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テンサイ的少女のポートフォリオ  作者: 大和麻也
Episode.12 かいちょう
57/64

II

「これが普通の企画書? わたしに言わせれば、怪文書ですよ」

 嫌味たっぷりに、USBメモリを見せつけながら才華は吐き捨てた。

「合宿所で縁のある過疎地に赴いてボランティア? へえ、演劇を通した交流に、花畑ですか。盛りだくさんで素敵なプロジェクトですね。さすが、夏から計画を練っていただけあります」

 才華は企画書を見つけたなら、最初にそのファイルの作成日時を確認すると言っていた。どうやら、彼女がアタリを付けていただけあって、異常な日付がプロパティに記されていたらしい。

「この企画書は演劇ボランティア部のもの。要するに合宿として、遠征届と一緒に提出、申請するわけですね。ということは、これは生徒会の企画書ではない。いち部活動と大学サークルのInter-Actが組んで開催するプロジェクトの企画書を、生徒会が作っている時点でかなりおかしな話ですが、それ以上に変なところがある。

 どうして夏に作成した企画書にそういった団体が登場しているのですか? 演劇ボランティア部は先月できたばかりですし、Inter-Actとのコネも演劇ボランティア部のおかげでしょう?」

 生徒会が部活動と協力してプロジェクトを企画するのは当然あってもいいことなのだが、企画時点で存在しなかった部活を贔屓することは不可能だ。それこそ、事前にそうなることが計画されていたのでなければ。

 したり顔で語る才華に、ぼくも加勢する。

「予期できないことは計画できるはずがない――そう言ってふたりは、才華の言うことを否定しましたよね。じゃあ、この文書は一体?」

「更新したと嘘を言っても無駄ですよ、最後の更新日時が二か月以上前ですからね。文化祭と球技大会の準備で忙しかったとお察しします」

 まさか生徒会室に侵入されて、パスワードを破られるとは思うまい。いくら抜け目なく計画を進めてきた生徒会長でも対策は不可能というものだ。ぼくと才華の不正なやり方は正当化されるものではないけれど、鼻を明かしてやった気分ではある。

 挑発が効いたのか、生徒会長の人差し指が組んだ腕の上で小刻みに動いている。文化祭実行委員長はというと、知らん顔でスマホをいじっている。両極の反応ではあるが、ぼくたちが痛いところを突いている手ごたえは確かだった。

「驚きました。生徒会長さまが過去のプロジェクトに固執しているということは知っていましたが、その実現方法が斜め上でしたね」才華は驚いた様子を表現する。わざとらしい下手な演技だ。「生徒会が自ら仕切るのではなくて、新しく作る部活にやらせるとは。有志の参加者を募ることは部活にはできないから、生徒会がそこを担う、という役割分担をして。こうすれば、基本的には演劇ボランティア部が自分たちの部費で活動を仕切り、有志のぶんは生徒会が支出することになるから、ふたつの団体の合計でかなりの費用を賄える。生徒会だけでやっていくよりは潤沢でしょうね」

 花畑のプロジェクトで特徴的なのは、生徒会などの主要なメンバーに加え、有志の参加者を募ることだった。しかし、環境整備や負担軽減のための資金が必要になるから、それが不足する生徒会の頭を悩ませていた。

 そこで思いついた方法は、部費の分配を大きく変えることだった。

「ふたつの団体でお金を出すほど資金不足を警戒していたことは、言うまでもないでしょう。天保の部費の分配はカツカツです。全国大会常連の運動部をはじめ、実力があって規模の大きな部活動の取り分があまりにも大きいから。活動費を部活と競合しなくてはならない生徒会だけでは、資金を賄える保証はどこにもない。

 だから、まずは従来の方法で資金獲得を図る。天保高校では、小さな文化部の取り分を減らしたり増やしたりして調整するのが定番。活動が大きくなければ、ゼロ円でやっていくこともあるし、たまに同好会になって部費の支払いが要らないこともあるから、調整するにはちょうどいい畑といえる。

 その調整で生徒会の取り分を増やせるかと言えば、そうとも限らない。費用が大きくないし、文化部の申請が予想に反して多かったら意味がないから。そこで、次年度――つまりプロジェクトの初期費用を確保したい年度の生徒総会で――申請する金額をゼロにさせるための手を打つ。

 それが、文化部の設備投資への大盤振る舞い。将棋部の駒とか、写真部のプリンターとか、毎年は買わないモノ。これを買わせておくことで、次の申請を減らさせる狙い。モノがあれば次の年度は買わない可能性が高いし、『去年高いもの買ったでしょ?』という申請却下の口実も得られる。この裁量を握るために、森崎さんは、会計や会長になりたかった。違いますか?」

 返答はない。苛立った仕草を黙って続けているだけ。

 才華の息遣いには、少しずつ興奮の色が滲みはじめていた。

「でも、文化部の費用を抑えたところで大きな金額とは言えない。もっと必要になる。じゃあ、どうするか? ここが計画の肝心なところ――」


 部費を食う部活をなくしてしまえばいい。


 ぼくはこのとき、足立先輩の眉がわずかに動くのを見逃さなかった。彼女はその当事者なのだから、いくら演技派女優として表情を隠そうにも、心の深層で反応してそれが見えるところに表れてしまう。

