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岡崎城の戦い Ⅰ

十二月十五日未明 岡崎城

「御屋形様、徳川軍八千、こちらへ急行中。もうすぐ近くに現れるものと思われます!」

 岡崎城周辺を荒らしまわっていた武田軍の元へ千代女からの報告が届く。その報告を聞いた昌幸が目の色を変える。

「御屋形様、ここまでの行軍速度がだいぶ早まっております。大方我らの所業に我慢ならず強行軍で来たのでしょう。今が絶好の機会です」

 幸い武田軍は夜は略奪破壊行為をやめて眠りについている。そのため起こしさえすれば迎え撃つのは容易だった。

「そうだな。時間をかけては信盛も敗れるかもしれない。だとすれば徳川軍が疲れている今が好機か。よし、全軍を叩き起こせ!」

 俺の命令で兵士たちは一斉に起こされる。昌恒、信茂らいつもの武将が慌てて本陣に集まってくる。

「これより徳川軍を迎え撃つ! 岡崎城には木曽義昌ら南信濃衆二千を残す。先鋒は小山田信茂の二千、右翼に真田昌幸の二千、左翼に土屋昌恒の二千。残りは俺が率いる」

 兵力は同数で、相手は強行軍で疲労しているとあって小細工は不要だった。最も一般的な魚鱗の陣を編成する。

「はいっ!」


 武田軍は即座に東に向かう。十二月の朝は遅い。暗闇の中、武田軍は大量の松明を灯して東進していた。対する徳川軍も武田軍の迎撃に早くも気づいた。徳川側は本当は一休みしてから当たりたかったが、こればかりはどうにもならない。疲れた体に鞭打ちながら陣形を敷く。


 両軍が視界に入るほど接近したころ、ようやく空が明るくなり始めた。両軍とも先鋒には鉄砲隊をずらりと並べている。織田軍ほどではないが、徳川軍にも鉄砲はかなり普及している。戦いはどちらからともなく鉄砲を撃ちかけたことにより始まった。しばし遠距離での撃ち合いが続いたが、先に動いたのは徳川軍だった。疲労していた徳川軍は長期戦になることを恐れた。


「我らの故郷を荒らした武田軍を許すな!」

 先鋒を務めるのは井伊直政、徳川四天王の一人である。赤備えで有名だが当時はまだ赤備えを使用していなかった。だが、突撃する井伊隊に大量の銃弾が降り注ぐ。さすがの井伊直政も一時進撃が止まる。徳川軍はそれを援護するように両翼が動き出す。右翼を率いるのは酒井忠次、左翼は本多忠勝、榊原康政が率いる。武田軍の鉄砲は先鋒に多めに配置されていたため、両翼の軍勢は白兵戦で激突した。

 故郷を守るため必死で戦う徳川軍。専業兵士制を敷き、練度を高めた武田軍。これまで同じような兵制の織田軍と戦い続けていたため実感はなかったが兵士たちは気づいた。徳川軍は弱兵ではないが、統率よりも個人の武勇を重視する傾向があり戦いやすいと。例えば武田軍では弱いところがあればすぐに他の兵士が回されて補強されるが、徳川軍の場合は武勇に自信のある者が何人か回って埋める、といった感じである。


「とはいえ武田と違って徳川には粒ぞろいの人材が揃っているな。特に本多忠勝、榊原康政の二人は厄介だ」

 右翼にて彼らと戦う昌幸は首をひねった。どれだけ徳川軍を崩してもそのほころびはすぐにその二人によって埋められてしまうのである。昌幸も武勇には自信があるが、二人のうちどちらかと一騎打ちをして勝てるかと言われると自信がない。

「仕方ない、あまりやりたくはないが……忠勝を狙撃するか」

 昌幸は鉄砲の名手五人を呼んだ。

「おぬしらは本多忠勝を狙撃せよ。かするだけでもいい、当てた者には金を与える。当然複数回当たればその分だけ金は増える」

「ですがこの乱戦の中では味方を避けて撃つのは難しいですが……」

「今回のみ、忠勝に当てれば許す」

 昌幸にとっては苦渋の決断だった。当然、本来ならば同士討ちの危険があるような作戦をとりたくはない。しかし戦場では毎回完全にゼロという訳でもない。五人だけならば、と昌幸は決断した。


 本多忠勝は武田軍相手に名槍蜻蛉切を振るい、縦横無尽に戦場を駆け回っていた。疲労は徐々に蓄積していたが、それは兵士も同じ。ここで自分の動きに陰りが出ればたちまち瓦解するだろう。何とか先に武田軍を崩さなければ。いっそ危険を冒して勝頼の本隊へ向かった方がいいだろうか。そんなことを考えていると、不意に一発の銃弾が顔の横を通り過ぎていった。そもそもこの乱戦の中で鉄砲を使う者自体本来はいないはずだ。


「分かっているのか!? この乱戦の中撃てば誰に当たるか分からぬのだぞ!?」

 思わず忠勝は怒号する。しかしすぐに二発目の銃弾が付近を通り過ぎた。もはや自分が狙われているのは明白である。忠勝は目の前の兵士の胸を突くと穂先に引っ掛けて銃弾が飛んできた方向に向けて倒す。次の瞬間、銃弾が兵士の身体を射抜いた。さしもの本多忠勝も銃弾には勝てない。やむなく前進を諦めて自軍の中へと撤退した。

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