乱心
梶川高盛さんすみません
十二月五日 梶川高盛の陣
さて、信盛に戻って良いと言われて自陣に戻ってきた梶川高盛だが、内心は複雑であった。現在は与力として信盛の下についているが、信盛は元々信長好みの家臣ではない。
羽柴秀吉や明智光秀のように頭の回転が早く機転が利く性格でもなく、かといって柴田勝家のように指示されたことは無理してでも押し通すような強引さもない。そんな信盛は三方ヶ原のときだけでなく、朝倉攻めの際にも義景を逃がしたことについて口答えして不興を買ったと聞く。
「とはいえ、俺が心配しても仕方ないか」
そんな高盛の元へ見張りの兵士がやってくる。
「申し上げます、戦に加わりたいという者が十人ほど参っておりますが」
怪しいと言えば怪しいが、この時代、仕えていた家が滅びたり田畑が焼かれたりして傭兵のようになっている者は数多くいる。それに今の佐久間軍は本願寺を包囲しているだけである。入れてもらえれば危険がなくご飯が食べられるかもしれない。とはいえ織田軍は兵糧に困っておらず、兵士が多くて困ることもない。
「素性は分かるか?」
「池田家の者と述べておりますが……」
池田家は元々荒木村重が仕えていた家であり、下剋上された上にその当人は甲斐に逃げてしまったという散々な家である。摂津の家ということもあって、当然この辺りには浪人がうろうろしていた。
「一応池田家の者と面通しさせて問題なければ入れてやれ」
「はいっ」
(まあ考えても仕方ないか。とりあえず今は本願寺を落とすことだけを考えよう)
十二月七日未明
「ふあぁ~、隣の奴のいびきがうるさくて目が覚めてしまったぜ。全く、まじありえねえわ」
一人の兵士があくび混じりに陣の外をうろうろしていた。少し先には本願寺の城郭がそびえたっているが、ここ最近はたまに銃声がするだけで大した戦いもなく、当初の緊張感は消えていた。人間、戦場であろうと緊張感はそんなには続かないものである。
起きても周りの仲間は皆寝ているので音を立てるとうるさがられる。仕方なく誰もいない陣の外をうろうろしているという訳である。すると、遠くで松明の灯りに照らされてうろうろしている人影が見えた。
「何だあれ? まあいいか、起きてる奴がいるなら軽く博打でもするか。この時間なら見つからねえだろ」
兵士は手の中の賽をそっと転がす。
「おーい」
兵士が手を振って近づいていくと人影は慌てたように振り向いた。
「ちっ、見られたか……覚悟!」
「は?」
人影は突如刀を抜くと斬りかかって来た。
「おい、何する、俺は味方だ!」
兵士はあまりのことに思わず敵兵と間違えられたのかと勘違いした。そしてとっさに体をひねって暗闇からの斬撃をかわそうとする。
「ぐわっ」
しかし避けきれずに人影の剣は男の左肩を切り裂いた。人影は間髪入れずに二撃目を入れようとする。ことここに至って兵士もただの勘違いではないと気づく。
「曲者だっ、曲者だっ!」
兵士は叫びながら駆け出した。
明け方
「何っ!? 我が軍から兵糧を敵に売った者が出ただと!?」
梶川高盛は天を仰いだ。兵糧攻めの最中に敵陣に兵糧が売られるなど言語道断である。一番やってはいけないことと言っても過言ではない。
「見張りは、見張りは何をしていた!?」
「それが……気づかなかったと言い張っておりますが、よくよく調べたところ懐に金を隠し持っておりました」
「ふざけるな!」
高盛は思わず脇息を蹴飛ばす。確かに今の本願寺なら米俵一俵にいくらでも金を払うだろう。その利益を考えれば見張りを金貨で買収するぐらい造作もないことかもしれない。が、すぐに高盛の怒りは恐怖に変わる。
「どうする……。確か中川清秀の足軽が兵糧を横流ししたときは荒木殿が罪を受けそうになって謀叛したが……」
高盛の認識では村重は中川清秀の罪をかばったが許されずに謀叛したことになっている。村重が謀叛を起こして清秀の罪はうやむやになったが、謀叛がなければどうなっていたか分からない。そして信盛がそこまで自分を弁護してくれるとは思えない。信長の勘気を恐れて事実関係を洗いざらい白状するだろう。
戦で死ぬのならまだいい。敵に囲まれて城で切腹するのも致し方ない。だが、こんなことで死ぬのはまっぴらごめんだった。
「……殺せ」
「は?」
「……関係者全員の口を封じよ。いや、まずはお前からだ!」
「ぐわああああああああっ」
梶川高盛の陣に悲鳴がこだました。
武田頑張る→本願寺頑張る→このイベント発生
というバタフライエフェクト的な事件です。
企業とかで不正をする人もこんな感じの心境なのかなと思って書いてみました。




