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佐久間信盛

十二月五日 摂津天王寺砦

 一向一揆の総本山、石山本願寺は十年にも及ぶ抵抗の末、いくつもの砦を築かれて十重二十重に包囲されていた。信長の上洛初期、本願寺は大坂退去を拒み、三好攻め中の織田軍を襲撃した。さらに全国の一向一揆(特に加賀)を蜂起させて何度も信長を苦しめた。直近でも宿敵上杉謙信と和議を結び、謙信が存命であれば謙信とともに北陸から上洛目指して進軍するところであった。


 当初は全国の門徒から運び込まれていた大量の物資も、今では蟻の這い出る隙間もないほど重囲されて搬入すべくもない。一度は毛利家が村上水軍を使って兵糧の搬入に成功したが、第二次木津川口の戦いで鉄甲船に敗れてからはそれも不可となった。現在は文字通り気力だけで抵抗を続けている状態である。

本願寺を包囲している佐久間信盛はようやくその宿願を果たすときが近づいているはずだったが、苦悩していた。


「本願寺の様子はどうだ?」

 信盛は尾張衆の梶川高盛に尋ねる。

「それが有岡城が落ちたときは諦めの雰囲気だったのですが、武田の美濃侵攻によりにわかに活気づいております」

「くそ、武田め……。いつもいつもわしの前に立ちはだかりおって……」

 信盛は三方ヶ原の時のことを思い出す。あのときは徳川家康が無謀にも撃って出たせいで負け戦に巻き込まれた。大人しく浜松城に籠っていればよかったものを。

 ちなみに信玄は本願寺と昵懇で、謙信と戦う際は越中の一向一揆を蜂起させ、信長と戦う際は石山本願寺と手を結んでいた。信玄は死んだものの、本願寺はこのたびの武田の西進に信玄の西上を重ねているのだろう。


「焦ることはありません、いくら武田が西上してこようと本願寺に兵糧を搬入することは物理的に不可能です。焦らず包囲を続けていれば奴らも気合で腹は満たされないことを思い出すでしょう」

「分かっているッ。問題は本願寺ではないのだ。ただでさえ本願寺攻めが遅いと上様はご立腹なのだ。この上本願寺の抵抗が続くようであればわしは……」

 信盛にとって死に体の本願寺などはもはや脅威というよりはただの目の上のたんこぶに過ぎなかった。真の脅威は信長である。本願寺がどう逆立ちしても信盛が負けることはないが、信長の一声で信盛は腹を切らされることがある。特に信忠が美濃で武田と戦っているときに大坂で大軍を率いて無為に過ごすことは許されない。といって兵を美濃に向けて万一兵糧が搬入されてしまえばこれまでの努力は水泡に帰す。そんな訳で信盛は本願寺を完全に追い詰めながらも頭痛の絶えない日々を送っていた。


「信盛様、陣周辺で怪しげな者を捕えました」

「何だ? 連れて来い」

 そんなとき、物見の一人から報告が入る。信盛は投げやりに連行を命じた。連れて来られたのは商人風の身なりをした男である。しかしその眼光はただものではなく、物見が怪しいと思って捕まえたのもうなずけるところであった。そして信盛はあることを思い出す。

「尋問する故、持ち場に戻るが良い」

「はい」

 信盛は梶川高盛ら尾張衆を持ち場に戻す。なぜなら男に見覚えがあったからだ。確か荒木村重に仕えていた忍びである。さらに信盛はその場から人払いをする。そんな信盛の行動に忍びはにやにやとした笑みを浮かべていた。自身の心境を見透かされていたようで信盛は苛立つ。


「何用だ」

「いえ、我が主も無事逃げ延びて今では一城の主となっております。それゆえ、織田家内でお世話になった佐久間様にご挨拶をと」

「敵方からの挨拶などいらん。さっさと用件を言え」

 信盛は苛立ちを隠せなかった。

「ならば単刀直入に申しましょう。上様、いえ信長は上意下達を至上としております。我が主村重はどんな命令であれ、よりよいと思うことがあれば従わないことがありました。その結果勘気をこうむっています。佐久間様も我が主と似た性格では? 確かに譜代の家臣であるため、少々のことでは勘気をこうむることはないでしょう。しかし思い当たる節はいくつかあるはず」

「それで何だ? わしに謀叛せよとでも言うのか? まさかそれでお前の主がどうなったか知らぬ訳でもあるまい」

「そうは言っておりません。しかし絶対に安全な方法が一つあります」

「何だ」

 信盛は思わず聞いてしまってからしまったと思う。ここでその方法を聞くということはその気があるということになる。普通ならこんな使者は斬るか捕えて信長に差し出すべきであった。


「今天王寺砦に集めている兵糧を満載して本願寺に入城することです」

 石山本願寺は天下の堅城で立てこもる門徒は織田軍への憎しみに満ちており、力攻めで落とすことはほぼ不可能である。そのことは信盛が一番よく知っていた。そこに今信盛の手元にある兵糧を運び込めば、さらに数年は持ちこたえるだろう。

「さすればいつ勘気をこうむるかという恐怖から解き放たれます」

 信盛は頭を抱えた。ここ最近、本願寺の士気が上がっているという報告を聞くたびに信盛の中に恐怖が湧き上がってくるのだ。そのため、夜も満足に眠れず食事も味がしなかった。

「解放か……まあよい、お主は胡乱なものなので我が陣内で捕らえておく」


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