金沢御坊の戦い Ⅱ
十二月十二日 加賀津幡城
「殿、金沢御坊の下間殿より一向宗の援軍三千が織田軍の背後に迫っているため出撃されたしとの使者が来ております」
「よし! 全軍出撃準備!」
景虎の指令にずっと待機を余儀なくされていた上杉軍は一斉に準備を始めた。さらに次の使者もやってくる。
「遊佐殿も二千の兵を率いてこちらへ向かっているとのことです」
「良かったです……とはいえ、本願寺と機会を合わせて撃って出るなら待ってはいられませんね」
もし遊佐続光が間に合わず、合戦に勝利すれば七尾城は取り上げよう。景虎はそんなことを思いつつ準備をする。
「金沢御坊より一向宗、出撃したとのことです!」
「織田軍、佐々成政率いる三千の兵が一向宗の援軍に向かって出撃しました」
「よし、上杉の軍勢を前にして軍勢を減らしたことを後悔させてやりましょう! 出撃!」
「おおおおおおおお!」
景虎の号令に上杉軍一万三千は怒涛の勢いで城から撃って出る。対する織田軍もここまでにらみ合いばかりで兵士たちは退屈していた。
「城から出てくるとは愚かな! 返り討ちにしてくれる!」
織田家屈指の猛将柴田勝家の号令の下、猛然と上杉軍に向かってくる。上杉軍の先鋒は北条景広、一方の織田軍の先鋒は佐久間盛政。相手にとって不足はなかった。両軍は銃撃戦もそこそこに津幡城周辺で激突した。
「織田軍は弱兵揃い! 再び手取川の底に沈めてやるのだ!」
景広は怒号しながら槍を振るう。そのたびに織田兵は一人、また一人と倒されていく。だが景広は味方の一角が突如として崩れるのを感じた。
「どうした」
景広が向かっていくと自軍の兵士が数人まとめて吹き飛ばされる。
「おらああああ! 上杉は強いと聞いていたが大したことねえなあ! まとめてかかってこい!」
叫び声とともにまた数人の兵士が吹き飛ばされる。景広が騒ぎの中心に向かうとそこでは悪鬼のごとき形相で血に飢えた野獣のような眼光の男が槍を振るっていた。彼は景広の姿を見つけるとぎろりと睨みつける。
「少しは骨のある奴が出てきたようだな。俺の名は佐久間盛政! よく覚えておけ! もっとも生きて帰れたらの話だがなあ!」
「上杉家の北条景広! 二度と加賀の地を踏めぬようにしてくれる!」
景広の槍は鋭く、盛政の槍は重い。景広は盛政の攻撃を受け流しながら一撃を入れることを狙うが、盛政の豪槍に触れると吹き飛ばされそうになり、なかなか隙を作ることがない。一方の盛政も景広の鋭い槍捌きに完全には応対しきれず、知らず息が上がっていた。
そんな訳で津幡城周辺では織田軍と上杉軍はほぼ互角の戦いを繰り広げていた。金沢御坊でも城から打って出た下間頼純ら一向一揆を前田利家が迎え撃つ。こちらは勢いがある一向一揆がやや優勢だったが、逆に佐々成政は急造で集められた一向一揆の援軍相手に優勢に戦いを進めていた。
さて、そんなところにやってきた遊佐続光は困惑した。鰺坂長実が睨んだ通り遊佐続光は織田と上杉を天秤にかけていた。元々続光は主君畠山家の当主を追放し、幼い義慶を当主に建てて専横の極みを尽くしていた。しかし織田軍が北上してくると織田派の長続連が勢力を伸ばす。が、謙信が城を囲むと続連の一族を皆殺しにして内応した。
そんな続光だったが、自身が権力を握ることが出来れば織田だろうが上杉だろうがどちらでも良かった。今回も本願寺から近いうちに決戦すると言われてやってきたものの、何度物見を放っても戦況は互角だった。行軍速度を緩めて時間を稼いだものの決着はつかない。さすがに戦場付近まで来て傍観するのは印象が悪すぎる。
「決めるか」
続光は決断した。織田派の長続連を殺害した以上、条件が同じであれば上杉の方が心証はいいはずだ。それに互角のところに参戦し、上杉が勝利すれば大手柄である。
「かかれ! 目指すは織田家、柴田勝家の首!」
遊佐軍はそれまでの牛歩が嘘のように猛然と織田軍に迫った。これまでがっぷり四つの戦いをしていた織田軍は焦った。勝家は家臣の山路弾正に一千の兵を与えて遊佐軍を迎え撃ちに行かせる。
しかし兵力を渋ったのが良くなかった。互角の戦場から一千より多くの兵を抜くことは出来ないという判断だったが、ここまで激しい戦いを繰り広げてきた一千の兵ではゆるゆると行軍してきた遊佐軍二千の相手にはならなかった。
たちまち織田軍を撃破した遊佐軍は織田軍の側面を突いた。それを見た勝家は冷静に判断を下す。
「わしが殿軍を務める! 退くのだ!」
総崩れする前に撤退を決意した織田軍は整然と退却する。上杉軍も激戦で疲弊していたこともあり追い崩すには至らない。勝家はひとまず金沢御坊周辺の砦に入ろうとした。が。近くまで来ると移動してくる前田利家と出会った。
「どうした?」
「遊佐軍の参戦に勢いづいた門徒どもに追われまして……」
「何だと」
さらに利家の後ろからは下間頼純の軍勢が猛然と追撃をかけてくる。
「ここはお任せを」
ちょうどそこに敵援軍を追い払った佐々成政が合流する。
「助かった」
こうして織田軍は撤退した。手取川の時とは違い、辛勝といった状況だったが勝ちは勝ちである。上杉軍と金沢御坊には勝鬨の声が響いた。




