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あのさん、私、生きるのやめました。

僕から見た過去の世界

作者: 宮原叶映

『あのさん、私、生きるのやめました。』を先に読んだ方が読みやすいと思います。

 妹が死んだ。僕に何も言わずに、同じ日に生まれた妹は僕をおいて死んだ。

 少しの差で先に生まれた僕は、妹をおいて死ぬと思っていたのに。その妹は病を患っていた。

 僕のことを想ってか妹は最期って時に、何も出来ない時に告白した。

 余命を宣告されても、ずっと検査入院と誤魔化されていた。

 

『アタシは病気で死ぬだけだ。誰も悪くないよ。あの人とあの子を頼むよ。無理をしない程度にね』 

 

 妹には旦那と息子がいた。僕と妹の旦那は、子供からの付き合いで心友だ。

 息子は当時中学三年生で、妹と目つきの悪さが似ていている。

 僕とはケンカをして自分と相手を傷つけるところが似いている。

 旦那とは優しい心を持ち、自分が悪いと思い込むところが似てる。

 

 妹は心を患ってる旦那と一緒に支えていた息子をおいて、世界からいなくなった。

 僕は妹を失っても立ち止まれなかった。妹の分まで遺された旦那と息子を支えて守らないといけないから。

 

 妹が死ぬ数ヶ月前からなのか、いつだったのか分からないが、息子に変化があった。

 二つ年下の女の子と仲良くしてるらしい。その子は施設で暮らし、パニックをもっていた。イジメを小学校から受けていて、自分の持ってるものに苦しんでいるという。

 

 

 息子はその子を暑い夏の日に、助けたのがきっかけだと笑顔で言っていた。

 その子の屁理屈で、「あのさん」と呼ばれているんだとこれも笑顔で言っていた。息子は彼女を旦那に会わすと言ってきた。

 彼女の名前を聞いて、嘘だと思いたかったんだ。ある人の娘の名前や年も同じだった。僕が守れなかった約束で彼女は独りになった。

 

 僕の周りは、いつも過去になっていく。それは後戻り出来ずに容赦なく過ぎ去っていくんだ。

 

 僕がいるときなら彼女を連れてきてもいいと言うと、息子は次の日に連れてきた。実際に会うと、もう確信をしないといけなかった。

 彼らにそっくりだった。僕のもういない大切な二人が生きていた証があった。少しの動揺を彼女は見なかったことにしてくれた。

  

 彼女の存在は僕たちにとって、かけがえない存在になるのには時間がかからなかった。彼女に旦那も息子も亡き妹も……僕も救われたからだ。

 彼女なりの考えや経験を通して見てきた世界を話してくれた。心が強いのに自分の持ってるもので、迷惑をかけている辛さを持つ彼女は偉大だと思う。

 

 彼女がいたから、息子には気を許せる心友が出来た。

 彼女がいたから、心を患う旦那が安定してきた。

 彼女がいたから、妹は最期まで笑顔でいれた。

 彼女がいたから、息子は遠慮なく涙を流した。

 彼女がいたから、前を向いて歩くことが出来てる。

 

 彼女がいたから、彼らの遺したことを見守れる。時間はゆっくりのようで、早いような日々だった。

 

 そう思った時に、息子が事故で亡くなった。高校二年生だった。事故の日に息子は彼女の高校合格のお守りを買うために出かけた。



 その帰りに車に轢かれそうな子供を助けた。すぐに病院に運ばれ、意識が無いと言われ、旦那はより悪化した。

 僕も……。

 

 息子は意識がない三日間になって、家族よりも先に彼女の名前を呼んだ。

 彼女がやって来て話しかけると、息子は最期に言った。

 

「こ……どあっ……ら……な……まえ……おし……える」

 

 息子は家族よりも彼女と約束をした。

 

 息子の喪主は、旦那がするはずだか、務めるのが難しい状態だった。今回も僕が代理をした。

 

