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徳川家康

※景虎が春日山から締め出されたというのは本丸から締め出されたの間違えでした。訂正いたします。

また、依田信蕃は高天神城を守っているため、勝頼と合流することは不可能でした。訂正いたします。


三月三十日 田中城周辺

 穴山信君ら駿河勢を加えた武田軍は田中城へ出陣した。城を包囲していた徳川軍だったが、俺たちが進撃してくると包囲を解いて城の西側に布陣し直す。包囲したままだと、城内の武田軍と挟撃されてしまう。

 さて、にらみ合っている最中、徳川軍の陣中から一人の女が進み出た。長い黒髪に端整な顔立ち、藍色の和服をまとった一見すると清楚な箱入り娘にも見える彼女こそが目下のところ武田家を悩ませている徳川家康である。ちなみに、両軍とも弓や鉄砲の射程圏外に布陣しているためまだ狙撃は出来ない。家康が出てきたので俺も前に進み出る。


「ご機嫌よう、四郎勝頼殿。毎度毎度甲斐の山奥からはるばる東海までご苦労なことです」

 家康は透き通るような、それでいてよく通る声で告げる。勝頼の記憶と今の発言から分かるように、外見とは裏腹に家康は腹黒い。ここでうまく言い返せなければ俺は恥をさらすことになる。そこで俺は少し言葉を選んで言い返す。


「そちらこそ毎回武田の城にちょっかいをかけては退却し、ご苦労なことだ」

 徳川軍は武田の城を囲むものの、勝頼が兵を出すと退いていくということが多かったので俺はそれを引き合いに出す。

「そうですね。それでこたびこそは決着をつけようと思っていますがいかがでしょう?」

 俺は少し考える。衆目の前で挑発された以上乗るしかないし、長篠で精鋭を失ったとはいえ、正面からぶつかればおそらく武田軍の方が強い。しかしわざわざそういう誘いをしてくるということは何かあるということだろう。


「いつも尻尾を巻いて逃げ回るのにどういう風の吹き回しだ?」

「おや、勝頼殿は自信がないのでございますか?」

 見え透いた挑発をしてくる家康。すると俺の後ろから影のように忍び寄る者がいる。千代女か。

「この先の左手の森に伏兵あり」

 そう告げて気配はすぐに消えた。徳川軍の後ろには森がある。退却したと見せかけて森の中の伏兵で奇襲をかける気か。おもしろい。ならば逆にそれを利用してやろう。


「そんなことはない。首だけになってから後悔するなよ。全軍、攻撃準備!」

「おおおおおおおっ!」

 長篠で負けて以来散々翻弄されてきた徳川軍をようやく正面から叩き潰せる機会ということで将兵は色めき立つ。一方の徳川家康も挑発に成功したと思ったのか、満足げに陣中に戻っていく。

「昌恒」

 俺は喜び勇んで攻撃準備をする兵士たちの中、土屋昌恒を呼び出す。

「何でございますか?」

「徳川軍背後の森の中に伏兵がいる。俺が突撃の命令を出したら迂回して森に火をかけて欲しい」

「かしこまりました!」

 昌恒は一礼すると素早く自軍に戻っていく。さて、これで勝てるか。俺は初めての戦に体が震え出すのを感じながら本陣に戻った。そして。


「武田軍、突撃! 長篠の恨みを晴らすのだ!」

「うおおおおおおおおおっ!」

 八千の武田軍が地面が動き出すように徳川軍に向けて突撃する。対する徳川軍も、長篠で自信を取り戻したのか鉄砲を構えて準備に入る。伏兵がいるとはいえ、あまり簡単に負けると策を疑われるから多少戦ってから負けるつもりだろう、それなら好都合だ。その間に昌恒が森から伏兵をいぶり出す。

「撃てぇーっ!」

 徳川軍先鋒が鉄砲を放ち、先鋒の小山田信茂の兵が数人倒れる。しかしそれだけと言えばそれだけで、地を埋め尽くす武田軍の進軍は止まらない。

「撃ち返せ」

 武田軍からも鉄砲を持つ兵士たちが応射し、今度は徳川軍の兵士たちが倒れる。そんなやりとりを数回続けた後、武田軍は徳川軍に殺到した。


「踏みつぶせ!」

 小山田信茂の下知が飛ぶ。後に土壇場で勝頼を裏切るこの男だったが、現時点では紛れもない勇将であった。

「踏みとどまれ! 長篠では勝ったはずだ!」

 徳川軍先鋒の井伊直政も懸命に兵士を鼓舞するが、じりじりと徳川軍は後退していく。家康も、策など使わずとも徳川軍が後退していくことは分かっていたのかもしれない。


 そんな中、俺が待ちに待った火の手が森から上がった。

「よし! よくやった昌恒!」

 もはや伏兵は武田軍を襲うどころではないだろう。俺は満を持して総攻撃の命令を発する。

「全軍総攻撃! 目指すは家康の首!」

「おおおおおおおおおおおおっ」

 地を揺るがすような雄たけびとともに武田軍の奔流が徳川軍の兵士を飲み込んでいく。背後から上がった煙も徳川軍の心を揺らした。


「もしや背後をとられたのか」

 不安になった徳川軍は一気に崩れていく。

「今だ、追え! 二度と駿河の土を踏めなくするのだ!」

 初めての戦勝に俺の心は沸き立つ。これが戦の熱気なのか、それとも勝頼の魂が残っているのか。俺は生まれて初めて体験するような興奮を覚えていた。体が熱くなり、熱に浮かされたように興奮が止まらない。気が付くと刀を抜いて振り上げていた。

「勝頼様、それはおやめください」

 傍らの跡部勝資が懸命に制止しようとするが、気が付くと俺は戦場に出ていた。


敵同士の顔見せって意外と難しいですね。

今回は無理やり挑発に出させてみました。

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