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荒木村重

 そんな訳で、摂津尼崎城からはるばる甲斐の国まで荒木村重がやってきたという。さすがの俺も思わぬ大物の登場に思わず絶句した。


 荒木村重は元々摂津の池田氏という国衆の家臣だったらしいが、信長の台頭に乗っかって下剋上を果たし、主家を家臣にしてしまったらしい。信長に仕えてめきめきと頭角を現し、中川清秀や高山右近などを指揮して一軍団として活躍していた。しかし最近突如として謀叛。居城の有岡城の守備を家臣に任せて逃亡して今に至るという訳である。


 正直経歴だけ見ると全く家臣にしたくない人物である。下剋上はするわ、織田家には突然謀叛するわ、城を捨てて逃げるわ、もう最悪だ。それでも迎えることにした理由は彼が有能で武田家に人がいないという現実が一つ。もう一つは、こいつが仮にどうしようもない奴だとしても織田家との最前線に配置すれば死に物狂いで戦うしかないだろうということである。


九月下旬 躑躅ヶ崎館 謁見の間

「勝資、これは大手柄だ」

「いやー、私もまさか本当に来てもらえるとは思いませんでした。でも大丈夫なんですかね? 相当やばいやつですが」

 勝資は自分で連れてきておいてかなり心配そうである、

「何でもいい、織田との戦いで一軍を率いられる人物であれば」

「まあ、確かに」

 勝資は苦笑した。一応小山田信茂を深志城に入れて美濃方面への備えとしているが、正直なところ役者不足感は否めない。もし美濃に攻め入って城をとればその城に入れる人物が必要となるが、あまり安心して任せられる人物はいない。


「では通します。荒木殿、こちらへ」

 すると部屋の扉が開き、一人の男が入ってくる。謁見にあたり最低限の身なりは整えてはいるが、長旅のせいか髪はくしゃくしゃ、身体は痩せこけているのに目だけはらんらんと輝いて幽鬼のような姿になっている。まさに得体の知れない男といった感じだ。

「荒木村重と申す。以後よろしく」

 そう言って村重はどっかと腰を降ろす。

「武田勝頼だ。遠路はるばるご苦労であったな」

「くくく、籠城生活に比べれば旅の辛さなど屁でもない」

 村重は何がおかしいのか口元に笑みを浮かべている。大丈夫か? 信長に叛いた理由は気が触れたとかじゃないよな? 勝資の顔は早くも引きつっている。これは確かに大変だ。


「それでは早速いくつか伺いたい。そもそもなぜ信長に叛いた?」

「奴が愚かだからだ」

「愚か?」

 俺は斜め上の答えに困惑する。その愚かな奴一人に毛利長宗我部上杉武田本願寺はまとめて蹴散らされそうなんだが。


「そう。俺は元々摂津の豪族。だからかの地に詳しいし、実際うまく摂津を統治していた。それがあの男は勝手なことをいちいち抜かしてきてな。一つ例を挙げれば一向宗の取り締まりだ。別に反乱を起こしていない一向宗など放っておけばよいものを」

 確かに一向宗は石山本願寺を中心に長い間信長を苦しめ続けてきた。村重によると摂津の一向宗は村重の統治が絶妙だったために反乱を起こすこともなかったという。しかし信長はいつ反乱を起こすか分からないため、取り締まり要求してきたらしい。


「他にもいちいち俺の摂津統治に口出ししてくる。最初は無視していたが、そのうち中川清秀の兵士が本願寺に兵糧を横流しした。そしたらあの男、それを俺の摂津統治と結びつけて糾弾してきやがったのさ。お前のやり方が緩いからそうなるんじゃないのか、とな。俺は無視しようと思ったがそしたらあろうことか呼び出しがかかった。だから身の危険を感じてやむなく叛いたまでだ。まあ、清秀の奴は真っ先に降伏したがな」

 問題は在地の勢力VS集権を進める戦国大名というよくある構図に聞こえたが、そこに村重という強烈な個性が挟まっているせいでそうは見えない。こいつ信長のこと無視しすぎだろう。俺のことも無視するんじゃないか?


「まあ清秀や右近のような風見鶏はさておき、実際摂津国は当初はお祭り騒ぎだった。信長と俺、どっちに治めてもらいたいかでいえば一目瞭然だからな」

 有名な例で言えば、あの黒田官兵衛の主君小寺政職も村重に味方している。俺には全く理解出来ないがこの男に人望があるのは事実らしい。まあ、人格がこれでも統治自体は良かったと思うことにしよう。


「じゃあ何で有岡城を脱出したんだ?」

「俺の身の危険を避けるために挙兵したのに討ち死にしたら意味ないだろう?」

 それはそうだな。この後一族郎党ことごとく磔にされるがな。すでにされてるかもしれないが。

「ちなみに、もし俺に仕えたとしてやはり意に添わぬ命令であれば無視するのか?」

「無視されないような命令を出せばいいことだ」

「貴様……」

 思わず勝資が刀に手をかけるが、俺は手で制する。摂津ではこいつは信長より自分が偉いと思っていたのだろうが、甲信はこいつにとってはよそだ。俺の言うことを無下には出来まい。


「まあ待て。村重よ、お主には対織田の主力方面になってもらうことを期待している。それでも良いか?」

「そうなるだろうな。いいぜ、あいつ今頃俺の家族を磔にして喜んでるだろうからな。俺にも思うところはある」

「とはいえ、本格的な織田領への攻撃はもう少し先になる。それまで、小諸城を与えるからそこで兵の訓練をするがいい」

 小諸城に入っていた武田信豊は現在海津城に入っており、現在武田信廉が大島城と兼任で城代をしている。領内にはこういう城は結構あるので与える城には事欠かない……言っていて悲しくなってきたが。


「お、いきなり城と兵士をもらえるとは太っ腹だな」

「その代わりいきなり活躍してもらうがな」

「いいねえ、長篠で負けた家と聞いていたが武田もなかなかどうして悪くないな」

 そう言って村重は退出した。後に残された勝資は大きなため息をつく。

「御屋形様、本当にあんな奴に城を与えるんですか?」

「いや、お前が連れてきたんだが」

 俺もため息をついた。


突然尖ったキャラランキングトップに躍り出た村重さん。

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