 彼女は、お通夜や葬儀にも参列した。無理しているようだった。彼女は一人で参列はしていなかった。彼女の兄代わりであり、息子の心友と施設の園長先生と一緒に支えてもらっていた。

 

 彼女は息子の棺で、何かを話して立ち去っていた。その言葉に息子の心友は少し驚いているのを、ちょっと離れた席で僕は見ていた。

 

 息子の心友は、一人の被害者でもある。息子の心友の目の前で、息子が車に轢かれた。それは目の前にいた子供を助けようとしたが、息子の心友が自分と子供を天秤をかけて少し動きが遅れた間に事故が起こった。息子が子供と心友を助けて、一人この世を去った。

 

 息子の事故から三日後に亡くなるまで、彼女と毎日見舞いに来てくれた。息子が亡くなっても、時々顔を見せに来てくれもした。

 僕は息子の心友が平気なフリをしてるのに気が付いていたが、何て言えばいいのか分からなかった。

 その時は旦那を支えるの必死なのと、自分の店のことで大変だった。

 

 ある日、息子の心友が慌てて家にやって来た。彼女が施設に帰らないんだと言った。旦那が「俺も探すよ」と言うから一緒に探した。

 

 もしかしたら死のうとしてるかもしれないと、心当たりのあると所は全て探した。

 僕の実家や息子の墓がある寺も、僕のいとこにも連絡した。でも全て空振りだった。

 警察に捜索願いを出しても、見つからなかった。

 

 三日後に息子の心友から連絡が来た。彼女が見つかった。

 でも三日間の記憶は、あんまりないと言っていた。彼女は猫のようにフラッと、どこかに行き、そして戻ってきたと言う。

 

 それから少ししてから、僕と旦那は彼女が暮らす施設に行った。

 園長は昔と変わらずに、笑顔が素敵で優しい人だった。僕たちの突然の訪問にも嫌な顔をせずに、むしろ喜んでくれた。

 来客用の部屋へと案内したあとに、彼女を少し強引に連れてきた。そして、お茶とお菓子を取りにまた部屋を出ていった。

 

 彼女は僕たちを見るやいなや、椅子を後ろ向きにして座った。

 たぶん、僕たちのやつれ具合を見たからだろう。そして、彼女自身の何かを守るためだろうか。

 僕たちはこれも……一応予想はしていた。彼女なりの拒否反応や守りの行動が起こるだろうと。

 旦那はいつもと変わらずに話しかけたが、彼女は応えなかった。

 僕は一瞬しか見えなかったが、彼女の首には青いとんぼ玉のネックレスがあった。それは息子が夏休みに一緒にいった夏祭りで贈ったものだった。

 

「青いとんぼ玉のネックレス大事にしてるんだな」

 

 そのことに触れると、彼女は少しビクッと反応した。

 ちょうどその時に、園長がお茶とお菓子を持って部屋に入ってきた。僕たちにそれらをふるまうと、彼女の隣に座った。

 園長には何かあった時の為にいて欲しいとこちら側から頼んだ。

 

 旦那は彼女に語りかけた。高校受験を辞めたことや息子と一緒の高校に行きたいなら、頑張れと。

 僕は素直に今の彼女には酷なことだと思った。だが、誰かが嫌われ役になってでも、言わなければ彼女の時は止まったままだ。

 じゃあ、僕も嫌われ役になろう。

 

「頑張っては、嫌な言葉だろう。あの子を失って心にポッカリと空洞が出来ているんだろう。現実を見たくないのだろう」

 

「「でも、それは似たりよったりで同じだ」」

 

 僕たちは声を揃えた。彼女に寄り添いたいからだ。

 

「自暴自棄で、無気力で反抗的な行動をして、助けを求めようとしているのだろう。大切で大好きなあの子を失って、自分でもどうしようかと悩んでるんだろう。今は、どうにかしてあの子への想いを埋めようと必死なんだろう。僕たちはいつでもそれを受け止めてやる。でもな、甘えるな」

 

 後ろを向く彼女の表情は見えないが、肩を震わせていた。僕たちの言葉が少しでも彼女に届いて欲しい。

 

