足利義昭
更新空いてすみません。
武将女性化設定をなかったことにしようかと思いましたがそれで始めた以上押し通そうと思います。
一色昭秀が去ると、俺は穴山信君を呼んだ。信君は信玄の甥にあたり、今生きている者の中で一番信玄との関りが深かったと思われるからだ。昌幸や昌恒といった者たちは信用出来るが、信玄の時代はまだ若く信玄の思想を聞いているか分からない。
ちなみに勝頼自身の思想は俺が憑依している限りでは明確なものは感じられなかった。強いて言えば“父を超えたい”という思いはあったようだが。
「何でしょうか」
「穴山殿は父上とも親しかったようだが、父上は将軍になることを望んだと思うか」
俺の問いに信君は首を捻った。そして遠くの物を見るような目で思い出す。
「最後の西上作戦の折、信玄公は京都に登って公方様を補佐する、とおっしゃっていました。自身が将軍になるかははっきりと明言していたことはなかったように思います」
出来れば信玄の、そして信玄を超えたいという勝頼の意志に沿いたいという意志はあったが、さすがに義昭を補佐して室町幕府を再興する気は起きなかった。というか信玄だって義昭が追放された今の状況を見ればさすがに考えを変える気はないだろう。
「そなたから見てどう思う」
「勝頼殿、これはあくまで勝手な私見ですが」
そう前置きして信君は語る。
「源氏に生まれた大名は、いえ、仮に大名でなくとも一度は将軍を夢見るものかと思います。恥ずかしながら某も穴山家に入る前には武田家当主として乱世を平定し、将軍宣下を受けることを夢想しておりました」
信君は懐かし気に語る。その様子は知恵の限りを尽くして武田家中でのしあがった狡猾な武将というよりはありし日の少年のように純真であった。全国の高校球児はドラフト会議の日は強豪校の選手でなくとも意識してしまうという(あくまで聞いた話だが)。それと同じようなことではないか。俺は信君の言いたいことを何となく理解した。
「そうか、ご意見かたじけない」
その後俺は小山田信茂や昌幸ら数人の者に同じようなことを聞いてみたが、信玄が明確な意志を示したことはないらしかった。こんなことになるのなら高坂昌信にでも聞いておくべきだったな、と俺は少し後悔する。とはいえこれで俺の意志は決まった。
元々武田家には信玄の正室がそうだったように京都から貴族が落ち延びてくることが多く、俺が将軍を迎えると発表してもさしたる驚きはなかった。中には「毛利に渡すぐらいならもっと早く迎えていればよかった」という声すらあった。転生してきた俺や、側室の子である勝頼が思っていたよりも「源氏=将軍」という意識は強かったのかもしれない。
三月二十五日 岐阜城
権力欲が強い将軍。戦国随一の策謀家。妄執に囚われた者の哀れな末路。義昭への印象はいくつかあったが、対面してみるとどれもしっくりこなかった。
俺が岐阜城で初めて会ったときの義昭は毛利家が見栄のために用意したと思われる豪奢な着物に身を包み、憑き物が落ちたように清々しい顔をした女であった。将軍家の血筋だからか、目鼻立ちはくっきりとした美人である。
出会う前は不必要にへりくだって調子に乗せるまいと思っていた俺だが、少し印象が変わった。一応彼女はまだ将軍位にいるため最低限の礼儀は守ってやろうと思った。
「お初にお目にかかります、武田四郎勝頼と申します」
平伏まではしなかったが丁寧な言葉遣いであいさつする。
「出迎え感謝するわ、征夷大将軍足利義昭よ」
今の状況に似合わない征夷大将軍の肩書だったが、不思議とそれを名乗った義昭からは滑稽さのようなものは感じなかった。京から落ちてきた公家が肩書を名乗るとそういう滑稽さはどうしてもつきまとったものである。
「私に力があればあなたほどの人物を無官にしておくことはないのだけど、残念だわ」
俺が“武田四郎勝頼”と名乗ったことに対して義昭は悲し気な感想を漏らす。
「いえ、そう言っていただくだけで十分です。長旅お疲れ様でした」
義昭は備後から村上水軍の手を借りてまだ織田領でない四国近海を通り、紀伊半島をぐるっと回って現在信盛が制圧している熱田湊に現れた。長い上に初めての船旅でさぞ疲れたことだろう。
「いえ、こちらこそわざわざ招いてもらって感謝しているわ」
さて、何から聞くべきか。もっと権力欲におぼれた哀れな人物と思っていたので、儀礼的な会談にして後は傀儡にしようとすら思っていたが、それで済ませるには惜しい相手な気がしてきた。
「そもそも織田信長とはどうして敵対を?」
よく聞くのは信長に傀儡にされたことに我慢ならなかったということだが、彼女を見ているとそれだけではないように思えた。
「はい。元々私は信長のことを他の戦国大名より先見の明があって優秀な戦国武将としか思っていなかった。そのとき私は三好や松永が跋扈する京都を何とかしないとと思っていたから、信長を利用するつもりで上洛に乗った。そして信長は上洛して私は将軍になった。信長は私を傀儡にしようとしたけど、それは分かっていたことだから多少のことには目をつぶるつもりだった」
ここまでは俺の知っている歴史そのままである。
「潮目が変わったのは、私が出した信長の管領就任や、正親町天皇が出した副将軍就任を拒否してから。そのとき私は信長に尋ねた。室町幕府という秩序に取り込まれたくないというのならば将軍を目指しているのか、と。それなら私の養子になるか、と尋ねた。そうすれば私は適当なタイミングで信長に将軍位を譲り、気楽な余生を送るつもりだった。しかし信長はそれも拒否した。それを拒否するということは私を追放して新たな幕府を作るつもりなのか、と私は尋ねた。それに対して信長は何と答えたと思う?」
義昭は真剣な表情で尋ねる。会話の流れからして単に室町幕府を滅ぼして織田幕府を作るというものではないだろう。仮にそうだったとしても義昭にそれを正直に言う必要はない。
「分からない」
「新たな幕府ではなく新たな国を作る、と」
「……」
その言葉を聞いて俺は沈黙した。信長に対するイメージはいくつかあるが、そのうちの一つに信長が天皇に成り代わろうとしていた、というものはあった。まさかそれが本当だったとはな。
「源氏に生まれた武将は皆将軍を目指している」
「信長は朝廷にとって代わろうとしていた」
あくまで小説の展開上都合のいい考え方を採用しているだけです。




