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追撃

十二月十一日早朝 武田本陣

「御屋形様!」

 いつになく青い顔をした望月千代女が本陣に駆け込んでくる。このところは戦況が膠着していたため、あまり出番はなかった。信盛の話も探るまでもなく届いたし。

「どうした?」

「それが、夜陰に紛れて織田軍は撤退を開始しておりました。おそらく、現在敵陣にはわずかな兵しか残っていないものかと」

「何だと」

 信盛の行動により織田軍が撤退する可能性は考えていたが、まさかここまで早いとは思わなかった。とはいえ、考えてみれば撤退するのであれば早いに越したことはない。当然見張り自体は出していたものの、向こうが一枚上手だったか。


「だが、二万もの大軍がいきなり消えるなんてことがあるだろうか」

「それが、敵はいくつかに分かれて撤退したようでございます。尾張方面と美濃方面に分かれており、それぞれ分散して退却していったため捕捉が遅れました」

「だが、そんなに先には行ってないはずだな?」

「おそらく」

 ここは美濃三河国境であり、実は三河を突っ切っていけば鳴海城は近い。三河は敵地だし、何より佐久間信盛が味方なのかは不明である。下手にそちらに兵を出した結果、仲直りして迎撃されても困る。それよりは地理をある程度把握している美濃方面の軍を追撃した方がいいだろう。


「よし、ただちに兵を出す」


 たちまち出陣の鐘がなり、寝ぼけ眼だった兵たちは目を覚ます。武田軍一万はまず目の前の織田軍に攻撃を開始した。近づいても散発的に銃撃があるだけで反撃はない。やはりもぬけの空になっているようであった。武田軍が殺到すると残っていた敵兵も散り散りになって逃げていった。

 陣地内には鎧を着せた案山子や棒切れにくくりつけられた旗指物が林立していた。大がかりな、と思う反面こっそりと撤退するなら確かに旗指物はいらないから置いていくのが合理的だ。そこへ織田軍を捜索させていた物見が戻ってくる。

「申し上げます、織田軍、明智城方面に撤退中とのことです」

「よし、追撃だ! 織田軍を打ち破りそのまま明智城に攻めかかれ!」

「おおおおおおおおおお!」

 このところ小競り合いに終始していた武田軍はようやく大きな戦いが出来ることに歓喜しているかのようだった。


 いち早く織田軍を追い散らして追撃に移ったのは真田昌幸隊だった。農兵から専業兵士への切り替えを行っていた武田だったが、その中でも一番実戦経験を積んでいたのが最前線に配置されていた真田昌幸だった。通常追撃戦ともなればそれぞれが一番槍を目指して隊列が崩れがちになるが、真田軍は速度を重視しつつもある程度の陣形を維持して逃げる織田軍の背後に迫った。


 明智城を目指していた斎藤利治の部隊だったが、殿軍は迎撃態勢をとりながらの後退となるためどうしても行軍が遅くなる。そのためついに真田隊に追いつかれた。とはいえ、追いつかれて迎え撃つための殿軍である。殿軍を任されていた平井信正の叱咤で織田軍は陣を敷くと鉄砲を構える。

「何とか武田を食い止めるのだ!」

 一斉に銃弾が発射され、武田勢はばたばたと倒れた。

「かかれ! 敵は小勢ぞ! 踏みつぶせ!」

 先鋒を走る真田隊のさらに先頭を走るのは今福昌和だった。遠江でひたすら小競り合いを重ねていた昌和は銃弾の中を恐れず突き進む。銃撃は長篠のようにきちんと馬防柵を築いて突撃を防げば大きな効果を発揮するが、急遽の応戦ではせいぜい先鋒の勢いをそぐ程度である。


「突撃!」


 たちまち昌和を先頭とする騎馬武者が数騎乱入し、乱戦となる。鉄砲が使えなくなった織田軍に後続の歩兵たちが次々と到着すると後は兵数が物を言った。

「利治様が城に戻るまで踏みとどまれ!」

 平井信正は奮戦したものの、後から土屋昌恒や小山田信茂の部隊が到着すると多勢に無勢、包囲されて討ち死にした。


 しかし彼の討ち死には無駄ではなかった。斎藤利治は四千の兵とともに明智城に駆け込み、城門を閉ざした。武田軍一万は後を追って包囲したものの、力攻めで落とすには兵力差が足りなかった。

「信忠が信盛に引き付けられている今が好機! 何としてでも攻め落とせ!」

 もしかすれば信忠らが信盛を降して戻ってくるかもしれない。そのためこの隙に最低でも明智城を奪って四千の織田軍は壊滅させておきたかった。とはいえ時間をかけずに城を落とすには力攻めしかない。損害が増えるのは嫌だったが、俺は総攻撃を命じた。城方も必死で鉄砲を放って迎え撃つ。

 後で分かったことだが、信忠は自分たちの鉄砲を多めに利治に渡していたらしく、明智城から放たれる銃弾は雨あられのようだった。

「隊を二つに分けて昼夜を分かたず攻撃せよ!」

 夜も松明を城周辺に投げてその灯りを頼りに武田軍は猛攻を加えた。それでも城兵は必死に守った。おそらく城方も交代で休んでいるのだろう。とはいえ、城方の銃声は大きく、次第に疲労が溜まっていくようだった。


 押してはいるものの押し切れない。となると損害が多い攻め手が辛くなってくる。そろそろ攻め方を変えなければならないのか。そんなことを考え始めた俺だったが、二日後の夕方、転機があった。


うっかり千代女の存在を忘れかけていたことは秘密


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