表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/66

岐阜の戦い Ⅱ

 織田軍と激戦を繰り広げていた徳川軍だったが、次第にじりじりと退き始めた。それに巻き込まれるようにして徳川軍の前方で戦っていた北条軍も退却を始める。好機とばかりに織田信忠軍はそれに合わせるようにして前に出る。

 信忠はここ一連の戦いで武田家に負けており、焦っていた。この戦いで手柄を立てて信頼を回復しなければならない。そんな思いがあった。


 それを見て滝川一益と激戦を繰り広げていた佐久間信盛も慌てて後退を始める。このまま徳川軍だけが退いていけば戦場に孤立すると思ったからである。通常陣形を崩さずに後退するのは難しいとされるが、「退き佐久間」と異名をとる信盛にはそれが可能であった。こうして戦場の左の方ではじりじりと織田軍が前に出てきた。


 俺はそんな戦場の動きを見て北条景広に退却を要請する。徳川軍の後退により孤立しかけていた景広は俺からの使者が届くとただちに退却を開始した。そしてそれにより徳川軍への圧力がさらに強まるという悪循環が発生する。

 徳川軍を押し込んだ信忠はその勢いのまま武田軍を側面から攻撃すれば、武田軍を崩すことが出来ると考えた。実際信忠の後ろからは柴田勝家の後詰が続き、そのまま武田軍に殺到する準備が整えられていた。


 だが、それは逆であった。俺は徳川軍を押した信忠軍が進んでくるのを待っていた。信忠が武田軍の側面に兵を向けようとした瞬間、退かせていた北条景広と待機していた土屋昌恒の部隊が信忠軍の側面を襲った。そしてここまであえて後退していた徳川軍も突然力を振り絞って反撃を開始する。そう、徳川軍の後退は信忠を引きずり出す罠だったのである。


 信忠が罠にかかったと思った時はすでに遅かった。乱戦であれば織田家自慢の鉄砲は使えない。白兵戦であれば勇猛な徳川兵や武田兵、上杉兵は織田兵を上回る強さを見せた。たちまち信忠軍は崩れたつ。後ろから後詰をしようとしていた柴田勝家の部隊とすれ違うように退却を試みたためたちまち混乱は全軍に波及した。


「この期を逃すな! 織田兵を一人でも多く討ち取れ!」

 土屋昌恒が先頭に立って織田軍に斬り込む。信忠軍は後方の柴田軍を巻き込んで壊滅した。攻守は逆転し今度はこちらが織田軍に対して突出する形となる。

 しかし織田軍の二陣の柴田軍は巻き込まれており、側面を突かれることはない。突出する武田軍に襲い掛かったのは信長の本陣であった。


 その状況を見た俺は勢いに乗じて昌恒らとともに信長に襲い掛かる……のではなく、本隊を率いて右翼に向かった。そちらでは荒木村重と明智光秀が銃撃戦を繰り広げる横で真田昌幸が前田利家と戦っていた。

「これは御屋形様。こんな戦場の端に来て大丈夫なのですか?」

「昌幸、今織田軍は左翼の方で手一杯だ。逆にこちらに意識が及んでいない」

 後詰に柴田勝家が残っていれば無茶は出来ないが、今織田軍は土屋昌恒や徳川軍の方で手一杯になっている。俺の動きに対応するほどの余裕は織田軍にはないだろう。俺が本隊を率いて真田昌幸に加勢するとさすがの前田利家も支えきれずに崩れた。


 一か所に綻びが出ればそれが勢いを生み、戦況を決定づける。前田利家を破った昌幸はそのまま明智隊の側面に突撃した。光秀も兵を回して応戦するが、すでに明智隊は穴山信君、小山田信茂、荒木村重らと銃撃戦を繰り広げており回せる兵力に限界はある。さらに俺が本隊を率いて突入するとさすがに支えきれずに崩れ出した。


「明智隊は追うな! このまま中央の織田本隊の側面を突け!」

 俺は大声で叫ぶ。明智光秀軍はこの状況になっても斎藤利三や明智秀満らが殿軍となり整然と後退していた。俺は光秀を破ると織田本隊に突入する前に千代女を呼んだ。

「何でしょう」

「今から戦場全体に信長は身一つで逃げ出し信忠は討ち死にしたとの噂を流してくれ」

「承りました」

 次の瞬間には千代女は戦場の喧噪の中に影のように溶け込んでいた。


「ふふふ、ようやく信長の首をもらうときが来たようだな」

 俺の横を不気味な笑みを浮かべた村重が駆け抜けていく。ここまでずっと銃撃戦を強いられていた村重は鎖から解き放たれた猛犬のように織田本隊の方に駆けていく。四方八方から攻撃を受ける形となった織田軍では柴田勝家らが必死に陣を立て直そうとする。しかし織田軍もここまでの大兵力での戦い、それも敗戦は初めてであった。本来兵力の多さは余裕になるが、諸隊の兵士が混ざり合い、指揮系統が乱れ、かえって混乱につながった。


「ええい、数は我らの方が勝っておる! 逃げずに踏ん張れば勝てる!」

 柴田勝家は懸命に叱咤するが十万の兵士の怒号が混ざり合い、声はかき消される。そこへ信長はすでに退却し、信忠が討ち死にしたという噂が流れてくる。

「何? 上様が……ならば我らも退くか」

 勝家が言ったのも無理はない。信長は逃げ足の速さに定評があり、金ケ崎の退き口でも一目散に逃げだしたことで有名である。ちなみに、皮肉なことに勝家は信忠の討ち死にについては何も言わなかった。それどころではなかったのである。


 一方、菅屋長頼、福富秀勝ら旗本に守られて後方に退却していた信忠だったが噂を耳にして逆上した。

「わしは健在だ! 動揺するでない! 戦場にとって返す!」

 信忠はあえて旗指物を高々と掲げさせながら乱戦の中にとって返した。織田兵は噂が嘘であったと知り安堵したが、信忠が自分の存在を誇示したために別の問題も起こった。


「そうか、信長は逃げたが信忠はまだ生きていたか。それはありがたいな。なぜならこの手で殺すことが出来るからな」

 血に飢えた狼のように荒木村重は信忠に襲い掛かる。一方の信忠も村重を見て眉を吊り上げた。

「謀叛人め! その上城を捨てて武田を頼るとは卑怯であるぞ! 者共、討ち取れ!」

 逆上した信忠は村重に襲い掛かる。しかし村重はそれを見てにやりと笑う。


「まだ若いな。撃て」

 襲い掛かる信忠らに次々と銃弾が降り注ぐ。乱戦の中での発砲は、外れた弾が味方に当たる可能性もあり、褒められた行為ではなかったが村重の知ったことではなかった。村重が撃たせた無数の銃弾のうちの一つが信忠の眉間を貫き、信忠はその場に倒れた。

毎回思うんですが、戦いの中で重要人物が死ぬかどうかは完全に匙加減だから難しいんですよね。


戦国時代、重要人物がどうでもいい戦いで死ぬことは時々あるので。

桶狭間も義元が死ななければ局地戦ぐらいの扱いで終わってたような気がします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