 旦那は僕と引っ越す話を持ち出した。息子が亡くなってから、おばさんに声をかけられていた。あの日から弱っていく僕たちを見かねてだろうか。

 

 彼女は反射的に肩がビクッと上がった。旦那が示す言葉が、分かったのだろうか。

 

「今の店は閉めようと思っていてる。ホントは大人になったら来てほしいけどな。今度はお酒をサービスしてやる。でもまだ仕事はしないといけないし、店を移転しようかと計画を立てたら遅くなった」

 

 僕は引っ越しが遅くなった理由とほんの少しのホンネを混ぜた。本当なら息子と一緒に店に来て欲しかった。息子や息子の心友とも、お酒を交わし笑い合いたかった。

 

 

「俺たちが引っ越すからと言って、君を……おいて行こうとしてないからね」

 

 旦那は、彼女がこだわったと言ったからおかしいかもしれないが……。誰かが彼女をおいていくことにトラウマがあって怖がるのを知ってる。だから気にしてやっている。 

 

 この作戦って言ったらおかしいかもしれないが、彼女には効いていた。そして、彼女を引き取りたいことを伝え、そうじゃなくても支えて行くことも伝えた。

 

 彼女は断ったが、それも既に想定内だ。

 

「俺たちと一緒に住まなくてもいい。受験勉強を頑張るなら、いいものを渡して上げるよ」

 

「……なんですか? 」

 

 僕の隣で何かゴソゴソと音がする。旦那がカバンから何かを取り出している。

 

「これだけ、奇跡的に無事だったんだ」

 

「……なんですか? 」

 

「なんだと思う? 」

 

「質問で返さないでください」

 

「ごめんね 」

 

 まだ背中を向けて座る彼女には、自分の背後で何が起こっているのか分からない。

 

「覚えてる?うちの子が君にって買ったお守りだよ」

 

「えっ? 」

 

「本当はもっと早く、渡そうと思ってたんだけど。俺も心の余裕が、今よりもなかったからね」

 

 旦那の声は彼女よりも強かった。そして彼女の心の扉にノックをする。

 

「いる? 」

 

 ギィーと扉を開く。その扉の外から手を伸ばし、彼女を暗闇から光に連れて行こうとする。

 

「欲しいです」  

 

「じゃあ、どうするんだっけ? 」

 

「受験勉強」

 

「そうだね」

 

 今日初めて、彼女と正面から向き合った。その時の彼女の顔は旦那よりもボロボロで酷かったと思う。

 

「これはあげるね。大事にするんだよ。そして勉強を頑張って、合格するんだよ」

 

「は……い」 

 

 旦那と僕は順番に、彼女の頭を撫でた。きっとその手が息子に似ていて、辛くて、嬉しかったと思う。そして懐かしいとも思ったに違いない。

 なぜなら、彼女は涙を流していたのだから。  

 

 僕らは彼女を救えたと思った。彼女を息子の死からたち直せることが出来たのだ思いたかったのかもしれない。そう信じ込ませるように、彼女は受験勉強に力を入れた。

 

 そして彼女は息子と同じ高校に入学した。

 でも、息子の心友と同じ寮には入らなかった。彼女は一人暮らしをすることにして、旦那と僕に保証人になるように頼んだ。僕らは彼女のためになるならと協力をした。住所は教えてもらっていたが、メモをしてなくて忘れた。

 

 それが間違いだったのかもしれないと気付いたのは、彼女が亡くなってからだ。息子の死から二年経ち、彼の享年と同じ歳でもあった。


 彼女はあの時から、死ぬつもりだったのかもしれない。僕たちが高校に合格しなさいとお守りを渡したから、すぐに死ぬのをやめただけに過ぎなかった。

 彼女の死は、自殺でなく事故だった。それも、息子と同じで子供を助けて亡くなった。息子と違って、ほぼ即死だった。きっと、彼女のことだから早く息子に会いたかったのだろう。

 

