調略
六月十八日
景虎と景勝の小競り合いは続いた。景虎は城から離れて包囲を続けたが、包囲の輪を広げれば必然的に包囲は薄くなる。そこを景勝の兵が襲い、勝ったり負けたりした。景虎軍も次第に地理に詳しくなり、時々返り討ちにすることもあった。
そんな中、再び景虎が本陣にやってきた。
「勝頼兄上、活路が見えたかもしれません」
「本当か!?」
しかしその割に景虎の表情は明るくない。何というか、恐る恐るという雰囲気である。
「はい。本日破った景勝軍の兵士に、山浦国清の兵士がいたのですが」
山浦国清。信玄に敗れて謙信を頼った信濃の国衆村上義清の息子である。その後謙信の旗本となり、現在は景勝に味方していた。
「国清はいまだに信濃に未練があるとのことで、景勝に味方することはますます旧領奪還から遠のくのではないかと心配しているとのことです」
とはいえ、国清の視点だと景虎に味方したところで景虎の同盟者である俺の領地を要求することも出来ず、やむを得ず景勝に味方しているというところだろう。
「つまり、俺が領地を割譲すればこちらに寝返るかもしれないと?」
「はい」
俺は素早く考えてみる。謙信と信玄も激しく争ったが、俺と景虎は同盟している。それと同じように、俺と山浦国清も結ぶことが出来るかもしれない。だが、そのために北信の領地を与えるのは可能なのか。いや、それなら代わりに越後に領地を要求するか。
「山浦国清に与える領地の代わりを要求したらどうする」
「それは信濃の上杉領ではいけないですか」
景虎が不安そうに言う。
「だめだ。信濃の上杉領はすでに武田家が支配しているも同然だ。我らは越後内でもらいたい」
「でしたら、国清は我が方でもらっていいということですか」
景虎が悲愴な表情で言う。
「そうだな。武田が国清に領地を譲る代わりに越後の領地をもらいたい」
正直、国清をもらうという選択肢も考えたのだが、彼の心情を考えるといきなり武田家に仕えるよりは上杉家に残る方がいいだろう。
「よし、俺も一筆書くからそれで国清を調略してくれ」
「分かりました」
その後景虎は捕えていた国清の兵士に手紙を持たせて解放した。
六月二十日
「兄上、国清が味方するとのことです!」
「本当か!?」
相変わらず小競り合いを続けていた俺はその報告に思わず立ち上がる。景虎は国清からの書状を俺に見せる。確かに「領地をもらえるなら総攻撃の際に内応する」と書かれている。
「よし、これなら勝てる。攻撃の準備をするぞ」
「分かりました!」
敵同士である以上あまり詳細なやりとりはしない方がいい。俺たちはそれ以上の連絡はとらず、翌二十一日に総攻撃を行うことを約した。
六月二十日夜 春日山城景勝居室
「殿、これまで持久戦の様相だった武田軍が総攻撃の準備を進めています」
夜、景勝が一人物思いにふけっていると兼続が景勝の居室にやってきた。
「そう。何かあちらの有利になるような出来事でもあった?」
「いえ、それが……」
「そんな訳はないわ。もし武田軍が軽く一当てなんて気持ちで攻めて来るなら最初に来たときにすでに一度攻撃されている。今頃になって総攻撃してくるというのならば何かあるはず。絶対に理由がある」
普段は口数の少ない景勝だったが、興奮したのか思わず早口でしゃべってしまい、少しむせる。
「……申し訳ありません。急ぎ探って参ります」
「勝頼殿。そちらがその気なら、私を選ばなかったことを後悔させてやる」
景勝はきっと唇を噛んだ。




