せる。すると情欲を感じ相手が男であることは明らかとなった。
ここに閉じ込めた雄はただ一人、犯人はほぼ確定と言えるが。ふわぁっと起きたふりをしてラザニアはウィッグを付けた。するとスッと気配が消えた。これはビンゴだろうと彼女は口角をあげた。
「ふふっホントに短髪の女性がお好きなのね。魔王ベルフェゴート様、これは思ったより早く貴方の願い達成できるかもしれません」
ラザニアの目的は人神であるサブサブロに取り込まれた古代魔王ベルフェゴートを復活させることとサブサブロの目的を探ること。誇り高き魔族である彼女は例え神であろうと人側に属することをプライドが許さなかった。
ただでさえキコリンEXとかいう謎のダンジョンマスターの従魔にされてしまい誇りがズタズタなのだ。早急に汚名を返上しなければならないとやる気に満ちていた。何せ魔王の妃となれる千載一遇のチャンスなのだから。
「見張りすら立てないだなんて舐められたものね」
透過したラザニアは難なく抜け奥へと進んだのだ。
◇◇◇
牢屋を進むラザニアの鼻がぴくっと動いた。サキュバスであるが故に敏感だった。
「発情した雄の匂い……ここは牧場ということかしら流石は神様、やることがエゲツナイわね」
明らかに牢獄であるこの場所でそういう匂いが香ってくるということはそういうことなのだろう。やるのはいいが見るのは嫌いなラザニアは確認するのを怠る。
彼女にはそれよりも気になる気配があったのだ。
(何この気配っ)
ビリビリとする肌がひりつくような感覚。まるで古代魔王ベルフェゴートを前にしたかのような強烈な魔の気配にゴクッと喉が鳴る。
本音を言えばサブサブロに近い使い魔である大福などから接触し懐柔するつもりだったが、まずはこっちかと自然と足が向かったのだ。
庭、信じられないほど美しい庭園。凄まじい量のマナで溢れている。魔族であるラザニアにとってはまるで楽園のように感じられた。だからこそ憎しみも沸く。人に追いやられていなければ魔族も手にしたものであっただろうから。しかし、一体どこから吸い上げているというのか考えるだけでも恐ろしい。
「強欲ね、人というのはその神すらも」
そして辿り着いた場所にあったベンチにラザニアは目を瞠った。普通じゃない。冷や汗が垂れ、膝を折りたくなる。更にそこから見知った声が鳴ってラザニアは腰を抜かしそうになった。
「あっお父さんラザニアだよラザニア」
「ん?ああ、これは久しいな」
まさかの知り合い、それは少しの間だったがキコリンEXの元で同じ従魔契約されたミミックだった。ただ彼は親子でもなく一体のミミックであったはず。息子の方は知らない。そもそもミミックは
「驚いたわ。まさか知り合いと会えるとはね。それにしてもその姿は」
「混ぜられたのだ。だが感謝している。息子と離れようがないからね。サブサブロ様にファザ&チルという名までいただいた。この上ない幸せだよ」
「うん、僕もお父さんと一緒で嬉しいな」
ゾッとした。サブサブロという存在を元主人と重ね、どこか甘く見ていたのかもしれない。不完全とはいえ魔王を取り込んだ存在なのだから。
「ファザチルだったかしら。聞いて元同僚として協力して欲しいの。アイツの中には魔王様が封じられている。解くことができれば私達は幹部に」
「ああ、それってベルフェゴートのこと?何にせよサブサブロ様に逆らうのはよした方がいいと思うよお姉さん」
「様を付けなさい。人に飼われていたという汚名が晴らせるのよ。魔族たるもの魔王様に仕える以上に誇ることなんて」
「魔王ってこれのことでしょ?」
ベンチが魔王ベルフェゴートになってラザニアは目が点になった。
「へ?」
「くっく元同僚として忠告だがサブサブロ様に逆らうのは止した方がいい。あの方はまさに次元が違うのだよラザニア。我らに自身をコピーさせたのだ。その身に封じた魔王を含めてな」
「嘘でしょ……」
「ホントだよ」
とチルが応えファザが続ける。
「あの方は深淵を覗きし者なのだ」
「深淵を覗きし者?」
「全てを見通されておられる。でなければ一介の魔物にこれほどの力を与えるものか。へでもないのだよ、古代魔王の力などな」
「馬鹿なっ」
気が動転しているためそもそも彼らが古代魔王をコピーできていることの異常性に彼女は気づけず話は進む。固まるラザニアにチルの声が冷たく響いた。
「お姉さん、サブサブロ様は死なないし、底が無い。それは僕らですらコピーできないんだ。無敵なんだよ」
「そして運がよいことに悪しき存在ではない、あの方は人と魔物を繋げ楽園を築くおつもりだ。我らはその考えに賛同する」
「何よそれ!貴方、人が私達に何をしたか忘れたというの?」
「忘れてはいない……が、彼らの寿命は短く当事者であることを忘れるのだ。恨みをぶつければ延々と繰り返す、我らはベンチとなって人を観察し理解した。サブサブロ様こそが正道であると。それに人間は深淵を覗くために必要不可欠なパーツ。彼らの生活圏に身を置くことが紳士には必要なのだ」
「分からない、貴方が何を言っているのかさっぱり。貴方……狂わされているわ」
「ともかく、君に敵対の意志があると判断した。ここから出すわけにはいかない。命は取らないが君の家に戻ることだ。後、次来るときはズボンではなくどうかスカートを」
「くっ」
怖ろしくなってラザニアは逃げ帰るように元の部屋に戻った。ここは魔物と人間を使った悪魔の実験施設なのではないか。捕虜であるのに異様に豪華な部屋が逆に彼女の恐怖を駆り立てた。
カツラを投げ捨てるとまた邪な視線。でも、純粋に雌を求めるこの欲求がサキュバスである彼女には心地よかった。
「もしかしてサブサブロじゃない?」
人に恨みを持つラザニア、魔物に恨みを持つウィルソン。彼らの出会いは近い。スパーダにて小さな奇跡が起ころうとしていた。カオスは全てを掻き混ぜ結びつける。おバカな高校生によって混沌が齎されようとしていた。




