管理人室「女神の間」
「あなたは半分ほど転生しました」
こじんまりとした和室の角に置かれたテレビから流れるワイドショーをBGMに、ちゃぶ台の前に座ったジャージ姿の綺麗な白髪の美少女がこちらに振り返って、無機質な表情で言った。
管理人室を訪れた菊池勝太と、その管理人たる彼女の間に流れる沈黙、そしてワイドショー。
『ドッ、ワハハハハ』
美少女はテレビから聞こえてくる笑い声に誘われるままテレビに視線を戻し、ちゃぶ台の上の木の器に盛られたかりんとうをつまみ、緑茶をすすった。
「いやいやいや、説明をお願いします」
再び無表情な美少女が勝太の方を見て湯呑をちゃぶ台に置く。
「あなたの部屋は4号棟の306号室」
「そういう事ではなくて……」
勝太の話を無視して美少女は部屋の隅を指さす。
妙に巨大なクーラーボックスが一つ、部屋の隅に鎮座している。
「転生者にはあの中から一つを与える」
「いや、転生って、俺、生きてるし」
要領を得ない勝太に美少女は無表情のまま首をかしげる。
「じゃあ、引っ越し祝い?」
「なぜ疑問形」
勝太の突っ込みに少女は無表情なままプクーと頬を膨らませプイと横を向く。
「いらないならそれでも構わない」
「いや、貰えるものは貰いますけれども」
勝太は靴を脱ぎ「おじゃまします」と告げて室内に入ると、そのままクーラーボックスの前まで移動した。
フタに手をかけて軽く持ち上げてみると、密閉された空間にシュっと空気が入る感触があって、フタが持ち上がった。
そこには氷水に浮かぶいくつかの缶ジュース――にしか見えない。
オレンジ色の缶を氷水から取り上げて商品名を確認する。
『HP成長ボーナス+5%』
オレンジ色の缶を氷水に戻し、青い缶を確認する。
『水魔法威力+20%』
青い缶を戻して虹色の缶を取り上げる。
『ユニークスキル獲得』
勝太は缶を氷水に戻すと、振り返って少女に「なんですかこれ」と尋ねた。
「転生ボーナスか引っ越し祝い、あるいはその両方」
と少女。
「あ、はい、そうでしたね」
勝太はクーラーボックスの中身の確認に戻る。
いくつかの缶を確認しながら勝太は美少女に尋ねる。
「こういうのって飲料メーカーがオーダーメイドとかしてくれるんですか?」
背後で美少女は首をかしげる。
「私が作った」
「いや、それってデザインとかでしょ?そういう事を聞きたいんじゃないんだけど」
勝太はあきらめて缶の確認を続ける。
クーラーボックスの氷水をかき混ぜて底の方にある缶まで確認していると、クーラーボックスの底で何かがキラリと光った。どうやら缶ジュース以外のものが沈んでいるらしい。「なんだこれ」
腕をまくって手を突っ込み、底に沈んでいたソレを引き上げる。
ソレは銀色の卵だった。
振り返って美少女にこの卵の事を尋ねようとして、勝太は彼女の名前を知らない事に気づいた。
「すみません」
こちらに振り返る少女。
「自己紹介が遅れてすみません。俺は菊池勝太です。管理人さんは?」
「私はイセリエス」
なんとも変わったお名前だ。日本人とは思えないが、かといって外国人とも違うような気がする。
とはいえ、日本人にとって、日本人以外は肌の色が青かろうが赤かろうが、皆等しく外国人だ。
「外国の方?」
「女神です」
「いや、確かに綺麗ですけど、自分で言います?」
「まあ、綺麗だなんて、積極的な殿方」
無表情なので、喜んでいるのか棒読みなのか判断が難しいが、一思いにとどめを刺しておく。
「あ、いや、口説いてるわけではないです」
イセリエスは再び無表情な頬をプクーと膨らませた。
勝太はため息を一つ、首を横に振った。
「いや、そうじゃなくて、コレなんですか?」
白金の卵をイセリエスの視線の位置まで持ち上げる。
「卵です」
「見ればわかります。いや、卵じゃないでしょ、明らかに卵型の何かでしょ」
イセリエスは三度頬を膨らませ、そっぽを向く。
「わかってるなら聞かないで」
「えぇー、何もわかってないよ?」
イセリエスは立ち上がると、勝太を部屋の奥の扉の方へグイグイ押した。
