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皇族の一族

皇帝陛下は黄昏れたい

作者: アリス法式

前作「皇弟殿下は隠居したい」 https://ncode.syosetu.com/n6477ht/

単体でも読めますが、一応続きとなっております。

 紐解く学者によって解釈は分かれるものの、皇国において、皇弟と呼ばれる特殊な制度が存在したのは確かであったようだ。

彼らは、当代の皇帝在位中は血を残すことは許されず、万が一、皇位継承者が継承するのに不適当な年齢において先代が没し、次代が継承迄時を有する場合において初めて皇帝代理として、地位が与えられることとなる。

しかし、長い皇国の歴史において実際に皇帝代理が擁立されたのは2回ほどとされており、その機会とて皇帝位の様に強権を振るうことが出来る立場ではなかったようだ。

故に彼ら皇弟と呼ばれる立場の者達には、皇国の権利から切り離された、北の離宮、又は有楽地「花鳥」と呼ばれる小さな王国が与えられたのではないかと考えられている。

長い皇国の歴史の中で、己の血を残すことを許されず心が病み壊れていった皇弟も多く、「花鳥」の始まりも時の皇弟の無聊を慰めることが始まりであったとされている―――。 





「蝶さま、こちらは今月のぶんです」


一服ずつ包になった生薬を受け取る。

皺皺の手でそれを丁寧に包むおじじ様の顔は、いつにもなく不機嫌そうに歪んでいる。


「今はよろしいが、あまり服用し続けると、本当に血を残せなくなりますぞ」


「…うん。わかっている。

それでも、あの子が皇位を継ぐまでは飲むと決めた。それが、生かしてもらった私なりの覚悟だ」


深いため息と共に、おじじ様の口から深い紫煙が吐き出される。


「一体、その頑固さは誰に似たのか…」


「少なくとも、煙管の吸い方を教えてくれたのは、あなただよ」


「後悔しておりますよ、正直、これはあまり体によくは無い。

私はもう辞められませんが、あなた様はまだ若い……。辞めることをお勧めいたしますぞ」


生薬の包みとは別に、もう一つ刻んだ葉を包んだ包みを渡される。

酒よりも深く、気持ちを絡めとる紫煙など、確かに体に良いはずがない。好むお人の中には健康のためにと吸う人もいるようだが、蝶にとっては、あくまで疼きをとどめるだけのものだった。


「辞めれるなら、苦労しないさ…」


そう言って、薬師の暖簾を潜る蝶の背を、おじじ様の視線が差し続けていた。




夏の日差しが強くなってくると、夜見せは涼を求めて、北の離宮を囲む堀に流れ込む大川に色とりどりの屋形船が浮かぶこととなる。

花鸞道中とはまた違った華やかさを持った船団は、多くの客を乗せてさらに大きな船へと吸い込まれていく。花街「花鳥」の夏の風物詩、船郭庵「楓花(ふうか)」。

嘗ての皇弟が建造し、代々の皇弟が夏の風物詩として増築し修理し守ってきた「花鳥」の顔の一つである。

川の城とも呼ばれるこの船は、華美さと絢爛さを兼ね備えた世に一隻の船であり、この船に屋号を刻んだ部屋を持つことこそ花街「花鳥」に軒を連ねる者達の目標であり、一つの到達点とされている。

その五層を誇る船郭の最上階、最も景色の良いこの場所は下手な商人が店を傾けても借りることが出来ない場所であり、夏の期間、皇族が貸し切り一つの社交場として開放している。