 僕は彼女が亡くなる前に、確かに見たんだ。息子のお墓のところで、僕らに気が付いて走り去るのを。あの時にすぐに追いかけて、止めればよかったと思う。

 彼女を見て数時間後にニュースで亡くなったことを知った。

 すぐに施設に電話をして、園長先生と話をした。お通夜や葬儀に参列させてもらうことが出来た。

 

 そこで、息子の心友と再会した。

 

「あの子のお墓に来ていた時に見た気がしたんだ。あの時すぐに探し出して止めておけば、こんなことにならなかったかもしれない。言っても意味が無いかもしれないが誠に……」

 

「言っても意味が無いなら言わないで」

 

「……ッ」

 

 息子の心友は、僕のせいでも後ろで泣いてる旦那のせいでもないと言ってくれた。

 

「でも、言わないと……」

 

「落ち着かないんだね」

 

「うん」

 

 僕は言わないといけないと思った。上手く言えないが、彼女が死ぬ可能性がゼロでもない限り、見て見ぬ振りをするような行為をしてる気がしたから。息子の心友はそれも汲み取ったのだろう。

 なぜなら、似たような経験をしたからだ。彼は息子の事故の瞬間を見た。ホントなら息子の心友が事故に遭うはずだった。そして、息子の心友は彼女にそのことを打ち明けた。

 

「俺は前にアイツが亡くなった時に、言ったらいけない事を言ったんだ」

 

「? 」

 

『子供を助ける必要なんてなかったんだ。だって、それでこんなに哀しませるんだよ。子供の命よりも自分を大切にしてない行動じゃん。ホントはそう思ってんでしょ! 』

 

 息子の心友は彼女から、想像もつかない力で頬を叩かれたそうだ。

 

『それを言っちゃったらダメでしょ。一番近くで見ていたアナタが言ったら、死に意味が無くなる』

 

 息子の心友は彼女に事故のことを伝えた。自分がすぐに動かなかったせいで、息子が亡くなってしまったからだと。

 そうすると彼女は、息子の心友までも逝かなくて良かったと言ったそうだ。

 

『悪くない。だから勝手に人の死を、自分が悪いって決めつけて泣かないで』 

 

 こう彼女に言われたから、息子の心友はそのままのことを僕たちに伝えた。

 

「それに、あの日から死に囚われて救いを求めてた」 

 

 確かに彼女は死に囚われていた。そして息子の死で苦しんで救いを求めた。その結果なのだろう。

 

 彼女は僕たちに遺書(てがみ)を遺してくれた。そこには、僕らに自分自身を責めて欲しくないことや今までの感謝が書かれていた。

 

 彼女の死は僕たちにとって哀しい。

 でも、死を望む彼女にとっては喜びなのだろう。言わなくても分かる、息子に会うためだ。

 彼女は元々死ぬつもりだか、死に方を考えていなかった。そして、奇跡的に息子と同じ事故で亡くなった。

 クドいかもしれないが、彼女は息子が生きてたら()も生きている。そうじゃなかったから、彼女は死を求め、この世を去った。

 

「夫婦は似るものって言うもんだ」

 

「!?まだあの二人は夫婦じゃないよね? 」

 

「自分でも分からなくなってるね? 」

 

「だって、娘のように感じるんだもん」

 

「僕も」

 

「幸せものだよ。だって三人のお父さんがいるんだから」

 

「羨ましいんだな」

 

「そうだね」

 

 僕は、小さな声で素直だなと言った。

 

「俺の子になる? 」

 

「何で?同情?俺が後を追って死のうとか思ってるって勘違いしてる? 」

 

「違うよ」

 

「自分の子の代わり? 」

 

「違うよ」

 

「じゃあ、何? 」

 

「出会って四年ぐらい経つかな。いやもっとだね。あの子を君たちの施設で、ちょっとだけ保護してもらったときだから十年以上経つね」

 

「……覚えてたんだ」

 

「うん。うちの子と仲良く遊んでくれたよね」

 

「仲良くって、今と変わらずにケンカしてたよ」

 