「ギフトを選んだら隣の部屋で装備を整えて」
「問答無用か!」
勝太は押されるまま部屋の奥の扉のノブをつかんで押し開けた。
そこは西日の差し込む殺風景な板間の部屋で、部屋の隅にそれほど大きくない衣類ダンスが一つと、それに並んで大きな姿見が置いてあった。
イセリエスは勝太を姿見の前に立たせると、観音開きの衣類ダンスを開けて中をゴソゴソしはじめた。扉に遮られて見えないが、いくつかの、たぶん服を引き出しては押し込みを繰り返し、やがてその中の一着を引きずり出した。
「何それすごい」
イセリエスの引き出したものを見た勝太は感嘆の声を上げた。
彼女の手には、暗い赤銅色のウロコを隙間なく並べて縫い付けた鎧が一着。
「着て」
言われるままに、イセリエスから鎧を受け取った勝太は再び感嘆の声を上げる。
「なんだこれ、めちゃくちゃ軽い!」
目で見ている鎧から受ける重厚感と、実際の重さの非常識なほどの乖離で自分の感覚が信じられなくなりそうだ。
見た目を整える事を優先したコスプレ衣装とは根本的に違う。正確無比な縫製、高精度なパーツ配置、それらすべてが実用を前提とした、濃密な存在感を放っている。
個々のパーツに注目しても、素材として常軌を逸している。
ウロコは堅いのかと思ったら柔軟性があり、個々のウロコの縁は勝太の爪より薄いのに爪で引っ掻いても傷一つつかない。引きちぎろうと指先で力をかけても伸びるだけで、かといって伸びっぱなしにならず、きちんと元の形状に戻る。
ウロコを縫い留めている糸は金属糸らしき光沢があるが信じられないくらい細い。それなのにいくら力をかけてもちぎれる気配すらない。勝太の知っている素材の中にこの細さで強度を保てる金属は存在しない。
ウロコの隙間から中を覗き込むと、金属糸はウロコを縫い留める土台の布にもなっているらしく、この金属糸で編まれたメッシュの上にウロコが固定されている。
裏地は柔らかい弾力のある『何か』を中綿としたキルト状のスエード生地で、肌触りは極上。
鎧にはウロコやら金属糸やらが使われているが、構造自体はシンプルで、一言で言ってしまえばTシャツと同じだ。勝太は渡された鎧を着用すると、鏡の前に立った。
イセリエスはそれを見て頷いて言った。
「リフレクトドラゴンのウロコを縫い付けたオリハルコンメッシュに、裏地は妖精の鱗粉で育てたオニオンスライムを中綿に使い、グレートアイスゴートのスエードで仕立てたダイラタントキルト」
「呪文ですか?」
勝太のリアクションにため息をついたイセリエスは「習うより慣れろ」と言うが早いか、衣類ダンスの中からするりと飛び出してきた槍を流れるような所作で構え、次の瞬間には勝太のみぞおちを突き刺していた。
それは不思議な感覚だった。
槍が刺さった場所で生じた衝撃が、並べられたウロコを伝って勝太の体の表面を回り込み、背中側で弾けたのだ。
イセリエスの目にもとまらぬ槍さばきだけ見ても、それは自分を貫ぬくには十分な攻撃だったはずなのだが、自分は全く痛みを感じなかった。
腹に接触した槍から感じた重量は決して軽くない。
切っ先は日本刀のように研ぎ澄まされており、勝太の知るどのような素材で受け止めても無傷というわけにはいかないだろう。
しかし、槍の切っ先が突き立てられているウロコには槍の先端が少し沈み込んでいるだけで、イセリエスが槍を引いた後にはどこに突き立てられたかもわからなくなっている。
「この鎧なに?ヤバくない?」
するとイセリエスは再び槍を構えた。
「今度は突き刺す前に合図するから、腹に力を入れて受け止めて」
怖さはあるが、鎧への信頼性はすでに十分思い知っている。
「よし、来い」
腹に力を入れて、ぐっと前に突き出す。
「今!」
イセリエスはそういうが早いか、槍を勝太の腹に突き立てた。
次の瞬間、バギン、という金属が激突する音がして、勝太は思わず目を閉じた。
勝太が再び目を開けた時、イセリエスの持っていた槍の刃はぐにゃりと折れて、曲がっていた。
