表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/66

崩壊

「梶川殿の陣で何か起こったのか?」

 佐久間信盛は首をかしげた。先ほどかすかに悲鳴のような声が聞こえてから何となく梶川高盛の陣が騒がしい。久しぶりに敵が出撃でもしてきたのかと思ったが、それなら勝ったにせよ負けたにせよ報告があってしかるべきである。それとも単なる喧嘩か何かなのだろうか。

「誰ぞ聞いてまいれ」

 信盛の言葉に近習の一人が走っていく。


 そして大分時間が経って彼は戻ってくる。なぜかその表情は青ざめていた。信盛は嫌な予感を振り払うように尋ねる。

「おい、何があったというのだ」

「それが、梶川様は単に禁を破って陣中で賭博を行った上に刃傷沙汰を起こした者がいたというので処分したとだけおっしゃるのですが……。どう見ても一人二人が斬られただけには見えないのです。しかも私が現場の近くを通りかかるとさりげなく遠ざけられるような気がするのです」


 当然ただの刃傷沙汰であれば処分した者を隠す必要はない。むしろ処分を公表して再発防止を防ぐべきである。信盛は一瞬考えた。今ならまだ少しおかしいというだけで、見て見ぬ振りをすることも出来る。だが、その事件が万一変な感じで信長の耳に入れば大変なことになるかもしれない。少し前には徳川信康が家のごたごたに巻き込まれて腹を切らされている。


 悩む信盛の元に一人の兵士が駆け込んできた。見たところ梶川隊の印をつけているが、その表情は尋常ではない。戦場で敵と出会ってもこうはならないというほどの恐怖と焦りに満ちていた。

「控えよ! 本陣であるぞ!」

 思わず近習の一人が怒鳴りつける。しかし兵士は動揺のあまり叱責の声も耳に入らないようであった。

「助けてください! 殺される!」

「何事だ?」

「それが、今朝がた陣の外で悲鳴が上がったので私は見にいったのです。すると一人の兵士が味方に斬られたと言って血を流しておりました。話を聞いたところ、どうも味方が本願寺に内通していてそれを見てしまったため斬られたようなのです。その後梶川様は事情を聞くために彼やその他関係者を本陣に集められました。しかしその後、彼らは皆処刑されました。理由を聞くと、賭博により陣中で刃傷沙汰を起こしたため、と……」

「何だと!?」

 信盛は眉を吊り上げた。

「それで私は恐ろしくなって逃げだしたのです……もし事件のことを知っているとばれれば口封じに遭うのではないかと……」

 兵士は唇をわなわなと震わせた。戦場で敵とまみえれば全力で戦うまでだが、いつ味方に斬られるか分からない恐怖はどうしようもない。


「すぐに高盛を呼べ!」

 信盛は怒鳴る。近習は逃げるように高盛の陣へ去っていった。残された信盛は血の気が失せていくのを感じた。こんなことが起こったと伝われば許されるだろうか。いや、今ならまだ高盛の切腹で自分に累は及ばない。内通したのは高盛の部下である以上、監督責任は直属の上司である高盛に遭う。だが、高盛が隠蔽を試みたことの累は……。そこで信盛は考えるのをやめた。


 しばらくして近習が青い顔で戻って来た。

「大変です、梶川殿の姿がありません」

「馬鹿な!」

 信盛からの二度目の使者で、ばれていると悟った高盛は逃亡を選んだのだろう。どこに逃げたかは定かではないが、この付近で織田軍の目から逃れられる場所は一か所しかない。信盛は蒼白な表情で本願寺を見つめた。


 先ほどの荒木村重からの使者の表情が脳裏をよぎる。何をするにしても即断しなければならない。逃げるにしても、対処するにしてもである。

「何があっても高盛を探せ!」

「はいっ」

 家臣たちは蜘蛛の子を散らすように走っていく。今ならどさくさに紛れて姿をくらますことが出来る。しかし高盛が本願寺に逃げ込んだ可能性があるのにその後を追って本願寺に投降するのはさすがに嫌だった。


「申し上げます、梶川隊の兵糧の一部が消えております!」

「やはり本願寺か!」

 ただ本願寺の中に逃げ込んでも餓死するだけである。それならとっさに少しでも兵糧を持ち込もうと思ったのだろう。全くもって忌々しい判断である。大した量ではないだろうが、本願寺の降伏ムードは白紙に戻ったことだろう。


 信盛は意を決して捕えていた村重からの使者を呼び出した。こんな時であるのに使者は涼しい顔で現れ、それがまた信盛の苛立ちに火を注ぐ。

「何やら大変なことになっているようですね」

「うるさい! 一つだけ聞く! 武田は本気か!?」

「それはもう。特に我が主は家族を磔にされた恨みから、絶対に信長にほえ面かかせてやると」

 お前の主の家族が磔にされたのは逃げたからだろうが! 信盛は怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られたが何とかこらえる。


「かくなる上は尾張に戻って謹慎する。村重にはありのままを伝えるがいい」

 信盛は言い捨てるなり馬に跨った。織田家の主要軍隊は加賀・美濃・播磨、そしてここに分散している。つまりここさえ飛び出せば当座の危険はないわけだ。尾張で謹慎していると言い張り、武田が優勢なら武田につけばいい。切腹するのは武田が負けてからでも遅くはない。信盛としては自分が包囲している本願寺よりも三方ヶ原で自らを苦しめた武田の方がまだましに思えた。

「かしこまりました」

 村重の家臣は一礼して走り去った。信盛の姿も陣中から消えた。


 少し後、本願寺から軍勢が撃って出た。大将と武将を一人ずつ失った織田軍はもろく、陣中の兵糧の一部が略奪された。


何でこの話に三話も使ったんだろう。

確かに重要ではありますが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