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転生

天正六年(1578年)某月 信濃国海津城付近

 千曲川河畔の平野部を地を覆うばかりの武装した兵士の大軍が北上する。その数は二万に届こうとし、彼らが翻す武田菱の旗はまるで林のようだ。かつては信玄と謙信が激闘を繰り広げたこの周辺も、現在は武田氏が支配を盤石としている。


「いよいよ越後が近づいております」

「うむ」

 傍らで土屋昌恒が感慨深そうに言うと、俺、武田四郎勝頼は緊張しながら頷く。

「長篠で負けて以来苦難の道のりでしたが、ようやく挽回の好機が巡って来ました」

「そうだな」

 俺の口数の少なさを昌恒は越後での戦術を思考しているからと解釈したのか、沈黙した。が、実際は何のことはない、俺は勝頼に転生してから初めての戦に緊張しているというだけのことであった。



***

 俺、竹田和義はしがないブラック企業のサラリーマンだった。取り立てて何か取り柄がある訳でもなく、唯一の趣味である歴史オタクも特に仕事の役には立たない。勤めて五年目だったが仕事の量は増える一方、社員は脱落していく一方だった。


 そんな中、俺はもう何日連続か分からない、日付が変わるまでの残業を終えて車に乗り、帰路に着いた。

「うう、眠い……家に帰って泥のように眠りたい……」

 しかし家に帰れば明日の会議の書類を作らなければならない。

「もうこんな会社ばっくれてしまおうか……」

 日本には言霊という考え方がある。俺は後になってそれが本当にあるのではないかと思い返すことになるとも知らずにそんなことを言った。実際は眠ってしまう寸前でばっくれる気力すら湧かないが。

 車の暖房がきいてくると一気に睡魔が鎌首をもたげて襲い掛かる。

「あと少し、あと少しで家だ……」

 俺は頬をつねりながら懸命にハンドルを握る。が、ついに耐え切れなくなり瞼と瞼がくっつく次の瞬間、何か大きな音がしたと思ったら俺は意識を失った。



***

「ここはどこだ……」

 俺は知らない寝室で目を覚ました。目の上には知らない天井が広がっており、畳に布団の広くはない部屋に寝かされている。傍らには知らない男が座っている。年のころは三十ぐらいだろうか。和服を着ているのに驚いたが、見れば俺も和服であった。

「お目覚めですか御屋形様!」

「おやかた……さま?」

 俺はオウム返しに呟く。そして脳裏に走馬燈のようにこれまでの記憶がフラッシュバックする。



***

 俺の名は武田勝頼。父は超有名戦国武将の武田信玄、母は信濃の豪族諏訪頼重の娘。武田家の四男として生まれたが、兄義信の謀叛疑惑などがあり、五年前に父の死後家督を相続。当時武田家は東の北条家と同盟を結び、信玄の死により上杉家との敵対関係も融和に向かっていた。代わりに美濃にて織田家と、遠江・三河にて徳川家と干戈を交えていた。


 相続当初は美濃明智城、遠江高天神城を落とすなど有利になったものの、畿内の情勢が変わり織田信長が本腰を入れて徳川家康の援軍に現れた長篠の戦いでは惨敗。多数の将兵や宿老、そして武田家の威信を失った。その後三河・遠江戦線では敗北を重ねて今に至るという訳である。



***

「はっ、わしは一体どうして?」

「それが突然ひどい頭痛に苦しまれ、倒れられたためその噂が広まらぬようにとこちらへお連れいたしました」

 この男の名は土屋昌恒。長篠で大量の家臣が討ち死にした後、無二の忠臣の一人である。

「いや、大丈夫だ。もう何ともない」

 生前、日本で感じていた慢性的な睡魔や消えない疲労は勝頼の体にはなかった。劣勢の状況とはいえ、鍛えられた肉体はびくともしていない。

「それは良きことです。御屋形様さえご無事であれば武田家はまだまだ盛り返すことが出来ます」


 そんな昌恒の言葉で俺はふと思い返す。長篠の戦いで負けた後の武田勝頼はかなり詰んでいるのではないか? このころすでに織田信長は第二次信長包囲網を突破し、浅井朝倉を滅亡させ、足利義昭を追放し、畿内を掌握していた。

 北陸では上杉謙信と、大阪では本願寺と、中国地方では毛利家との戦いが続いており、第三次信長包囲網が敷かれているが、信長が包囲されているというよりは四方八方を攻めているという状況であった。

 現状武田家は徳川家康と岐阜の織田信忠相手に苦戦を強いられている。もし信長が主力を率いてやってこればその均衡はたちどころに崩れるだろう。


(何で俺はこんなタイミングで勝頼になってしまったんだ)

 肉体的な頭痛は治ったが、今度は精神的な頭痛に襲われそうだ。が、そんなところに一つの報が舞い込んだ。


「申し上げます! 上杉謙信、春日山城にて急死!」


「何だと……!?」

 ここから史実で言うところの御館の乱が始まる。史実での武田家は対応を誤り(結果論と言えなくもないが)、衰退に拍車をかけた。だがうまく行けば勢力を取り戻すきっかけになりえる。

(いいぜやってやる、どうせ現代でも過労死が待っている社畜だったんだ、だったらやりようがあるだけこっちの方がましだ!)

 こうして俺と武田家の起死回生をかけた戦いが始まる。


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