「ドラゴンのウロコは衝撃を分散させる性質がある。中でもリフレクトドラゴンのウロコはこの衝撃を制御する能力に秀でている。意識して防御した場合、あらゆる衝撃を相手に反射する」
イセリエスは使い物にならなくなった槍を衣類ダンスに放り込むと、代わりに残りの防具を勝太の足元に積み上げた。
「頭を守るヘルムは日本の兜を参考にシコロで首元を守るようにした。本来手の甲から手首を守るガントレットは少し長めに作って腕を守るカノンと肘を守るクーターを兼ねるようにした。腰を守るタセットと腿を守るクゥイスは一体型にしたから半ズボンを履く要領で装備して。膝を守るパウレインと脛を守るグリーヴは一体型にしたからハイソックスを履く要領で装備して。あと、手袋と靴」
ポイポイと衣類ダンスから手袋と靴を取り出し装備の山の上に積み上げる。
「どの装備にも基本的な効果を付与してある。身体吸着、体温管理、防汚、属性軽減、自己修復、」
ポカンとしている勝太をよそに、イセリエスの説明は進む。
「これも渡しておく。右手の人差し指にでもはめて」
イセリエスの手には指輪が一つ。
「これはアイテム収納ができる魔法道具。いわゆる『アイテムボックス』。容量は……たくさん?」
勝太は渡された指輪を人差し指にはめる。
「出し入れは対象を意識した状態で『出そう』、『入れよう』と思うだけでいい。中身の確認は見ようと意識した時に内容物が見えるように視神経に映像をバイパスする」
何か怖い事を言っているが、とりあえず目の前の装備を収納するように意識してみる。
目の前の装備がまとめて音もなく消え失せる。
次に、収納物を見ようと意識してみると、視界の左側に格子状の枠線が浮かび上がり、その一つ一つに左上詰めで先ほど収納した装備を表すシンボルが表示されている。
シンボルはパッと見ればそれがどういった種類のものかわかるようになっていて、個々のシンボルに意識を向けると視界の右側に解説が表示される親切設計だ。
格子状の枠線は意識するだけで下にスクロールする事ができるが、今は装備しか入っていないので、空欄の枠がどこまでも下に続いているだけだ。
これは要するに、ゲームで言うところのインベントリというヤツなのだろう。
勝太はここにきてようやく、目の前で起こっている事について真剣に取り組む必要がある事に気づいた。
「次は武器を選ぶ」
そう言ってイセリエスは再び衣類ダンスをゴソゴソし始める。
「おすすめは片手剣と盾、火力は並みだけど、扱いやすいから初心者向け、極めれば単独で竜種とも戦える」
そう言ってイセリエスは一振りの剣と長方形の盾を勝太に手渡した。
「オリハルコン製の剣と、盾はさっき渡した防具と同じ仕様」
「防具と同じなら盾の代わりにガントレットで受け止めてもいいのでは?」
するとイセリエスは衣類ダンスから日本刀を取り出した。
「青生生魂製の打刀。初心者には向かないけれど、高火力。極めれば竜種とも戦える」
勝太は唾をのんだ。日本刀、それは男子にとって(最近は女子にも)ロマン武器である。剣術の心得などない事を差し引いても喉から手が出るほど欲しい武器だ。
イセリエスは勝太の表情を見て頷くと、日本刀を勝太に渡して片手剣と盾を引き取り衣類ダンスに放り込んだ。
それから続けて弓を取り出した。
「ユグドラシルの枝とスレイプニルの尾の毛の弓。強力な矢は必要になったら渡す。普段は市販のものを使って。『魔法の矢』のスキルを取得すれば魔力消費で任意の矢を放てるからおすすめ。極めれば竜種とも戦える」
逆に竜種と戦えない武器はあるのだろうかと勝太は思ったが、わざわざ弱い武器を出されるよりはマシだと思いなおして弓を受け取る。
イセリエスは衣類ダンスの下の引き出しを引き、中から大量の道具を取り出して床の上に並べ始めた。
そうして一通り並べ終えると、勝太から見て右から順に一つずつ指をさして説明を始めた。
