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波紋

十二月十日 織田信忠本陣

「信忠様、佐久間信盛からの使者という者が参っておりますが」

「何だ? これほどの事態を招いておきながら何の用があるというのだ」

 信忠は不快げに吐き捨てた。信忠には自信があった。倍の兵数を擁しておりながら武田軍を攻めあぐねていたと思われていたかもしれないが、その実武田の補給を防ぐことに成功していたのである。

 三河で略奪の限りを尽くしていた武田軍はしばらくの兵糧は持つだろうが、もう一か月か二か月待てば撤退するだろう。織田軍にとってここはおひざ元であるから補給の心配はない。後は武田が撤退するときに合わせて徳川軍に背後を突いてもらい挟撃すればいい。

 そんな作戦も信盛一人のせいでご破算である。織田軍には真実・虚偽取り交ぜた噂が吹き荒れて大変なことになっていた。


「というかあやつはまだ味方のつもりなのか?」

 普通に考えて前線の総大将が全てを放り出して行方をくらませば、そのままどこぞで隠居するか敵に内通していると判断する。だからのこのこ使者が現れたことに信忠はご立腹であった。


 とはいえ信盛がどうしているのかは誰も知らない。そのため信忠は使者を通した。せめて信盛がどこにいるのかぐらいは知っておきたい。

「申し上げます、我が主佐久間信盛は本願寺攻めの最中に味方から内通者を出したことを恥じ、尾張鳴海城にて謹慎中でございます」

「何だと!?」

 信忠の顔から血の気が引いた。別に身一つで逃げ帰って謹慎中と言い張っている信盛の図太さに驚いた訳ではない。信盛が尾張に戻っているということは、このまま放っておいては尾張をとられる可能性があるということである。

「そのため、信忠様にも心置きなく武田と戦うようとのことです」

「どの面下げてわしに指示するのか!」

 信忠が一喝すると使者はすごすごと帰っていった。まあ使者としてもこんな言い分が通るとは思っていなかっただろう。むしろ命があるだけ儲けものと思っているかもしれない。


「信忠様、上様よりの使者が参っております」

「何だ」

 信忠は特に失態を犯した訳ではないが信長からの使者に緊張した。信忠の知る限り父の気性で信盛が許されることはない。例え目の前に武田の軍勢一万が布陣していようと。

 信忠はどんよりとした気持ちで使者を通す。使者はおおむね信忠の予想通りの台詞を述べた。

「申し上げます、上様より、即刻信盛の首を刎ねよとのことです」

「あい分かった」

 信長よりの使者にそれ以外の返答は存在しない。

「本願寺包囲の指揮は直々にとるゆえ心配するなと」

「そうか」


 残念ながらその心配をするほどの余裕はない。信忠は急ぎ斎藤利治と滝川一益を呼んだ。逆に考えれば滝川一益の援軍を無理にでも頼んでいて良かった。そうでなければ今頃兵士が浮ついたところを武田の猛攻に遭って壊滅していたかもしれない。信忠は無理やり自分の気持ちを奮い立たせる。

 二人がやってくると信忠は重い気持ちで告げた。

「上様より即刻信盛の首を刎ねよとの仰せがあった。そして信盛は現在鳴海城で“謹慎”しているという」

 信忠の言葉に状況を察した二人は青い顔をする。

「とりあえず佐久間殿には腹を切るよう指示し、徳川殿に事情を説明して助力を請いましょう」

 斎藤利治が現実的な提案をする。ちなみに徳川家康は現在、二俣城と田中城を救援し、穴山信君ら駿河衆とにらみ合っていた。

「とはいえ駿河からここまでは数日を要する。それに信盛が素直に腹を切るとも思えない。最悪の場合の想定もしておかないといけないだろう。それに徳川殿は……」

 そう言って一益は言葉を濁す。織田・徳川は清州同盟という強固な同盟関係を結んでいたが二人の関係は必ずしも対等ではなかった。家の大きさというのは言うまでもないのだが、徳川家康は金ヶ崎の退き口や姉川の戦いなどに自ら出陣しているが、信長は三方ヶ原の折に三千の兵を送ったのみであった。その後勝頼が高天神城を囲んだ際の援軍要請を蹴り、長篠の戦いは唯一の信長の恩返しと言えた。そんな中家康に織田家のごたごたで撤兵するから応援を頼むと言って、家康自身も出陣中の状況で快く聞いてもらえるかどうか。


「そうだな。ここから駿河に使者を出し、すぐに徳川殿が軍を帰してくれたとしても一週間ほどはかかるだろう。徳川家が対応に迷ったり武田が後ろを突いたりすればさらに時間はかかるだろうな」

 言っていて信忠は頭が痛くなった。常識的に考えて家康が兵を返せば武田は後ろを突くだろう。

「決めた。利治、おぬしは五千の兵を率いて明智城を守れ。わしは残りの全兵力を率いて鳴海城を囲む」

「殿、それはさすがに……」

 一益の顔色が変わる。

「最悪の事態を考えろと言ったのはお主だ」

「それはそうですが……」

「それに、そもそもの発端は梶川高盛の内通とも聞く。だとすれば放っておけば尾張衆が信盛に同調しないとも限らない」

「なるほど」

 一益も納得して頷く。

「お任せください、明智城は必ずや守り抜きます」

「おお、任せた。それに信盛が鳴海城に籠ったとはいえ、奴の兵はほとんどが摂津に取り残されている。今のうちに攻撃すればたやすく勝利を収められよう」

 そんな信忠の言葉を聞いて二人は思った。この決断の速さと行動の速さは確かに信長の子であると。

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