第三次岩村城の戦い Ⅰ
信忠軍が救援に来ると聞いた両軍は決戦に備えて一切交戦しなかった。十一月二十二日、信忠軍は岩村城近郊に到着した。武田軍もそれに合わせて迎撃態勢をとる。
岩村城
織田軍は数で勝る上に岩村城兵と信忠軍で武田軍を挟撃する形となったが、城将河尻秀隆は首を捻っていた。
「武田軍はなぜ我らと救援軍の間に布陣している?」
「さあ……」
家臣も首を捻る。通常、いくらかの抑えの兵を城に残して信忠軍を迎え撃つはずである。しかし武田軍はまるで岩村城など存在しないとばかりに信忠軍に全軍を向けている。
「何かの罠ではないか? どこぞに武田の兵が隠れていないか探って参れ!」
「はいっ」
河尻秀隆は首を捻った。が、そこへ息を切らした見張り番が駆け込んでくる。
「殿、武田軍が動きました。救援軍に攻撃を仕掛けている模様です」
「何だと……」
秀隆は焦った。通常ならばここで武田軍の背後を突かなければならない。しかしあまりに無防備な武田軍の動きが気になる。万一秀隆が出陣して留守中に城を奪われでもしたら大変なことである。
「何が何でも周囲に武田軍が隠れていないか探し出せ! 城兵はいつでも出陣出来るよう準備を!」
秀隆は苛々しながら命じた。
武田軍
「全軍進め、織田軍には越中でも完勝した! 恐れることは何もない!」
「おおおおおおおおおおおお!」
俺の声に応えて地を揺るがすばかりの咆哮が響き渡る。武田軍がじりじりと地を埋め尽くすように進軍すると織田軍は当然簡易柵を立てて鉄砲を構えた。それを見た武田軍も用意していた土嚢で即席の防壁を築く。
「鉄砲隊構え!」
「撃て!」
織田・武田両軍から大量の銃弾が飛び交う。武田軍はどうせ騎馬隊で突撃をかけてくるのだろうと思っていたのか、身を乗り出して銃を構えていた織田兵は銃弾を受けてばたばたと倒れた。
武田軍は農兵を常備兵に切り替えるのと同時に、潤沢な資金で鉄砲も集めていた。当然そのことは織田軍も知っていたのだろうが、信玄時代、長篠の戦いといずれも騎馬突撃の印象が強かったために実際に目にすると意外だったのだろう。とはいえ、銃で撃ち合うだけならどうということはない。すぐに織田軍も立て直し、両軍至近距離での撃ち合いという奇妙な戦場になった。
岩村城
「見つけました、数百の武田軍が城周辺の山をうろついております!」
すでに決戦が始まり、盛んに銃声が聞こえてくる。焦る秀隆の元に待ちに待った報告が来る。秀隆は思わず膝を叩いた。
「場所はどこだ? 今すぐ叩き潰し、その勢いで武田の背後を襲う! 留守兵は何があっても城を出るな。城門を固く閉ざして守れ」
秀隆は厳命すると城兵の半分に当たる千五百の兵を率いて撃って出た。見張りに案内させつつ山の中を進んでいくと武田の旗指物が見える。
「馬鹿め、こちらが城を出たところを奇襲するつもりなのだろうが、そうはいくか。突撃!」
秀隆は武田軍に向けて突撃する。が。
武田軍がいると思ったところには武田の旗指物が無数に立っており、ところどころに人を小馬鹿にした表情の案山子が立っているだけだった。
「おのれ!」
秀隆は激怒する。武田は兵数が少ない。だから旗指物で伏兵を偽装し、秀隆を釘付けにしようとしたのだろう。
「かくなる上はこのまま武田軍を襲う!」
冷静さを欠いた秀隆は突撃を決意した。信忠に報告の使者を送るとそのまま自らが率いていた千五百の兵を率いて武田軍を急襲する。撃って出ないと思われた城兵が撃って出たことで武田軍は慌てふためいている。
「あのような小細工で我らをだましとおせると思ったか!」
秀隆の軍勢が武田軍に接触する。軍勢の背後ということは勝頼の本陣があるのだろう。そこを突けば必ず武田軍は混乱するはずだ。そこへ信忠軍が攻め込めば必ず武田軍は敗走する。秀隆はこれで汚名返上出来る、と確信していた。
が。
「突撃―!」
突如河尻軍の背後から数百の騎馬隊が現れた。
「あの旗指物は偽装ではなかったのか?……いや。見張りは確か動き回っていると言っていた。旗指物の他にも騎兵がいたというのか!?」
挟撃に成功したつもりか、いつの間にか挟撃されていた秀隆の軍勢は混乱した。秀隆はとっさに逡巡した。本来ならすぐにでも退却して軍を立て直すべきである。しかし信忠に挟撃しましょうという使者をすでに出してしまっている。もしここで退いても信忠の軍は動いてしまう。仮に秀隆が退いたとしても信忠軍は一万。数で勝っている以上問題はないのだが信忠は信長の嫡子である。そのために秀隆は逡巡し、それが命とりになった。
「岩村城将河尻秀隆殿とお見受けする! 土屋昌恒見参ッ!」
名乗りとともに一人の武将が秀隆に近づいて来る。ここで敵将を討ち取ればまだ逆転の目はあるかもしれない。
「くそっ、返り討ちにしてくれるわ!」
秀隆も槍を構えて応戦する。昌恒が繰り出す槍を秀隆が捌く。秀隆の反撃を昌恒が交わす。そんな応酬が二十合ほど続く。昌恒は突きをかわされてやや重心を崩す。周囲の河尻軍は大将が一騎打ちをしている間に敗走している。
(今しかないか!)
秀隆は昌恒の隙に対して渾身の一撃を放つ。が、昌恒はよろめきつつも馬を操って秀隆の槍をかわす。
(槍は互角でも馬術の差に敗れたか……)
次の瞬間、昌恒の槍が秀隆の胸を貫いた。




