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動揺

十二月八日

「申し上げます、摂津天王寺砦の佐久間信盛が失踪、織田軍の本願寺戦線は総崩れです!」

「来たか」

 使者からの報告に俺は思わず武者震いした。信盛の調略を始めたとはいえ、正直成功するかどうかは半信半疑だった。それがまさかここまでの形で成功するとは。

 ちなみにここ最近、数の優位を得た織田軍は武田軍に対して包囲する陣形を取ろうとし、武田は時に小競り合いで、時に陣形を変えてそれを回避するというにらみ合いが続いていた。

「織田軍の様子はどうだ?」

「今のところ変化はありません。おそらく、まだ一般兵卒は知らないものかと思われます」

 信盛が失踪したのは昨日の昼頃。まだそんなに時間が経っていない。向こうも信忠ら幹部に情報が届いただけだろう。


「まあ、知らないなら教えてやるか」

 俺は土屋昌恒・真田昌幸・小山田信茂・荒木村重ら主だった者たちを招集する。昌幸や村重はすでに話を聞いているのか、顔を紅潮させている。昌恒や信茂もその異様な雰囲気から何かを察したようだ。

「昨日織田家の佐久間信盛が失踪した。詳しい話は分からないが、本願寺に対して内通者が出たため責任を恐れたとの噂もある。さらに本願寺がその期に乗じて兵を出し、織田軍を破ったとの報もある」

「何と!」

「これは向こうも限られた者しか知らないことだろう。そこで敵兵にもあまねく知れ渡らせてやろうと思う。これより織田軍に総攻撃をかける振りをする。交戦状態になれば兵士たちにこの事実を叫ばせるのだ」

「なるほど、おもしろくなってきたぜ」

 村重が不敵な笑みを浮かべる。

「せっかくなら佐久間殿は領地に戻って反旗を翻す予定ということにしませんか」

 昌幸が提言する。

「そうだな。どうせ信盛の本当の行方はまだ誰も知らないだろうし、そうしておこう。ついでに天王寺砦も本願寺の手に落ちたことにしておくか」

「いいですね。あと、佐久間殿本人も本願寺と通じていたことにしましょう」

 昌恒もここぞとばかりに言う。

「確かに色んな噂が流れている方が信ぴょう性が増すかもな」

 情報伝達が人づてしかないこの時代、不正確な情報はしばしば拡散する。もし俺たちが流す噂がきれいにそろっていれば、逆に作為的に思われるかもしれない。

「なるほど、ではこれに呼応して伊勢の一向宗も蜂起したと」

「加賀でも一向宗の勢いが増して柴田勝家が負けたという噂も」

 無責任な噂を作るのは話がはずむ。俺たちは少しの間様々な噂を考えて、作戦を打ち合わせた。ちなみに今のところ加賀戦線ではにらみ合いが続いているとのことだ。だが、勢いに乗った本願寺が積極攻勢をとれば変化があってもおかしくはない。


二時間後

「突撃!」

 戦場に俺の声が響き渡り、一万の武田軍が動き出す。織田兵たちはまだこのことを知らないのだろう、すぐに鉄砲を構えて迎撃態勢をとる。俺たちは用意してあった竹束を構えてじりじりと前進する。

「撃て!」

 射程に入った瞬間、織田軍から銃弾の一斉射撃が吹き荒れる。が、そんな中、各軍に集められた声の大きい者たちが叫び出す。


「聞け、摂津石山本願寺を囲んでいた佐久間信盛は謀叛したぞ!」

「信盛は尾張に戻って謀叛の準備を整えている!」


 その声に織田兵たちは一瞬動揺した。何より鉄砲を放てば銃声で声が聞こえなくなる。そのため銃撃を一瞬躊躇してしまう。その隙に武田軍が距離をつめる。

「射て!」

 武田軍から大量の矢が射ち上げられる。織田軍も盾を配備しており、矢の多くはぱらぱらと盾に降りそそぐだけだった。しかし、矢にはそれぞれ紙が結び付けてあった。おもむろに一人の兵士がそれをほどく。

“佐久間信盛、本願寺に通じて謀叛”

 本来なら一笑に付されて終わるレベルの内容であったが、不思議とそうはならなかった。というのも、信盛の部下には尾張衆が含まれている。彼らがひそかに同じ尾張出身の信忠隊の者に知らせを送っていた。また、「敵の噂に惑わされるな」と叫んで回る滝川一益や斎藤利治の顔もなぜか青かった。

 やがて小山田隊からは次々と石が投げつけられた。石に混ざり、紙礫も飛んできた。そこにも信盛の謀叛についての様々な噂が書かれていた。


「ええい、とにかく武田を撃ち払え! 武田さえ追い払えば真相はいくらでも教えてやる!」

 業を煮やした滝川一益の叫びでようやく織田兵は冷静さを取り戻す。いくら噂が衝撃的でも、今武田軍に殺されては元も子もない。ある程度織田軍に情報が行きわたり、立て直したと見ると武田軍はするすると退いていった。

 今回はまず織田軍に信盛の件を周知することが目標。その後敵が動揺したり信盛討伐に向かったりすれば追撃を加える予定だった。

「さて、とりあえず今回の作戦は成功だが……織田家はどうでる?」


「御屋形様、織田家から使者が参っておりますが」

 見ると退いた武田軍を追うように白旗を掲げた使者が歩いてくる。その対応の早さはさすがと言わざるを得ない。とりあえず俺は使者を招いた。

「我が主信忠から武田家と和議を結びたいと……」

 使者が口上を言い終わるのを待たずに俺は言った。

「美濃・遠江を武田に、能登・加賀を上杉に割譲せよと伝えろ」

 俺の言葉に使者の顔が青くなる。能登・加賀はともかく、遠江は徳川の領地だから信忠の一存ではどうにもならないし、美濃は広大な国である。それをまるまる割譲するなど出来る訳もなかった。要するに実質断られているに等しいということである。

「どうした? ぐずぐずしていると飛騨も加えるが」

 俺の言葉に使者は逃げるように去っていった。さて、ここから信長はどう出るか。


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