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緊迫

五月九日 岐阜城

「明智軍の動きはどうだ」

 いつもは報告が来るまで待つのだが、明智光秀の動向が気になった俺はついつい千代女を呼んで尋ねてしまう。千代女はわずかに浮かない顔をした。

「探ってはいるのですが……これまで起こったことを探るよりも事態の進行の方が速くて困っています」

「何が起こっているんだ?」

「まず光秀は畿内の明智派と思われる勢力に檄文を出したようです。細川藤孝や筒井順慶、さらには中川清秀、高山右近といった面々です。さらに同時に、羽柴秀吉・柴田勝家・滝川一益らにも事情を説明する文章を送っているようです。また、明智秀満には安土城の接収に向かわせているとか」

 千代女はやや早口で述べた。


「確かに動きはめまぐるしいな」

「御屋形様、光秀の過去の行動は後回しにして、現在の動きを探るのに全力を注いでもよろしいでしょうか」

 珍しく千代女の方から要望を出す。確かに斎藤利三が言ってきた話が本当かどうかは興味があるが、それは今後の俺の動きに関係ないかもしれない。畿内では動きを探る対象が多い上に不慣れである以上、手一杯なのだろう。

「分かった、だが光秀だけでなく秀吉の動きも探ってくれ」

「羽柴秀吉ですか? しかし秀吉は毛利攻めで動けないのでは……」

 千代女が珍しく納得いかなさそうな顔をする。

「動けないのならいいのだが、そうではなさそうな気がするんだ」


 実際の本能寺の変後、秀吉が中国大返しを行って光秀を倒したということは言えない。それに、今回の変でも同じように秀吉が大返しを行うかは不明であった。もし空振りだったら俺は単に意味不明な命令を出しただけで終わってしまうが、それならそれで話が単純になって良い。

「承知いたしました」

「それから、徳川や佐久間に動きはあるか?」

「いえ、今のところは特に……」

 一応昨日のうちに二人に対する使者は出している。速ければ明日にでも使者は戻ってくるだろう。


翌日

 徳川家康と佐久間信盛からほぼ同時に使者がやってきた。内容は光秀から使者が来たものの、真偽が不明のため無視することにしたため、逆に何か指示があれば従うというものだった。ちなみに、そのすぐ後に来た情報によれば二人は使者を交換した形跡があり、おそらく俺への使者の内容も足並みをそろえたと思われるとのことだった。

「ひとまず様子見か」

 とりあえず二人がすぐに何らかの行動に出ることはないと考えた俺は、二人には待機させて西に向かうことにした。領地を広げるというよりは光秀の状勢を出来るだけ早く知りたかったのと、もし何かあったときに介入出来るようにしておきたかったからである。


『武田は明智光秀の義挙を支援するため上洛するが我らと行動を共にするか』


 大垣城の滝川一益にはこのような文を送った。光秀の義挙を支援するかは全く未定だったが、とりあえず西に向かうことだけは事実だった。一益が書状を無視するか拒否するようであれば、それを口実に城を攻めるつもりだった。むしろ、本当に行動を共にされた場合の方が困るが。

 こうしてこの日、俺は武田軍二万五千を率いて西上の途に着いた。


五月十一日 大垣城周辺

 大垣城にやってきた俺の元に、滝川一益からの使者が現れた。使者は「光秀の行動には疑念が多く、対応を決めかねているので猶予をいただきたい」と述べた。そもそも俺と滝川一益が敵同士であるはずなのに、やりとりしていること自体がおかしい。とはいえ、光秀が朝廷を奉じていると主張する以上、形だけでも俺は光秀に味方しておくことに決めた。


 仕方がないので俺は光秀に対しては何の義理もないのに『朝廷を守るために義挙に及んだ明智光秀の行動に疑いを抱くとは許せない。異心なければ一刻も早く開城して共に上洛せよ』と恫喝した。当然一益はこれを拒否。


 すぐに俺は大垣城を包囲した。本来なら忍びを使って城内を混乱させたかったが、忍びは秀吉や光秀、さらには佐久間や徳川の動向を探るために四方に散っている。

 仕方なく俺は矢文という古典的な手法で城兵の心を乱すことにした。『織田信長は討ち死に、明智光秀には朝敵織田家を滅ぼすよう勅命が出ており、続々と諸将が同調している』という趣旨が書かれた矢文を次々と城内に射こむ。


十二日

 大垣城から夜陰に紛れて逃亡する兵士が続出しているという報告を受けた俺は矢文作戦を続けるように指示した。本当に織田家の諸将が続々と同調しているかは俺すらもよく分からないが、俺が分からないということはほぼ同じ場所にいる一益も確かめるすべはないだろう。ならば噂を否定出来ない。


 そこへ千代女が慌てた様子で俺に報告をもたらす。

「大変です、羽柴秀吉、毛利家と講和して全軍を率いて京へ向かっているとのことです」

 その目には、本当に俺の言う通り秀吉に異変があったことに対する驚きがありありと浮かんでいた。

「何だと?」

 俺は驚いた、振りをした。こうなるような気はしていたので驚きはない。問題は秀吉の意図である。

「秀吉の意図は分かるか?」

「分かりませんが、かなり急いでいるとのことで、明智光秀を討つものかと」

「分かった」


 単に光秀を支援するだけならそこまで急ぐことはないだろう。

 どうも事態は史実と同様に進行しているようである。もし光秀と秀吉が争うのであれば俺が大垣城を攻めようと問題はないだろう。光秀の構想が実現して旧織田勢力と周辺勢力全員が光秀に同調すれば俺の大垣城攻めは問題になっていたかもしれなかったが、それなら気にすることはない。

 俺は大垣城の包囲を強化して情報の遮断を試みつつ、矢文作戦を続けるのであった。

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