駿河田中城の戦い
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「うおおおおおっ」
戦場の熱気にあてられた俺は自ら刀をとり、逃げようとする徳川の兵士に振り降ろしていく。跡部勝資のように止めようとする者は少数で、あちこちから「さすが勝頼様」「大将に後れを取るな!」との声が上がる。
行ける。このまま家康の首をとってしまえば。そう思った時、突然武田軍の進軍がぴたりと止まった。
「何があった?」
「それが……ぐわっ」
答えようとした兵士が急に血を吐いて倒れる。
「全く、あれほど気取られれないようにしてくれと言ったのに。伊賀忍も武田の忍びには及ばずか」
現れたのは身長二メートルほどもあるかと思われる、鹿の角を生やした、いや鹿の角の兜を被った大男である。槍をまるで棒切れのように振り回し、周囲の兵士を倒していく。そしてなぜか、かすかに煙の臭いを漂わせている。この男はもしや、徳川軍最強と名高い本多忠勝……
体中の血が沸騰していた俺だったが、急激に全身が冷たくなるのを感じる。勝頼も武勇に優れていたが、個人的な武技に関してこの男に及ぶ者はそうそういない。
「どうも森の中の一部の伏兵は身を低くして火の手をやり過ごし、追撃する我が軍の側面を襲ったようです」
いつの間にか俺の傍に昌恒が現れる。
「貴殿が勝頼か。お主を討ち取ればこの戦、まだ逆転があるということだな?」
忠勝は俺の姿を見ると悠然とほほ笑む。そして名槍と名高いトンボ斬りを構える。
「逆に、お主を討ち取れば徳川軍は完全に壊滅するということだ」
昌恒も槍を構える。俺は思わず後ろに下がった。両者の気迫がぶつかり合う。先に槍を突き出したのは昌恒だった。
「せいっ」
「ふんっ」
昌恒の槍を忠勝はいともたやすく払う。そして返しの突きを繰り出す。昌恒はそれを何とか回避する。多少忠勝の方が有利とはいえ、昌恒も一歩も退かず、隙あらば忠勝に槍を繰り出す。そんな達人同士の撃ち合いはずっと見て居たくなるような美しさだったが、やがてそれは唐突に終了する。
「忠勝、もう殿は撤退された」
「直政か。悪いが、決着はまた今度だ。ふんっ!」
最後に忠勝が力任せに槍を払うと、昌恒の槍はぼきりと途中で折れた。そしてその隙に馬に跨ると、忠勝は一目散に駆けていく。
「申し訳ございません」
昌恒が頭を下げる。
「何を言う。お主のおかげで戦は大勝だ」
昌恒が森に火をかけなければ満を持した忠勝の奇襲を受けて勝負はどう転んでいたか分からない。
後で分かったことだが、徳川軍は一万の兵のうち、一千以上が死傷という大損害を受けたという。
「よし、勝鬨を上げよ!」
「えい、えい、おお!」
駿河の平原に武田軍の勝鬨が響き渡った。
さて、徳川軍を破った武田軍はとりあえず田中城に入城した。さて、ここから徳川軍を追撃するかどうか。勢いに乗じて諏訪原城に攻め寄せるか。そんなことを考えていると望月千代女が現れた。
「御屋形様、越後で異変が」
「何だと……!?」
俺は驚愕した。御館の乱で実際の戦闘が起こるのはもっと後ではないか。一方の千代女はいつも通り淡々と報告する。
「一体何が」
「景勝が景虎派の柿崎晴家に刺客を起こり、景虎が兵を挙げたとのことです」
「早かったな」
ちなみに、景勝が晴家に刺客を送るのはおそらく史実だ。いや、諸説あるらしいから実は史実じゃないのか? 俺は勝手に混乱してくる。景勝は史実通りの行動をしたのか? それとも俺が行動を変えたから行動を変えたのか? ならなぜ俺が駿河に出兵すると景勝が景虎派の武将を殺すのか。
決まっている。武田軍が駿河にいて、北条氏政が鬼怒川から離れられない間に決着をつけようと思ったからだ。
「よし、軍を反転させて越後へ向かう」