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上杉景勝

 その後「長坂釣閑斎は賄賂をもらっているに違いない」とまくしたてる昌恒がやってきたり、勝資から武田家の財政がいかに危険かを説明されたりしながら二日経った。実際のところ、武田家の財政難は事実だったようではある。


 上杉景勝との会談は海津城郊外のとある民家で行われることになった。景勝はどちらかというと、武田家よりは景虎派に暗殺されることを警戒しているらしく、城外に出ることは極秘にされていた。

 俺は指定した民家に、昌恒だけを伴って待っていた。また、姿は見えないが忍びは数名周囲に伏せている。本当は昌信も連れてきたかったのだが、このところ体調が優れないため静養している。


「来ました」

 見張りから連絡があり、少しして戸が開いた。やってきたのは上杉景勝と直江兼続の二人である。


 景勝は触れれば壊れそうな華奢な体躯の少女だった。編み笠の下からのぞく表情は神秘的で、その瞳はまるでここではないどこかを見ているような雰囲気がある。

 一方の兼続はいかにも切れ者といった感じの若者であった。謙信に愛されて上杉家の重臣直江家の養子に入り、現在は景勝の片腕として動いているという。


「このたびは会談の機会を作っていただきありがとうございます」

 兼続は丁寧に頭を下げる。

「いや、わざわざご足労させてしまって申し訳ない」

 俺はとりあえず社交辞令的にそう言っておく。二人は一礼して俺の前に設けられた席に座る。そして兼続が口を開く。


「こちらの申し出については先だって書簡した通りでございます。しかしそれだけでもし不足であればこちらとしては更なる譲歩の用意があります」

「どのような内容だ」

「我らに味方してもらえなくても構いません、我らと景虎殿の和議を仲介するというのはいかがでしょう」

「なるほど、一兵も動かさずに黄金と領地をもらえるという訳か」

「その通りです。それならば北条家にも申し訳が立つでしょう」

 兼続はいけしゃあしゃあと言ってのけるが、申し訳が立たないことは歴史的事実として知っている。そして、領地を与えると言っているが上野の上杉領はほぼ景虎派であり、景勝がどうこう出来るものではない。


「上野の諸将は景虎殿に味方していると聞いているが」

「はて。私は景勝様に味方すると聞いていますが。とはいえ、それでも不足であれば信越国境の城をさらにいくつか割譲いたしますが」

 それは上杉家の喉元に刃を突き付ける形となる。謙信はそれを嫌がり、五度に渡る川中島の戦いを行ってまで信玄の北上を防ごうとした。

「だめだな。そもそも上杉家が割れたまま和議が成ってしまえば織田軍の草刈り場となるだけだ」


 ちなみに史実では和議が成立するも、武田軍が越後を離れた瞬間破綻する。景勝としては和議を破った後に景虎を破り、越後を統一して織田軍に当たりたいのだろう。

 俺の指摘に兼続は沈黙する。まさか「和議は破棄するので大丈夫です」とも言えない。やはり史実を客観的に見れば景虎に味方する方が理に叶っているということだろう。


 が、ここでようやく景勝は口を開いた。

「勝頼殿は我が出自をご存知か」

 筋書にはなかったのか、兼続は少し驚いている。

「上田長尾家と聞いているが、それが何か?」

「我が実父政景は元々謙信公と争っていたが降伏した。しかし余が幼いころ、野尻池での舟遊び中に謙信公の放った刺客により溺死した」


「……何が言いたい」

 一般的に政景の死は事故死とされるが、謙信の越後掌握に都合が良かったため事故死説はある。

「その後上田衆は謙信公直属となった。要するに余は養子といえども、敵だったのに取り込まれた者に過ぎない……それは勝頼殿も一緒では?」

 景勝、澄ました顔でとんでもないことを言うな。


「何を言うか!」

 昌恒が激昂して立ち上がる。が、確かに景勝の言うことは一面では当たっていた。

 俺の(勝頼の)祖父諏訪頼重は信濃諏訪の領主であり、信玄と戦って敗れた。その娘が信玄の側室となり勝頼が生まれた。その後頼重は腹を切らされる。

「それで、何が言いたい」

 俺は昌恒を手で制する。


「余の上杉家相続は父を殺され、家を乗っ取られた孤児の復讐でもある。手伝ってくれないだろうか」

 景勝が真剣な眼差しで勝頼を見る。その表情には一抹の寂しさが感じられた。景勝の気持ちを共有できる人物は真の意味では勝頼しかいないだろう。そんな勝頼と手を取り合いたいという気持ちは痛いほど感じられた。俺の心の奥底にある勝頼の魂が揺れるのを感じる。勝頼にも多少は似た気持ちはあったのだろう。しかし残念ながら俺にそんな気持ちはない。俺はただ生き残りたいだけだ。


「悪いな。俺は武田家の当主だ。家を守るために全力を尽くす」

「そうか。あいにくだが、余にその気はない。余以外が継承する上杉家に愛着などない。だからもし敵対するというのであれば……最後の一兵になるまで春日山城で抗戦して共倒れも辞さない」

 景勝は悲愴な表情で言った。謙信の本城である春日山城は相当な堅城と聞く。そこで景勝が最後の一兵まで抵抗するというのであればたやすい勝利は望めない。俺の背筋に寒気が走る。春日山攻城に時間をかけさせられるぐらいなら景勝の提案を飲んだ方が……

 先ほどまでしゃあしゃあと話していた兼続もはらはらして見守っている。ただ、景勝だけは言いたいことは全部言ったとばかりに沈黙している。


次は景虎です

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