「そうだね。後ろで小さな女の子がいて、うちの子が家に戻るのを嫌って泣いてたよね」   

 

「うん。自分の前から、誰かがいなくなるのトラウマだから」

 

「でも二人が再開した時は、忘れてたってあの子しょげてたな」

 

「だってその時、まだ小さかったよ。でも小学校になったら、会えるかなって言ってたんだけどね」

 

「小学校の学区が微妙にズレてたからね」

 

「そのせいで、落ち込むのなだめるの大変だったんだよ。でもそれから言わなくなって、聞いてみたら知らないって言うんだ。たぶん頭の中で整理をして奥の方に詰めて忘れたんだよ」

 

「ありえるね」

 

「ホントにあの子の名前を知らなかったり、気づいていなかったりしてたのか? 」

 

 今まで黙って聞いていた僕が、ずっとみんなが疑問に思ってたことを口にした。そしてシーンと彼らは固まったが、旦那が沈黙を破った。

 

「そうだね。うちの子から教えてもらってないって言っていたよね」

 

「アイツからは聞いていないだけで、元々名前は知っていたはずだよ。確か、アイツが施設に来たときも園長先生が紹介していたよ」

 

「そういえばあの子が言っていた。自分から『この・あの・その』のあので呼ぶようにって。まぁ、あのは名字でありそうだからな」 

 

「アイツは高校受験に合格したら、お祝いに自分から名前を教えてやるんだって言ってた」

 

「うちの子は、大好きなんだね」

 

 僕たちは彼女と息子のことを、ほとんど過去形で言わない。たとえ二人がこの世にいなくても、彼らの想いは失くならないから。

 

「きっと、うちの子があのって言っていたのは、今はあの過去を誰でもない。自分として出会ったことにしたいんだよ」

  

 旦那は仕事で心が病み、それからというもの妹たち家族は大変だった。息子は小さいなりにそのことを理解していた。お互いに自分たちが施設にいた理由をなんとなくでも分かっていたのだろう。

 でも、そうじゃないただの一人の人間として出会いたかったのかもしれない。

 だから、息子は名前を自ら名のならなかった。

 

 

「さっきの答えは? 」

 

「さっきのって、子になるかだよね? 」

 

「うん」

 

「ならないよ」

 

「やっぱりね」

 

「だって、アイツと一ヶ月違いで俺が兄になるんだよ。嫌だ」

 

「じゃあ、僕の子になる? 」

 

「何このうちの子になるって遊び? 」

 

「「遊びじゃない。真剣だ」」

 

 きっと息子の心友は何でそんなに、こんな僕たちが彼に対して真剣になるんだろうと不思議に思ってるに違いない。

 

「どっちの子にもならないよ」

 

「何で? 」

 

「今更、誰かの子になるなんてらゴメンだよ」

 

「らしいか」

  

 これは僕の推測かもしれないが、息子の心友はホントはどっちかの子になってもいいと思っている。

 でも、彼女がなるはずなのに、俺みたいな実の父親を赦せない奴が誰かの子になったらダメだとも思っている。         

                                     

()って言おう思ってるんだけど」

 

「ん? 」

 

「うちの子と同い年だよね」

 

「うん」


「保護者の名前とか必要な時は、俺の名前とか使っていいよ」

 

「あと一年しかないよね。何いってんの? 」 

 

 息子の心友はワザと笑った。ウソの笑顔と感情で話さないと自分で築き上げたものが、粉々になりそうで怖かったのだろう。

 

「そうだね」

 

 旦那もワザと騙さたフリをしている。

 

「何か必要になったら言ってね。協力は惜しまないから」

 

「自分を苦しめてるよな」

 

 僕は息子の心友の図星をついた。その声は冷たくて、真っ直ぐ見る目は彼を見透かすように言った。

 

「何いってんの? 」    

 

「否定はしないんだな」

 

「何が? 」

 

「ホントは自分でも分かってんだろ」

 

「何が? 」

 

「? 」

  

「父親を求めてる」

 