「端から、死者以外のあらゆる外傷を回復する一級ポーション一本、単一部位の欠損を回復できる二級ポーション五本、刀傷や裂傷を回復できる三級ポーションがニ十本、筋肉疲労と体力切れを回復するスタミナポーションがニ十本、状態異常を回復する万能薬五十粒入りを二瓶、これらは貴重。市販品で足りるなら市販品を使う事。しまって」
イセリエスに言われるまま、今説明された道具を収納する。
「次に、ちょっと匂うけど効果は抜群の魔物と虫除けのお香を五十個。多目的用途の麻の小袋ニ十枚、大袋十枚。これらは大抵の町で売ってる。しまって」
勝太はアイテムボックスにこれらを収納する。
「キャンプセット一式。これはAnazoneのタイムセールで買った。しまって」
「えっ?Anazone?オンラインショップの?」
唐突な脱ファンタジーに尋ね返した勝太だったが、イセリエスの有無を言わせない「しまって」の前におとなしく引き下がった。
勝太は言われるままアイテムボックスに放り込む。
「望遠鏡。コンパス。筆記用具。しまって」
アイテムボックスに収納する。
そうして一通り出された道具を収納すると、イセリエスは引き出しを閉じ、衣類ダンスの扉を閉めた。
「準備は以上。食料は行き先なり、近所のスーパーなりで買ってアイテムボックスにしまって。アイテムボックス内は時間が止まるから。十分に備蓄しておけば食べ物に困る事はないはず。下着や衣類は手持ちのものを使って。何か質問は?」
勝太は少し考えてから一つ質問した。
「俺、学校あるんですけど、どうしたら?」
「行ったらいい。扉の先で何日過ごしても、同じ扉からこちらに戻れば入った時刻に戻れる。加齢はこちらの世界の経過時間だけが影響する。扉の向こうで寝るようにすれば、こちらではずっと起きている事も可能。うまく使って」
「扉ってどこにあるの?」
「この団地のあらゆる扉は異世界に通じている。例外はこの管理人室。ここだけは半分異世界。だからテレビも見られる」
「僕の部屋も異世界って事?」
「4号棟306号室は比較的住宅が安い地域につながってる。当面はこの管理人室がある1号棟1階フロアの扉の向こう側にある『始まりの街』で安宿暮らし。お金を貯めて家を買えるようになったら4号棟306号室の地域に自分の家を買うと良い」
「え、でも4号棟306号室の家賃、うちの親が振り込んでませんか?」
「施設利用料。渡した装備も、扉の出入りもタダじゃない。」
勝太は抗議しようかと思ったが、貰ったものの価値の方が大きすぎたので、納得する事にした。
「あの、半分転生というのは?」
「死んだ時に魂が来世と現世のちょうど真ん中で停止した。コインを床に落としたら立つくらいの稀によくある奇跡」
「俺、いつ半分死んだんですかね?」
「死亡のショックで思い出せない人はたまに居る。そのうち思い出す」
他にも質問したい事は山のようにあったが、イセリエスは管理人として午後の団地内の見回りがあるとの事で、管理人室を追い出されてしまった。時刻は15時を回った所だ。
廊下に出ると、夕方を前に団地内の照明が点灯しており、イセリエスは勝太に「101号室を目指しなさい」と言い残すと、交換用のLED電球とLED蛍光灯が詰まったトートバッグをぶら下げて1号棟を出ていってしまった。見回りついでに切れている照明がないか確認にいくのかもしれない。
イセリエスが出ていった後、勝太はアイテムボックスの中身を確認しようと意識を向けたが、管理人室で見えたようなインベントリは一向に見えなかった。
「異世界じゃないと使えないって事か」
こちらで買ったものをアイテムボックスに収納する場合は、どこかの異世界に移動しないといけないらしい。
とはいえ、いつでも好きに異世界とこちらの世界を行き来できるなら些細な問題だ。
それにしても、不思議なのは自分が手ぶらだという事だ。
管理人室の玄関にいた時より前の記憶は、休日の昼にコンビニに向かうために実家から外出した時の記憶だが、財布とスマホは持っていたはずだ。
イセリエスによれば、死因はそのうち思い出すだろうとの事だが、コンビニに出かけた際にトラックにでもひかれたのだろうか?
