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岩村城

天正七年十一月五日 春日山城

 勝頼からの書状を託された海津城主武田信豊は春日山城を訪れた。昨年は武田上杉の大軍で包囲されていた城も、現在はすっかり平和になり城下町は賑わいを取り戻している。

 信豊は春日山城謁見の間に通される。そこに現れた上杉景虎は一年を経てすっかり上杉家当主が板についたようで、信豊は少し驚く。

「このたびは遠路はるばるお越しいただきご苦労様です」

 景虎が笑顔で信豊をねぎらう。

「いえ、こちらからお願いしたい儀がございますので」

 そして信豊は勝頼からの書状を差し出す。景虎はそれを読む。内容は景虎に加賀の一向一揆を救援して欲しいという内容だった。一向一揆からも同様の要請は来ているし、勝頼からもちらっとではあるが似たような話を聞いていたので驚きはない。


 が、今回はそれに加えて武田軍が時期を合わせて美濃に攻め込むということが書かれていた。現在の上杉家には織田家どころか柴田勝家軍とすら戦える力があるかは分からないが、景虎は意を決した。

「元々兄上(勝頼)の助力で今の私があるようなものです。それに父謙信も助けを求める者を見捨ててはならないと常々言っておりました。いいでしょう、我らは加賀へ出陣いたしますとお伝えください」

「ありがたき幸せ」

 信豊は頭を下げた。


 一週間後、春日山城に新生上杉軍が集結した。上杉景虎率いる五千、新発田重家率いる三千、上杉景信ら一門衆二千の合計一万である。これに北条景広・河田重親ら越中国の軍勢三千、遊佐続光ら能登衆二千が加わる手はずとなっている。


十一月中旬 信濃深志城

 俺は土屋昌恒、荒木村重、小山田信茂ら甲信の武将を集めて美濃侵攻の準備をしていた。武田直属の軍勢は農兵を戻しているため五千ほど、そこに木曽義昌・保科正俊・下条信氏ら南信濃衆二千ほどが加わる予定となっている。

 一方、遠江の真田昌幸や駿河の穴山信君も時を同じくして徳川領に攻め込む手はずとなっている。

「このたびの遠征ではどの辺りまで攻め込む予定でしょうか?」

 昌恒が尋ねる。

「とりあえず岩村城を攻める」


 岩村城は武田対織田の戦争において因縁のある城である。ちょうど信濃から美濃への侵攻路にあり、元々は織田家に従う遠山景任という武将が城主であったが、死後信長の子、勝長を養子に迎えて遠山夫人が城主代行のような立場となった。

 武田信玄の西上時、猛将秋山虎繁(信友)が岩村城を攻撃。武田の猛攻に耐え兼ねた城方は遠山夫人が虎繁に嫁ぐことで開城することになった。

 信玄の死後、今度は織田信忠らが反撃。虎繁が城兵などの助命を条件に開城するも、虎繁は磔となる。その後は信忠の武将である河尻秀隆が城主を務めていた。

 そのため、岩村城の奪還は戦術的にも気持ち的にも大きな意味がある。


「何とか織田本隊が救援に来る前に岩村城を落とし、そこで信長を迎え撃つ。その間に石山本願寺や別所長治らが兵糧の搬入に成功し、景虎殿が加賀の織田軍を倒せば最低限の目標は達成だ。出来ればそれらの方面の救援のために引き返す信長の背後を突き、勝利出来るのが望ましい」

「だが信長は来ないかもしれぬぞ? 本願寺や三木城を落とすことを優先するかもしれぬ」

 村重が例によって不気味に笑う。

「信長が来ないのならば岐阜城を目指すだけだ」

 ちなみに現在、美濃尾張は信忠が治めている。岐阜城を落とすのは難しいだろうが、かつては居城としていた岐阜城を囲まれてはさすがの信長も引き返さざるを得ないだろう。

「そうか。それならば良い」


十一月十七日 美濃

 上杉軍が加賀に入りそうだという報を聞いた俺は七千の軍勢を率いて美濃へ侵攻した。武田軍の侵攻を阻むものは何もなく、するすると岩村城までたどり着く。城将の河尻秀隆は援軍を待つ戦略のようで固く城門を閉ざして撃って出なかった。


 岩村城は険阻な山の中にある城で、織田家が奪い返してからはさらに改修が重ねられていたらしい。元々地形に守られた堅固な城だったが、主要な攻撃箇所となる斜面の下方には三重四重の城壁が築かれており、容易には落とせない構えになっている。

「これは力攻めは無理だな」

 俺は城を見つめながらつぶやく。ちなみに千代女の報告によると現在中には三千の兵士が籠っているという。武田軍侵攻の報を聞いて増員したという。

「そうだな。兵糧攻めがいいだろう。もっとも、あちらは長期戦にするつもりはないのだろうがな。もし長期戦の覚悟があれば俺なら城下の米は一粒残らず城の中に入れる」

 籠城経験者の村重は語る。確かに近隣の村は住民が避難しているものの、家財道具一式持って避難というよりは、一時的な退避という感じだった。

「つまり、向こうはすぐに援軍を送る構えということか」


「申し上げます、岐阜城から織田信忠以下一万の軍勢が出立しました!」

 そんなことを話しているところへ忍びが息をきらしながら報告に来る。

「来たか」

 今度は越中で戦った時とは違い、正真正銘の織田本軍である。負ければ作戦はいきなり頓挫するが、勝てば状況によっては信忠を討つことも出来る。俺はごくりと唾を飲みこんだ。


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