「おかしいよ」

 

 息子の心友にしては、珍しく動揺していた。


「ホントは父親が大好きでたまらないんだ」

 

「そんなことないよ」

 

「……が言っていたんだ」

 

「何でそこに、出てくるわけ? 」 

 

「僕の話しを聞け」

 

「……」

 

「ずっと生未渡くんのことを心配していた。彼女と公園でいた時に、話してくれたことがあってな」

 

 

『自分のお父さんが嫌いって言ってました。でもあれはウソなんですよ』

 

『どういうこと? 』

 

『お父さんのことが大好きなのに、その人が自分にしてきた事が赦せないだけです。一緒に過ごして思い出したくも、おぼろげな記憶の中がほとんどでも楽しくて嬉しいことが必ずあるから。ホントの中に大嫌いはならない。私も同じだったから分かるんです』

 

『難儀だな』

 

『お父さんが欲しいんですよ。私よりも』

 

『お父さんが欲しくないのか? 』

 

『私は、欲しくないといえばウソになります。家族が欲しいんですよ。どこかの父と子を見ると羨ましい顔してるんですから。ホントをウソで言ってしまうので注意してくださいね』

 

「あぁ……。バレてたか」 

 

 僕から話しを聞いて、息子の心友は下を向いて流れる涙を手で隠した。



 その時に、彼は「えっ! 」っと彼女の遺影の方を見た。何か言われたのかもしれない。

 

「うちの子と兄弟になりたく無かったら、子になったら? 」

 

 旦那は僕の方を見た。

 

「えっ? 」

 

「自分の子のように思ってた訳じゃない」

 

「いいの? 」

 

「うん」

 

「ふつつかなですが、よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

「プッ」

 

「笑うな」         

  

「だって、嫁に行くみたいだもん」

 

「さっきも思ったが、その年でだもんはキツイぞ」

 

「そこなの? 」  

  

 僕たちは笑った。お通夜や葬儀の場にはふさわしく無いかもしれない。故人を偲ぶ場であるが、彼女は僕たちに笑って欲しいと願っている気がした。

 

 僕の大切な人たちの死を受け入れない。僕は自分の息子になった彼を彼らしく生きれるようにしてきたいとも思う。

 

 

 僕と息子の心友は家族になった。彼は僕の息子になった。彼とは月の半分を一緒に暮らしている。旦那もいるから、最初は上手く両立が出来るか不安だった。

 まだおこちゃまだと思っていた旦那は成長していた。僕らに気を使うようになった。そう思っていたが少し避けてくるようになった。

 たぶん、不器用な旦那なりに考えているのだろう。

 

「お前はまだおこちゃまなんだからな。自分が嫌に思う態度をしなくていいからな」 

 

「バレバレだね」 

 

 旦那は少し笑った。

 

 

 

 時は流れて、妹が死んで十年になった。今度は旦那が死んだ。 

 旦那は家の階段から足を滑らせて床に落ちた。念の為に病院に連れて行き、検査をしたが安静にしておくように言われた。

 僕は旦那を家に連れて帰った。旦那が疲れたーというから、ベッドで休ませた。旦那が寝るまで僕は一緒にいた。いつも通りに手を繋いでやった。

 

「ありがとう! 」 

 

「何、急に言うんだ?気持ち悪い」

 

「ホントに、俺には辛辣だね」  

 

 旦那はいつものように笑った。

 

「俺ね、楽しかったよ」 

 

「……そうか……」

 

「ホントだからね」 

 

「分かってるよ。僕も楽しかった」  

 

 旦那は笑った。

 

「あっ、今日きさきがいなくなって十年になるんだね」  

 

「もう、そうなるのか」 

 

「寂しい? 」 

 

「当たり前だろ」 

 

「俺は、もっと寂しい」 

 

「張り合うな! 」 

 

 旦那は何か面白いのか、また笑った。

 

「疲れたのなら、寝ろ」 

 

「まだ、話しておきたいの! 」 

 

「ホントに、おこちゃまだな! 」 

 

