景勝の一手 Ⅰ
八月二十日
「そろそろか」
「ですね」
俺たちは春日山城からの報告を聞きながら緊張の面持ちをしていた。城内からは脱走が相次ぎ、弾薬も減ってきているという。食糧だけは兵数が減っているため大丈夫らしい。士気も落ち込みが激しく、そろそろ総攻撃のころあいではないかと思われた。
「御屋形様」
が、そこへ慌てた表情の千代女が駆け込んでくる。
「どうした?」
「申し上げます。現在、尾張美濃飛騨の兵を集めた斎藤利治・姉小路頼綱・神保長住の軍勢が越中へ向けて北上中とのこと」
「何?」
確か斎藤利治の越中侵攻はもう少し後だったはず。しかも前回神保長住を破ったばかりだというのに、なぜそうなった? 史実との状況の違いは景勝が劣勢に立たされていること。単に景勝が滅びる前に介入しようというのか、それとも……
ちなみに、斎藤利治は織田信忠の側近であり、史実では越中の上杉軍を破っている。
「数は分かるか」
「五千はくだらないかと。飛騨や越中の兵士を加えればさらに増えると思われます」
「今度は本気か」
前回の神保長住の侵攻は正直に言えば片手間のような形であった。とりあえず乱が起こっていて長住に人脈があるため派遣したというぐらいだろう。だが、今回は恐らく本腰を入れての侵攻である。
「仕方ない。俺が行くしかないか」
「だ、大丈夫なのですか!?」
思わず景虎が叫ぶ。正直なところ俺も長期間領地を離れている上に、徳川家康が不穏な動きを見せているため越中にまで足を伸ばすのは嫌だ。しかし越後の君主になろうとしている景虎を春日山周辺から放すのは厳しいし、失礼になるから言わないが景虎軍は今のところ八千ほど。織田軍に必ず勝てると言うほどではない。武田軍の一部を援軍につけるという方法もあるが、現在の力関係的に武田軍が景虎の指揮にすんなり従うかは疑問がある。
「とはいえ、織田家は俺の敵でもある。ここで織田家を叩き潰すことが出来れば俺にとっても大きな意味がある」
「……そうですね。やはりこれも私の力不足故に」
景虎は申し訳なさそうに目を伏せる。口に出さなくともやはり分かってしまうか。
「それについては今後巻き返していくしかないだろうな」
「はい。ですが何もしないという訳にもいきません、せめて景広をお連れください」
「分かった。それはありがたくいただこう」
こうして俺は越中に出陣することにした。春日山周辺に武田信豊率いる信濃衆五千ほどを残し、武田軍一万五千に北条景広軍三千を加えた一万八千の軍を率いて越中に向かった。
斎藤利治らは飛騨・越中の姉小路・神保の兵を合わせ一万余の軍勢となり、再び増山城を囲んだ。一方こちらにも越中松倉城主の河田長親や椎名氏らの軍勢が加わり二万の軍勢となった。今回は急な進撃だったため増山城はまだ落ちていなかった。
八月二十六日
「敵の動きに不審な点はないか」
「はい、今回は増山城も無事です。織田軍は士気は高いですが伏兵などは確認出来ません」
増山城付近に布陣した俺は千代女に状況を確認する。
今回武田軍は二万、織田軍は一万。しかも増山城にいる上杉軍はこちら側。普通に考えればこちらが負けるはずのない戦いである。ちなみに、史実では月岡野の戦いという戦いで河田長親らが大敗しているが、所詮越中の一部隊で挑んで負けただけとも言える。
「なぜ織田軍は勝てると思っているのだろうな」
地の利という点では織田も武田もよそと言える。
「斎藤利治は戦巧者と聞きます。増山城背後の山に誘い込み、包囲するつもりではないかと。もしくは山に立てこもり持久戦を始める気かと」
確かに武田軍はすでに三か月ほどの出兵となっているし、春日山では景勝が粘っている。しかも駿河では徳川家康がちょっかいを出していると聞く。今出陣したばかりの織田軍に持久戦を仕掛けられれば勝つのは難しい。
「なるほど。それなら前回と同じになってしまうがまた背後から襲わせるか」
兵力の優位がある以上、挟撃は有効な手段だろう。
俺は昌恒に三千の武田兵と二千の越中国衆をつけて増山城背後に迂回させた。作戦は単純で、まず普通に俺率いる本隊が麓の織田軍を攻める。織田軍はおそらく山間に撤退する。その背後を昌恒が突くという訳だ。最悪昌恒の部隊の奇襲がばれたとしても、織田軍が山に撤退できなければ数の優位を生かして殲滅出来る。
俺は昌恒が山に入ったころあいを見て命令を下す。
「全軍突撃!」
「おおおおおおおおっ!」
先鋒の北条景広・小山田信茂の軍勢が織田勢に襲い掛かった。
同じような内容の繰り返しになってしまったのでさくっと終わらせるため二話連投します。技量不足ですみません。




