越中増山城の戦い
土屋昌恒・北条景広らの軍勢六千は春日山城周辺を出発し、増山城に向かった。増山城は越中西部の城で、神保氏が富山城を追われた際に籠城して謙信に抵抗したこともあった。神保氏が長年保持してきた城であり、奪い返しにくるのは妥当と言える。
現在包囲しているのは神保長住や神保氏の残党勢力、織田の援軍などを含めて五千。一方城を守る吉江宗信の兵士は八百ほど。俗に攻城戦は攻め手三倍で互角、五倍で優勢と言われている上に神保長住は城の隅々まで知り尽くしている。落城は間近と思われた。
七月四日
「増山城はまだ落ちていないようだな」
城に近づいていくと、まだ神保軍と城の上杉方で戦が続いているのか、干戈を交える音が聞こえてくる。城は山の中腹に建っているのだが、神保軍はその山に移動した。高所に布陣して迎え撃つ構えである。
だが、逆に言えば城下町がある城の西側付近に敵はいない。
「土屋殿、いったん城に入城しましょう」
景広の提案に昌恒は考える。神保勢が山に退いたのは城を包囲したまま後ろから攻撃されては勝てないからだろう。単にそれだけだとしたら入城すればいい。しかし昌恒は何となく嫌な気分になった。
(これは罠ではないか?)
「一度城中に使者を送ってみては? 神保勢の動向も我らよりよく知っているでしょう」
「確かに。それも一理ありますな」
景広は自軍の兵士から吉江家と関わりがある者を選んで密かに城に向かわせた。ちなみに吉江長忠も同行しているが、人質という意味もあるため本陣に留め置いている。
夕刻
「昌恒殿、使者が戻りません」
景広は深刻な表情で昌恒に告げた。昌恒は自分の予感が当たったことを確信した。城に送った使者が戻らないということは、向かう途中(もしくは帰る途中)に捕まったか、城中で捕まったかしかない。城が包囲されているのであれば途中で捕まることもありえるが、現在城の周辺の神保軍はこちらを警戒してか、城から戦いの音は聞こえてこないし、城の西側には敵軍もいない。
だとすれば城内で捕まって帰ってこなかったと思われる。ということは城はすでに落ちているか、吉江宗信が降伏しているかどちらかだと思われる。
「もしかしたら城はすでに落ちているのかもしれません」
そんなことになっていればさすがに分かるはず、と思われるかもしれないが吉江宗信は景勝方であり、景虎軍や武田軍とは敵同士であるため連絡経路などはない。
「分かりました。それでは我らが入城する振りをします。土屋殿は山の反対側から神保勢の背後に回ってください」
城に入城しようとすれば城中の神保勢(?)と山から襲い来る神保勢の挟撃に遭うという危険な役目だ。
「危険な役目ですが……」
「わざわざ援軍に来ていただいた武田軍にその役目を引き受けてもらう訳にはいかない」
景広の決意は固いようだった。
七月五日
北条景広ら三千の軍は増山城西門に向かった。しかし城に近づいていくと、突如城内から銃声がした。それと同時に山に布陣していた神保勢が左右から北条軍に殺到する。
「自分から山を降りてくるとは愚かな」
景広は槍をとると自ら陣頭に立つ。味方だと思っていた城中からの銃撃に動揺する兵士たちだったが、景広は率先して神保勢に突撃した。神保勢も士気は高いものの寄せ集めの軍勢である。あっさりと潰走すると思われた上杉軍からの思わぬ反撃に思わず進撃が止まる。景広の渾身の奮戦で戦況は混戦となる。
そんな中、神保長住はふと気づく。
「先ほどから戦っているのは上杉軍ばかりで武田兵はいないが……。上杉・武田連合軍というのは物見の間違えか?」
そのときだった。突然、自分の背後から物音がする。
「何だ? こんなときに喧嘩か?」
寄せ集めである神保軍に諍いは絶えない。が。
「大変です! 武田軍、背後に現れました!」
「何だと!?」
が、気づいたときにはすでに遅かった。罠にかけたつもりが罠にかかっていたというつまらない結末である。
ブスリ
どこかから飛んできた矢が突き刺さり、近くにいた兵士が倒れる。長住の顔色が変わった。
「退却! 一時退却だ!」
こうして、越中増山城の戦いでは武田・上杉連合軍が神保軍に大勝した。