「でしょ」 

 

「開き直るな」 

 

 旦那は何か面白いのか、また笑った。僕もつられて笑った。旦那と少し話をした。

 

「ホントにありがとうね。おやすみ」 

 

「おやすみ」 

 

 旦那は眠った。もう起きることはなかった。


 おこちゃまはおこちゃまらしく僕の手を握って、安心したかのように眠った。


 

 

「大丈夫? 」 

 

「大丈夫だよ」  

 

 僕の息子は心配そうに、こちらを見ている。僕は彼の頭を撫でてやった。

 

「夢か走馬灯を見ていた。アイツが起きなくなったところで終わった」 

 

「そっか。まぁ、もう若くないからね。おじいちゃんになってるからね」 

 

 僕は同い年の大切な妹や旦那よりも一人だけ年を取った。僕の息子が言う通りに、バスで席を譲られるおじいちゃんになった。

 時々こうやって、居眠りをしてると僕の息子が起こしにやって来る。僕のことが心配なのだろう。

 彼は結婚をしなかった。家庭をもつの怖いんだと。大切な人を失うのが嫌なんだと。僕に似て、臆病だと思った。

 

「僕は長生きしてるな。まぁ、アイツを看取るまで生きようとは思ってたからな。もうとっくに、目標超えたな」 

 

「そうだね」 

 

「長生きは良いことだが、寂しいくて辛いものだ」

 

「うん」

 

「アイツがこんな気持ちのまま、長生きをしなくてもいいとも想うんだ」   

 

「……でも、長生きをしてね。お父さん」 

 

「分かってるよ。こんなに良い息子がいるんだからな」 

 

 僕は長生きをして、僕の息子と一緒にいたい。これは依存かもしてない。

 でも、お互いが幸せならいいはずだ。僕の息子は未だに僕のことをお父さんと言い慣れてない。

 まぁ、ずっと名前呼びだからな、そこがかわいいところでもあるんだけどな。

 

「なぁ、聞いてもいいか? 」


「どうしたの? 」


 僕は彼女が息子の葬式の時に、彼に話しかけたことについて聞いた。


「あぁ〜。早く約束守りに逝きますねって言ってたよ」

 

「だから、驚いてたのか」 


「かなり前のことなのに、気になってたの? 」


「さっき言っただろ。夢か走馬灯を見ていたって」


「そうだね」


 僕の息子は、彼女のことを引きずっているとも思った。彼女のその言葉を聞いていたのなら、彼女の死に誰よりも後悔してると改めて感じた。




 過去になってしまった大切な人たちは、見えなくてもここにあると想いたい。彼女もいつかそんなこと言っていた。

 

 これらは僕から見た過去の世界になっていく。数多な日々が過ぎ去り年をとっていく。


 大切な人に出会い、そして失う。こんな僕は大切な僕の息子と一緒に過ごす。


 誰もホントの僕なんて知らない。知らなくてもいい。僕の息子は僕と同じ愛が叶うはずのない人を好きになり、結婚もせずに老いてしまう。

 それでも、大切な僕の息子は僕と暮らす。

 

 

 さっきも言ったが、旦那は階段から落ちて頭をぶつけた。念の為に入院をしてもいいと言われた。

 でも、もしもの時に病院で旦那に死んで欲しくなかった。妹や息子が病院で亡くなってから。定期な通院でも病院を嫌がる旦那のことを想ったから。旦那にも一応確認したら、家に帰りたいと言った。

 

 それをしなければ、旦那は今でも生きていたはずだ。

 でもアイツは、それを分かってくれたかもしれない。最期に何度もありがとうと言ってくれたから。

 

 この罪悪感の中で生きる僕の気持ちは、誰も知らなくていい。

 

 彼女と僕の息子の『悪くない。だから勝手に人の死を、自分が悪いって決めつけて泣かないで』が僕をなんだか救ってくれている気がする。




 もうこれは、僕から見た過去の世界になったのだから。

読んでいただき、ありがとうございます。

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