現在、蝶はひどく不機嫌であった。


「皇弟殿下にお目見えいたします」


この場所は、蝶にとって皇族として在らなければいけない場所である。

かつての皇弟にとっては、皇族として在れる場所であった。

しかし、皇族であることをあまり良し考えていない蝶にとって唯々苦痛でしかない時間である。


「北蝶、あまり機嫌を悪くするな。

名家の者たちが、顔を青ざめさせておる」


厚みを帯びた響きの良い声だった。


「私のような木っ端の皇族に怯えるような家なら、潰れてしまえば良いかと」


「相変わらず、お主は、己の価値をわかっておらぬようだ……」


皇帝の隣に座す。

その意味を、蝶よりも階下の名家の者たちの方が敏感に察している。

そのことに、皇帝は深く息を吐いた。

隣をちらと見ると、不機嫌さを醸し出しながら自然と絵になる美人が、気だるげに肘をついて座に腰掛けている。

美人、男性十人が見て十人が生唾を飲み込むだろう艶を纏って、蝶は女装をしていた。

老舗の大店にて見繕ってもらったという姿は、下手な花鸞が霞むほどに凄絶な華美を纏って座に咲き誇っていた。

間違いなく、この船上において最も尊ばれるべき者が、今頭を抱えている。


「なぜ、今日はそのような出で立ちなのだ…?」


「堕落の皇族が人目に出るのですから、これくらいの配慮は必要では?」


「お主のそれは、配慮ではなく擬態や詐欺の類だな」


「下げる必要のない頭を下げさせるのです、ならば多少の道化のフリ程度ご愛敬でありましょうに」


つまらぬそうに蝶が杯を指で弾くと、控えの少女がさっと冷えたものと差し替えた。北の女中は働き者が多いとよく聞くが動きの一端にまで如才が無い。

また一組家族連れが挨拶と共に頭を下げ、蝶の様子を伺いながら下がっていく。


「これでは、どちらが皇かわからぬな……」


「間違いなく兄上ですよ、この小さな離宮で手一杯な私には、この広大な皇国を差配するなど、とてもとても……」


お主の方が、声を上げた時に真摯に付き従う忠義者達が多そうだがな。

そんな、自嘲の思いは言葉にならなかった。

嘗ての最大の敵が妻を連れて歩み寄って来たからだ。東伯公祇旬(ぎしゅん)。東の王国との国境を守る公国の公主にして嘗て共に皇位を争った実の弟である。


「花開く皇都の主に、お目見え申し上げます」


盛大な皮肉かと叫びたい。

人口が多い皇都にて最も、景観が良く花が咲き誇るのは北の離宮である。

祇旬は、蝶に頭を下げるが、お前には下げてやらんと皮肉っているのだ。


「…東伯公祇旬」


「ふむ、北蝶の君に名を呼んでもらえるとは、皇位を下りて良かったと思えますな」


悦に浸る祇旬の横で、妻であるカテリーナ公女が苦笑いを扇の影に隠した。


「息災であるか?」


「これはこれは、皇帝陛下、身じろぎ一つしませんので出来の良い銅像かと思っておりましたぞ」


先ほどから、我らのやり取りを小耳に挨拶の機会をうかがっていたというのに、その白々しい物言いに怒りを覚える。

―――が、そのやり口こそがこやつの本領である。

皇国の魔窟を渡り切り、継承戦を降りた後は、乱世であった東の王国との国境地帯を数年で纏め上げ、皇国の領国として、また王国の緩衝地として一つ国を支配するに至ったその手腕は、なめてかかればこちらが火傷を負うこととなる。


「至らない弟で世話をかけるな、カテリーナ公女」


「いえ、皇帝陛下もお変わりなく」


だから、矛先をずらす。

如才なく返すカテリーナ公女の横で、祇旬はつまらなそうに視線を彷徨わせた。


「叔父上、王国の様子はいかがですか?」


先ほどから喋ることなく、蝶の姿をぼんやりと眺めているだけだった皇太子の黄が祇旬に声をかけた。

決して無能なわけではないが、蝶の女装姿に色々と複雑な思いがあるらしく、思考の渦に飲まれていた意識が祇旬の声に呼び戻されたらしい。


「皇子殿下、まずまずでございますよ。

皇子殿下の御子の代までは、この祇旬が決して不埒な輩には国境を跨がせないゆえに、心穏やかにお過ごしくだされ」


朗らかに笑いかける祇旬に、そんな顔も出来るのかと言いたくなるが。

祇旬は基本的には弟や甥達には優しい男であった。

しかし、ここまで蝶が一切口を開かない。忍んで視線を向ければ、こちらのやり取りに興味が無さそうに女中の持つ皿からボリボリと炒った木の実を齧っている。

その姿にふと先の上皇陛下が死の間際に語った言葉がなぜか思い起こされる。


平時を治める賢王の才を長男へ。

乱世を鎮める覇王の才を次男へ。

世を乱さぬ愚王の才を末弟へと。


賢き者は、盲を開き他者を知ることを怠ることなかれ。

覇を持つ者は、己の道を進むことを迷うことなかれ。

愚かな者は、使え喜びを感じる者を手放すなかれ。


愚者が王になれば世を乱すが、愚王の才は賢者を友とすれば最も愛されし王となる。

末弟がもっと速く生まれていれば、継承において世は乱れなかった。


―――と。

すでに乱は起こり、そして、蝶を切っ掛けとして終戦を迎えた。

争った弟は隣国との国境を守る公主となり、この国は間違いなく現在平和の時を刻んでいる。

そう、誰でもないこの北の離宮が主の手によって。

名家の者共も、公主に連れられてきた公国の貴族たちも皆、敬意をもって北蝶へと頭を垂れている。

そのことに、この北蝶はひどく鈍感である、故に愚王の才と呼ばれるのであろうが……。


まだまだ、無くならぬ頭痛の種に、これから先も悩まされ続けるのだろう。

そう、皇国の賢王は見えぬ未来へと大きなため息を吐き出した。




―――後の歴史書において、この時代、皇国は四方に憂いなく、次代は王の才を若くして芽吹かせた。

文化は花開き、北の離宮を中心に様々な物が生れ落ちた。

この時代を描く物語書かれる物語には、二人の人物が良くモデルとなっている。

儚き籠の鸞、皇弟蝶。

そして、妖しき高級娼婦として描かれる絶世の美女「キ蝶」

後に国交を開くことになる東の王国の外交官の手記にはこう記されている。


『この国には、コウテイ、我らの国において王の称号で敬われる者が二人いた。

一人は間違いなく賢王と呼ぶべき偉丈夫であり、人々は彼の一族を我が国でのロイヤルファミリーとして扱っていた。

もうお一方は、不思議な人物であった。あるときは、娼婦のような妖しさを纏い、ある時は賢者すら驚かすような知の光を見せる。

とても、同じ方とは思えない二面性を持つ御方であった。

現に、私の後任の外交官は、かのお方を別々の二人の人物と勘違いしていた。

私も、後年、皇位の敬称の儀式に参加させていただいた折に、そのことを彼に告げると、ひどく驚いたっ顔で、「伯爵、驚いたよ、道化のフリには自信があったのだが」ととても流暢な母国語で囁かれたことがある。

彼の姿は、いったいどれが正しいのか、私は今でも不思議に思う』


この一文から、皇帝すら狂わせたという「キ蝶」と皇弟陛下が、実は同一人物であったのではないかというのが、現在最も有力な説となっている。

皇弟という立場は、女性でなったものも少なくなく、彼の皇弟が、女性であったのか男性であったか不明な現在、最も「賢政帝」を悩ました相手が、当代の皇弟陛下であったと考えると歴史の不思議とロマンがまた一つ垣間見える気がしてくる。


――――イーリス・カテリーナ著「皇国の歴史と不思議」より抜粋


何個かネタは作りましたが、まあ、気まぐれなので続きを書くかどうかは不明です。

誤字報告等していただいた方、ありがとうございました。

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