「もしかして全部ぐちゃぐちゃになったのかな?」
問題は財布も何もないので、金を借りるなり電話を借りるなりしないと、こちらの世界では一切身動きが取れないという事だ。
いや、そもそも実家に電話しようにもスマホに登録した『自宅』をタップした記憶しかないので、電話番号がわからない。
実家の住所はわかるので、交通費を手に入れられれば帰る事はできるが、そもそもこの団地がどこにあるのかがわからない。
勝太は少し考えた後、今後の方針を決定した。
とりあえず、質屋などで換金可能なものを異世界で手に入れて、手に入れた交通費で実家に戻り、自分が社会的にどういう扱いになっているかを確認した上で、電話番号と財布とスマホを確保し、戻ってくる。
あまりやりたくはないが、自分は未成年なので、警察に補導してもらうという手もある。捜索願が出ているならすんなり帰れる気もするが、今日がまだ『実家から出かけた日』なら、わざわざ騒ぎを大きくする事もない。日が落ちる前に帰ればすべてを無かった事にもできるだろう。
これが当面の目標という事になる。
となれば、なるべく早く異世界に移動して、見かけ上こちらの世界の時間を止める必要がある。
方針が決まれば、あとは体を動かすだけだ。
と、そこまで考えた所で、勝太は首を傾げた。
「あれ?ウチの親はこの団地の家賃を払ってるんだったな」
先ほど、イセリエスに自分でそう言ったのだった。
なぜ親が家賃を払って居ると思ったのかはわからないが、そうであると自分は知っていたのだ。自分の親はこの団地に勝太が引っ越す事を了承しているという事だ。
「学校もこっちの学校に通うって事になるのかな?」
やはり、どうにもコンビニに出かけた日と今日との間に得体のしれない隔絶を感じる。
そこらへんの事情を確認するためにも、こちらの世界で移動に苦労しないだけのお金を手に入れ、実家に一度帰る必要がありそうだ。
勝太はエントランスのフロアレイアウトを確認すると、さっそく管理人室から一番近い101号室へと向かった。
レイアウトによれば、1号棟は南北に細長い5階建ての建物で、今いるエントランスは建物の中央にあるらしかった。
エントランス右手が管理人室、左手にポストが並び、ポストと管理人室のあるエントランスを抜けて、突き当りに地下と二階に続く階段、左右にはまっすぐ廊下が伸びている。
階段手前を左に曲がり、廊下の南の突き当り東側の扉が101号室、そこから順にエントランスまで102、103、104、105号室と続き、エントランスを挟んで北側に106号室から109号室がある。廊下の西側には101号室の正面に111号室といった具合に、末尾一桁が一致するように、順に119号室までがある。
なお、管理人室の西側には機械室がある。二階から上は東側が201~210、西側が211~220号室となっている。
レイアウト上には、エントランスの直上は談話室と記載されている。
ともかく、勝太は101号室へ急ぐことにした。
エントランスに近い扉から順番に開けていって中をのぞきたいという衝動に駆られるが、部屋番号の増減に応じて危険度も増減するのではないかという予想を否定できなかったので、イセリエスに言われた通り、101号室から攻略する事にする。
まもなく廊下の突き当りに至り、勝太は101号室の前に立った。
何の変哲もない、団地らしい鉄の扉にステンレスのドアノブだ。
郵便受けから中を覗き込んでみるが、内側で袋状になっているらしく室内は見えない。
「覚悟を決めろ、俺」
勝太は大きく深呼吸をしてドアノブに手をかけ、思い切って扉を引き開けた。