114.【森騎団】敗走する冒険者達
「ふざけんじゃねえ。正々堂々と戦わねえか魔物どもっ」
マインツが怒りを露わにするが対峙するゴブリンライダー達は命令を受けていると言わんばかりに徹底的に距離を空け、ひたすら弓チクの遠距離で攻めてくる。
彼らもC級、ゴブリンの弓などなんてことはない。だが速い……余りにも移動が速すぎた。人の足では到底追いつくことは不可能。捕らえる策が必要だった。
「信じらんねえグレーターウルフに乗るゴブリンライダーだなんて」
「いや、あの速さの中で射抜くなんてあのゴブリンとんでもねえ腕前だ。特にワーグに乗ってる個体。何か体勢は変だが」
冒険者の言葉にレグナードは目を細める。注目すべきは多種族の魔物が集められただけでなくしっかり連携をとっているという点だ。あれが意味をするものは大きい、上位種でも不可能。束ねられる存在がバックにいるという何よりの証明。
(もし全魔物がこんな連携をとれるというなら人類の優位性はあっという間に覆されるのではないか)
それは兼ねてよりレグナードがずっと思っていたことだった。現在、世界の7割強を人類が占め魔物は追いやられているという状態が続いている。
それはやはり魔物が個としては強力であっても知能が低いから。舐めてはいけない。溢れ(スタンピード)や上位種が率いるだけでも死者が無数に出てしまう。
特殊個体とはいえワーグにゴブリンが乗っただけでもこの様である。しかし、あの先頭のゴブリン……何だあの体勢はと眉間に皺が寄る。その服を元騎士であるボッシュが引っ張った。
「レグ、魔怪鳥も騎乗してる。魔怪鳥といえば……」
「何度も言うがこの件に限って彼は白だ。確かに彼の従魔も同じだが魔怪鳥など珍しくもない。それに見ろ、従魔の首輪が取り付けられていない。あれなくしてあそこまで操るのはテイマーとて不可能」
「リーデシアの新技術だとしたら?」
「それも話したが人が魔物の群を率いるというリスクが高すぎる。敗戦し後がない国ならまだしも覇を握るリーデシアが取る手段ではない。百歩譲って彼がリーデシアに反旗を翻し、貶めようとしていたとしてもこんな田舎で痕跡が残るような行動をとる理由がない」
「……」
納得いってないと黙り込むボッシュにレグナードはつづけた。
「何より私の知る彼は生粋の魔物嫌いだ。性格が変わってないのなら魔の地位を高めるような扱いは絶対にしない」
「魔物嫌いが魔物を操るのか?」
「ナルケットラビは高所を嫌う魔物。頭に乗せていたのを見なかったか?あれは歩く拷問だ。魔怪鳥も人の匂いを嫌うがピタリとくっつけていたしな」
「タチ悪ぃ……」
「リーデシア兵に真面な奴はいない、私に付いてくる気なら覚えてけボッシュ」
それよりもとレグナードは考える。魔怪鳥というこの不自然な一致は作為的なものを感じる。多種族同士の魔物は意思疎通ができない。背後に魔怪鳥を乗せてるがあれに意味はないのだ。
(つまりはミスリード)
あのリーデシア兵を利用し、姿を隠そうとする者がいる。やはり精霊様なのだろうか。確かめる術は思いつかんか。
(引き際か。だが、せめて何か情報を持ち帰りたい)
そんなレグナードの思いが届いたか戦況が動く。悪い方向ではあったが。
「ボッシュさん、何か変です!魔力の流っ!?ぐぁっ」
「ウィルソン!!」
タンク役の冒険者達に守らせていたというのにそれでも射抜かれた。掠り傷に見えたがウィルソンが昏睡する。意外にマメな高校生が薬師レベルを上げまくった結果がそこにあった。
(仕込み矢だと!?)
「おいおい冗談じゃねえぞ。お前ら掠ったら死ぬと思え」
マインツの号令に冒険者達が応と答えるが避けきることは無理だろう。
(あのゴブリンの奇妙な体勢……。何かと思ったがこれを悟らせぬためか)
仕込み矢は人であっても扱いが難しく、早々運用されない代物。それを魔物が使ったというのは驚愕。これでは再起不能となった冒険者を抱えなければならなくなる。もはや即時撤──
「はっ背後にトレントの集団確認」
「っ!?」
驚愕の連続。いつ回られたのか?相手の魔物は何体いるのか。退路を断たれ冒険者達に重圧がのしかかる。
「馬鹿な気配はなかった」
「前方のトレント軍団消失っ」
導き出される答えは一つ。集団転移。
「転移だと」
「あの数をか!?」
「俺達は一体何と闘ってるんだ」
広がる動揺に巨漢マインツが自らの武器であるガントレットをうちならした。
「落ち着けてめえら! ケツを取られようが関係ねえ。所詮トレントだ。ぶっ殺して道を切り開けばいい。グダグダやってる暇はねえ、突っ込むぞ。いいなレグナー……おい!てめえ笑ってる場合か」
マインツが一瞬呆けてしまったのはこの状況でレグナードが笑っていたからだ。
「ん?ああすまない。余りにも相手が天才過ぎてついな。10年、いや100年に一度の軍略家といったところか」
「お前何を言ってる」
「奴はトレントを使い移動する森を作ったということだ。あの背後には軍が展開しているだろう。何せ相手は森の精霊様なのだからな。この一瞬のやり取りで一体どれだけのマナが消費されたのやら。これは人には不可能。私に任せろ。責任は森騎団にあり、お前たちだけは絶対に生かして帰してやる。ウィルソンをこっちへ」
反対もあったがレグナードはウィルソンを差し出すと決めた。もはや負け戦。交渉段階。転移がある以上、逃げることは不可能なのだ。担ぎ上げ運ぶとやはりレグナードの読み通り攻撃が止む。
ギリギリまで見極める。もし邪な空気を察知したら刺し違えても殺す。そんな覚悟をもってレグナードはワーグという種の前に立つ。名持ちかやや大きい。眼に宿る理性的な色。やはり普通の魔物ではない。賢狼の名を冠するに相応しき存在。
ゆっくりと下ろして離れればウィルソンを丁寧に咥えた。この理性、やはり精霊様か。なれば、捕虜として扱ってくれるはずと期待する。いや、魔物が殺さず運ぶ時点でそう言っているようなものなのだ。
「主人に伝えろ。そいつを傷つければ覚悟しろと」
伝わったのかわからないが魔物が引いてゆく。じっと見つめるレグナードの肩をボッシュが叩いた。
「仲間を売った気持ちは?」
「最悪の気分だ」
「本当に大丈夫なのか?」
「精霊様がバックにいるとはいえ何分魔物だ。だが、命令には忠実らしい。魔物がウィルソンだけを奪っていったからな。私達だけなら特攻していたが指揮をとった以上、他の冒険者に迷惑は掛けられん。絶対にウィルソンは取り戻すし、死んでいたらその報いは必ず受けさせる」
「その精霊様が理性的であることを祈るしかないな。しかし、何だって精霊様がペルシアを狙う」
「兄の暴政が精霊の怒りを買った恐れがある」
「……元騎士としてもいっちゃならんかもだが、この国リーデシアに滅ぼされた方がよかったのでは」
「原因の一端が奴らにあったとはいえ、その方が民も幸せかもしれんな」
まあしかしと撤退する魔物の背を見据えてレグナードは決意した。
「此度は負けたが私の命ある限り何人たりとも我が国を好きにはさせん」




