表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/66

謙信の死

天正六年三月十五日


「上杉謙信、春日山城にて急死!」


 その報を聞いた武田家の者たちの反応は様々だった。信玄の時代から争った仇敵が死んだことにほっとする者。信長包囲網最強の謙信が死んだことに対する不安。長篠の戦いで世代交代が進んでしまった今、後者の方が多いような気がする。


 一方そのころ、駿河西部では徳川家康が田中城を包囲しているという報も入っていた。田中城は駿河西部の要衝で、現在は山県昌景の一族昌満が守っている。本来ならすぐに救援の軍を起こすところだったが、越後の情勢の方が気がかりである。それに勝頼の知識によると田中城は堅固ですぐに落ちるという状況ではないらしかった。


「盛時を呼べ」

 俺は武田の諜報を担っている望月盛時を呼び出した。呼び出された盛時はどこにでもいるような印象に残らない武士という趣だった。しかしその実、歩き巫女の統領である望月千代女という女が男装した姿である。武士だらけの躑躅ヶ崎館を歩いていても誰一人気にも留めないという見事な変装術である。

「望月盛時、ただいまはせ参じました」

 千代女は恭しく頭を下げる。


「越後の件だが、どうなると思う」

 俺は単刀直入に尋ねる。

「はい、謙信は数日前に突然倒れ、二、三日意識が混濁した状態でのたうち回っていたとのことです。そして三月十三日に息を引き取ったと。気になるのは、病床の謙信の枕元にいたのは景勝の方であるということです」

 上杉謙信はよく知られている通り、戦国武将にしては珍しく妻をめとらず、二人の養子を迎えていた。一人が自身が従属させた上田長尾家出身の景勝。なお、上田長尾家は当主政景の事故死により現在は滅びている。もう一人が小田原北条家から迎えた景虎。現当主北条氏政の弟とされ、越相同盟(上杉家と北条家の同盟)の際に謙信の養子に迎えられた。実質人質ではないかと揶揄されながらも、謙信は景虎を可愛がったとも言われている。


「それは景勝が後継になるということか?」

 すると千代女は微妙な顔つきになった。

「いえ……何分急な昏倒だったため、たまたま景勝が側にいたのか意図的にそうなったのかまでは分かりません。それにそれまでに謙信が後継を決めていたという話もありません」

 ちなみに謙信は昨年の暮れに大動員をかけており、今年の春には越中、能登を越えて加賀から織田家に攻め込むともっぱらの噂であった。つまり、本人はまだまだ死ぬつもりはなかったということになる。


「ですが景勝が謙信の最期に立ち会っている以上、謙信の遺言は『跡継ぎは景勝であった』と公表される可能性が高いです」

「だろうな」

 俺が景勝なら謙信が何と言おうがそう公表するだろう。後継がはっきり決まっていない以上、後継争いに負ければ始末される可能性すらある。

「当然景虎は納得しないでしょう。もし景虎が納得しても氏政様は納得しないでしょう。これはあくまで推論ですが、内乱が起こる可能性は高いです」


 後継者が決まっていないということはどちらにも可能性があるということである。氏政からすれば身内を上杉家の当主にして越後へ影響力を拡大したいに決まっている。そして史実では千代女の推測通りに事態は推移する。氏政は景虎を支援するため、兵を越後に侵入させた。

 だから俺は今の推測を聞いて彼女の洞察力を信用することにした。

「春日山城の間者を二倍に増やせ。景虎にも間者を増やせ」

「とはいえ、数にも限りが」

「仕方ない、美濃と小田原の間者は引いていい」


「美濃でございますか」

 思わず、といった様子で千代女が聞き返す。俺は歴史知識としてしばらく信長が武田を攻めてこないことを知っている。

「そうだ、信長はおそらく攻めてこない。それよりも越後の状況を知りたい」

 俺に歴史知識があるとはいえ、景勝と景虎の細かい動きまではさすがに覚えていない。

 それに。史実では武田は景勝に味方して北条家と敵対することになる。武田家の運命を変えるのであれば御館の乱での対応を考えなければならない。だとすれば情報が必要だ。

「分かりました。そのように手配いたします」

 千代女は一礼してその場を去った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