今福昌和
さて、俺はたまたま所用で古府中に今福昌和が来た機会に昌和を呼び出すことにした。昌和は壮年の武将で、現在諏訪高島城の城代をしている。信濃衆ということでこのたびの御館の乱には武田信豊の指揮下で従軍していたという。
ちなみに史実では謀叛した木曽義昌を攻めた鳥居峠の戦いで敗北した後、仁科盛信とともに高遠城にこもって織田軍に討たれている。負けているのが気がかりであるが、甲州征伐の折には一戦もせず降伏や逃亡した者が多いため、戦っているだけマシな気もする。
「何でございましょうか」
呼ばれてきた昌和は用件に全く心当たりはないようで少し困惑しているのが感じ取れる。
「昌和よ、越後出兵の折の戦功は見事であった」
「ありがたきお言葉」
昌和はそう言って頭を下げる。
「今日呼んだのは他でもない、現在武田家は人材が不足している。そこで、お主は武田を代表する名将になる気はないか?」
「もちろんなれるものであればなりたいとは思いますが……」
昌和は言葉を濁した。武田を代表する名将と言われて山県昌景や馬場信春の名前が浮かんだのだろう。彼らと比べると誰しも自信がなくなるのは致し方ない。
「そんなに緊張することはない。俺が求めているのは武将としての戦功だ」
「それならばいささか自信はあります」
「いい心がけだ。では美濃と遠江を選ぶが良い」
美濃を選べば対織田、遠江を選べば対徳川ということになる。おそらく武田の領内で戦いになる可能性があるのは今のところその二か所である。
「高島城は……」
「他の者に任せる」
大島城の武田信廉あたりでいいだろう。その言葉で昌和は俺の本気を察したようだ。
「では遠江でお願いします」
「よし、昌幸には俺から連絡しておく。存分に手柄を立てるが良い」
「はいっ」
美濃と遠江、と尋ねたがおそらく美濃方面ではしばらく戦いはない。美濃には織田信忠がおり、うかつに攻め入れば痛い目を見る可能性がある。それに信濃の兵は長きに渡る越後出兵で疲弊している。遠江であれば徳川が定期的に仕掛けて来るし、昌和の領地からも遠い。だからある意味昌和のやる気を試したとも言える。
天正六年十一月二日 遠江犬居城
真田昌幸は頭を抱えていた。
「御屋形様も無茶だ……見知らぬ城の城主を任された上、首を獲らない戦闘に今福殿に手柄を立てさせる? わしを買い被っているのではないだろうか」
「殿、二股城より急報です! 二股城の大久保勢がこちらへ向かって出撃したと!」
悩める昌幸の元に駆け込んできたのは矢沢頼綱であった。遠方からやってきた昌幸にとっては連れてきた家臣しか心を許せる存在しかいない。
「こんな時に……いや待てよ? 案外一戦して勝った方がうまく行くかもしれぬ」
この辺りの中小領主も戦国時代の常として、今川、徳川、武田の間を行ったり来たりしている。彼らを治めるには強さを示すのが一番手っ取り早い。
「敵勢の様子は?」
「数は二千ほどですが木材などを持った部隊が続いております。我らの城の周辺に付城を築くと思われます」
「なるほど、兵糧攻めか」
犬居城を一つとった程度では真田勢三千を養う食糧は賄えない。従って信濃からの輸送に頼らざるを得ないため、それを断ち切るというのは有効な手であった。
「よし頼綱、五百ほどの兵を率いてうまく負け、徳川勢を城付近までおびき寄せよ」
「しかし残り二千五百の後詰がいると分かって追ってくるでしょうか?」
「そこはやりようだ。そしてついでだが、今回は敵の首にこだわるな」
「は?」
唐突な命令に頼綱は首をかしげる。
「は? ではない。以前言ったはずだ、御屋形様からの指示であると。ちょうど小規模の戦だ、これを機にやってみるしかあるまい」
「分かりました……」
頼綱は不安げに平伏した。




