166.【俺】迷わず即答する
狭い住宅地によく入って止めたなと褒めるべきか、駐車違反車が俺んちを封鎖していますと警なる方に連絡すべきか。兎に角、最上家への道が閉ざされているわけだが……。
この迷惑行為を堂々とできる時点で、中に入っているのは頭のネジがお外れになったお嬢様であることは確実。揉めたら更に糞ダル展開になるのも確実。
(有栖川か?)
いや、リムジンの色が違う。何なのこのダックスフンドみたいな車流行ってるの?これが奴らのステータスなの?このセンスが理解できないから俺は貧乏なの?
さて、どうするか。どっかで時間潰すか?でも、金ないからマジでやることが……早くデュアミしてえし。
(よし賭けよう。偶然、偶々、俺に関係のないリムジンが止まっているというそんな奇跡に)
「最上一郎様ですね」
ですよね。知ってた。蟹歩きでこっそり隙間を通り抜けようとしたら、ウイーンと窓が開いて女の運転手が声を掛けてきた。結果、間抜けっぽくなり恥ずかしい。声を掛けてきた人がめっちゃ美人さんってこともあるだろうけど。黒髪の和服が似合いそうな20代くらいのお姉さんだった。
「お嬢様が貴方とお話がしたいということでお迎えにあがりました」
彼女のニコッに愛想笑いで返す。帰りたい、家が目と鼻の先なのに帰りたい。どのお嬢様ですかって聞いたら怒られるだろうか。そうだと俺は松葉杖を見せた。
「申し訳ありませんが見ての通り足を怪我してまして。お嬢様を煩わせてしまうかと思いますので今日のところは」
「さっき普通に歩かれてましたよね?」
お姉さんのニコっに俺もニコって返す。あれ?何か妙な圧力が……。この人怖いかも。ガチャっと扉が開いた。あっうちの家に当たりそう。
「当たったら弁償代200万を最上様に請求させて頂きます」
ダンっと地を蹴って、俺はガっとドアを掴んだ。ん?いや、払うの普通向こうじゃね?寧ろ、200万ゲットじゃね。そう思って振り返ってみればお姉さんが真顔となって俺の地を踏む脚を見ていた。
「足、大丈夫のようですね」
「お嬢様を待たせてはいけないのでお邪魔しますー」
こうして視線から逃げるように俺はスッと車内に入ったのであった。
さて晴れて囚われの身となってしまったわけだが、人生二度目のリムジン。長くて広いけどやっぱ庶民には良さが分からない。凄いとは思う。女の子ってこういうの好きなのかな。これで俺が迎えにいったら高瀬さんとかは引く気がするけど。
で?動かないんですがと見ればさっきのお姉さんがこっちに。う”……美人さんだけど近づいて欲しくない。
「松江と申します。お嬢様は既にお乗りになっています。ここでお話になってください」
「あの、言いにくいんですけど止まったままだと迷惑」
「既に皆さまには迷惑料をお支払いしております。了承を得ていますし、それほどお時間も取られないということですので」
流石金持ちはやることが違うと俺がスっと手を差し出せば松葉杖が返ってきた。持ち主だけどそうじゃない。
「それではカーテンを開きます。刮目してください、お嬢様のお姿を」
ああ、やっぱりこの不自然に張ってあったカーテンの向こう側にいらっしゃるのか。しかし、この登場の仕方まさか新キャラか?シャッシャッシャッシャッシャと仕切りが取り除かれた先にいたのは──
「ふっ惚れてはいけないですの最上一郎。私がどれほど愛くるしくてもね」
ぐる捲き髪の既存キャラ、デイジー鹿島だった。お前それ初登場時にしか許されんやつ。シャっとカーテン閉じて帰りたくなった。家すぐそこだし、松江さんが後ろにいなかったら俺はやってた。覚悟はできてる。
「くっ眩い。今日のお嬢様可愛すぎる……ハァハァ」
あっ後ろの人、変人だ。そして前のデイジーも変人だから危ない。これがオセロなら俺も染められてた。この場にいる常識人は俺一人だけの模様。保たねば……何としてでも。
「最上一郎、単刀直入にいいますの。ここに3000万があると言えば貴方はどうするかしら」
「貰おう」
最速の判断。その余りの即決ぶりに後ろで息を吞む音が聞こえたのだ。




