12.【鳥】アタイ達は化け物に捕まりました
大空。ここだけは憎きニンゲンにも支配されない。自由の大地。
「三回転捻りっ!トリプルエアアクセルっ!」
そこを縦横無尽に羽ばたくのは勿論、エルーグルのアタイ。筋力が劣る雌であるが雄衆もたじろぐ飛行技術を持っている。アタイは男なんかに負けやしないさね。
「すっげえや姉貴っ!!」
その姿をキラキラした目で見つめるのはアタイの弟。懐いていっつもアタイに付いてくる可愛い奴だ。
「弟者、アンタもこれくらいはできるようにならないといけないさね。雄の仕事は狩りなんだからね」
「わっわかってるさ。でも、グランプリ覇者の姉貴には敵わねえよ」
そりゃそうさねと笑ってしまう。平和な日常。完全なる無警戒。無理もない。こんな速度で飛ぶ私達をどうにかできる相手なんてそれこそ竜でも引っ張りだしてこないと無理なのだ。この時まではアタイはそう思っていたのだ。
「ぐっ」
「姉貴っ!?」
突如、全身から力が抜けた。羽ばたくことができない。浮力を失ったアタイの体はあれよあれよと墜落する。何とか身を捩って着地するが、少なくない衝撃がこの身を襲った。
「痛っ」
一体何が起こったのか。激しく混乱するアタイの前にザンっと犯人が姿を現した。二足歩行の猿。忘れもしない。アタイ達の故郷を燃やした存在。
「ニンゲンっ」
弟者が間に降り立ち、庇ってくれた。
「大丈夫か!姉貴! なっ!?ニンゲン!何だってこんな所に」
人間はじっと此方を見つめるだけ。眼に色味が無くどこか不気味。
「姉貴逃げるぞ! なっ!?何でそんな恰好してるんだよ」
振り向いた弟者がアタイのあられもない恰好に気づき、顔を赤らめて逸らす。求愛ポーズとはいえ今、照れてる場合かと怒鳴りたい。
「何らかの魔術で動けないさね。つまりアタイは辱められているさね」
「なっ!?貴様ああああぁああ」
しまった。自ら弟の冷静さを失わせてしまった。
「駄目っ弟者!逃げるさね!そいつは恐らくテイマーさね」
弟者の攻撃は鋭い。それでも人間は難なく回避した。取り出したのは無骨な斧。いや、待てアイツは今どこから取り出した?
爺様から聞いた事がある。人間には冒険者と呼ばれる存在がいてその高位者はアイテムボックスと呼ばれる特殊な空間を持っていると。凄腕の可能性がぐっと上がった。いや、そもそもあの動きの中で何らかの魔術をアタイにぶち当てたのだ。
気づくべきだった。ヤバい存在であることに。
「弟者ああああ」
ズダンと斧による一撃が弟者の体をとらえた。弾けとぶ姿がスローに見える。弟者はアタイの傍まで転がった。
「ぐぅううう」
心が無になりかけたが、生きている?辛そうだが弟の体からは血すら出ていない。明らかに切られていたのに?
「ぐっ何だ力がでねえ」
「シハイ」
「があ」
初めて奴が喋り、力を行使した。やはりテイマー。魔物を操るとされるもの。捕まったがアタイはホッとした。弟が今、殺される可能性が低くなったから。
パスを繋ごうとしてくる。アタイは魔力を見る力に長けている。それが男衆よりも飛行能力がある理由。だからこそ理解した。男の背後に凄まじい魔の奔流が流れていることに。震えが止まらないレベルで。
「こっこいつニンゲンじゃないさね」
「なんだって!?って何だよこの恰好!?」
見れば弟もあられもない恰好をさせられていた。そういえば爺様が言っていた。人の世には両刀の者が極稀にいると。
「こいつ両刀使いかもしれないさね」
「両刀使い?」
「雄にも雌にも欲情する者のことさね」
「正真正銘の化け物じゃねえかっ。おいっ止めろこっちに来るなっ」
スタスタスタと歩いてきたニンゲンではない何かは少しだけ考え込み、スッとアタイ達のそれぞれを指さし口を開く。
「バワン……バッツ」
「何だ?」
「名というやつかもしれないさね。命令しやすいように」
「ちきしょう」
ヤバいっ。アタイに手を伸ばしてきた。何をされるか理解したアタイはこれは不味いと吠えた。
「弟者、目を瞑りな。ここから先はアンタにはまだ早いっくぅ」
やはりもふりにきた。しかもこいつ求婚を意味する嘴を手でこすり上げて。何て破廉恥な動き。イヤっ。
「姉貴!?てんめええええ姉貴のどこ触って。うわああ俺もかよおお」
嘴サスサスは本能でトロンとしてしまい。抗えなくなる。こいつっ!アタイ達エルーグルの扱いを熟知している。
「こいつ変態だ。俺達どうなるんだよ……はぁはぁ」
「完全に使役された。今は逃げる事を考えるんじゃないさね。絶対この術を解くチャンスはあるはずさね」
「ああ、姉貴俺だけ助けるとか考えんじゃねえぞ」
「……分かってるさね」
人間の皮を被った化け物は立ち上がってアタイ達を見下ろした。
「ヒトザト イケ サグレ」
「ああ?お前人のいるところに行けとか正気かよ」
「行くよ弟者。新しいご主人様の命令だ。二鳥で行かせてくれるなら有難い話さね」
こうしてアタイ達は捕まったのだ。けれど奇妙な主人で、彼は謎の注文と共に再び空に返したのである。
(これだけの魔法を扱える者が索敵の呪文を使えない?それとも全く別の狙いが?)
胸が高鳴る。湧き上がるこの感情。使役によるものだとアタイは首を振り、弟の背を追ったのだ。