「ターゲットになった部活は言うまでもないでしょうね。金券偽造の濡れ衣を被せられて活動停止、部員の心が離れていった頃合いにエースが退部して、そのエースが仕切る新しくて似通った部活に部員を掻っ攫われたところなんて、ひとつしかない。部員が六〇人を超えて部費の分配も当然多い、それでいてエースの求心力が部員をまとめていた部活なんて、崩壊させるにはうってつけ。

 罪を被せる方法は先月説明した通りですよ。写真部に作らせた金券で発生した不祥事を、それとは別にやましい――ただし、よっぽど小規模な――ところがあったその部活がやったことにした。疑われた七人は偽造をしていないわけではないから、偽造そのものをやったとは認めつつも材料売買については否定したことで、ちょうど胡散臭く見えていたね。男子部員というのも良かった、主演女優は何もしていないのに活動停止に巻き込まれた『被害者』ということになるから」

 生徒会長はここでついに口を挟もうとした。でも、そうはさせない。ぼくが先回りして彼の言葉を遮る。

「先月と同じ反論をするつもりですね? 演劇部男子の偽造や、A組とD組の取引、そしてその取引に写真部が行った偽造金券の提供――こういったことは事前には予想しえなかったのだから、計画に含まれていたはずがない。偶然だった、と。

 でも、その議論は重要ですかね? もっともらしい反論というだけで、正直、中身はスカスカだとぼくは思いますよ。だって現に、事前に予想していた企画書が見つかっているじゃないですか。無事に演劇部が倒れて、演劇ボランティア部が立ちあがっている前提で作られた企画書は、計画の存在をよく物語っています。

 会長の言い分に中身がないというのは、計画されていたならそれは完璧でなければならない、という非現実的な前提のせいですよ。最終地点である演劇ボランティア部が創設されて、Inter-Actとのパイプができてさえいれば、それでよかったんですよね? 不測の事態が起こっても、そうなるように別の方法を取っていたんでしょう? 幸い、足立先輩のおかげで人脈には困らないはずなので」

 もちろん、このぼくの反論にも大きな問題がある。これでは、証拠が出ないことには証明不可能だと承知したうえでの、苦し紛れの理屈にすぎない。それでも効果があるとすれば、もっともらしいからだ。

 ぼくは森崎会長と同じ手口で以て、彼の議論を封殺したかったのである。

「まさか……」すぐに彼はぼくの狙いに気がついた。ただし、ぼくがそんな意趣返しをしてきたことが意外だったらしく、苦虫を噛みつぶしたような顔で吐き捨てる。「きみに言いくるめられるとは思わなかったな」

 お褒めに預かり光栄。

 才華のように真実を見抜く力は残念ながらぼくに備わっていないけれど、天保のトップに一泡食わせたい気持ちなら才華にも負けていないつもりだ。

「弥に反論しないということは」探偵少女はメモリをポケットに仕舞いながら、この場に決着をつけようとする。してやった、という清々しい表情だ。「認めるんですね、演劇部を潰してプロジェクトを復活させようとしたことを」

 生徒会長は目を閉じ、俯いた。

 天保に初等部から通い続ける生粋の天保生で、高等部でついにその象徴となった彼も、ギラギラとした瞳の輝きがなければ、力ない細身の男子生徒でしかない。輝くフレームの眼鏡も、ジャージの胸の校章も、長身がつくる長い影も、広い額の顔も、何もかもが持っていたはずの威厳を手放している。どうしたらこの人が天保を天保たらしめる生徒会長に見えようか。

 ふう、と長い息を吐く。それから反対に息を深く吸いこむと、薄く笑顔を作った。

「ああ、そうだな。僕が生徒会役員になり、会計や会長としていままでやってきたのは、過去のプロジェクトを復活させるために違いない」

 才華と顔を見合わせる。

 ぼくたちが正しかったんだ! と、言葉なしに喜びの感情を交換する。ともすれば見過ごされてしまったであろう、天保のツートップが吐いた嘘を暴いてやったのだ。

 ……いや、待てよ?

 その割には、妙な感じが残っている。そう思う理由のひとつには、そう、足立先輩が一言も言葉を発していないこと。そしてもうひとつに、森崎先輩の口ぶりに引っかかるところがある。何かを留保したような、煮え切らないところが。

 ぼくの違和感は勘違いではなかった。

「でも、僕は間違ったことをしたとは思っていない」森崎先輩は一転して、会長としての威厳を取り戻したかに見えた。「僕はバカな大学生が起こした不祥事のせいで続けられなくなったボランティアを、人の役に立つ素晴らしいプロジェクトを、自分の手で復活させようとしたんだ。それの何が悪い! 僕の目的は決して悪いものではない!」

 ひ、開き直り?

 そんなバカな、彼は自分が演劇部を崩壊させたと――いや、それについて彼は認めたと言っていないじゃないか。

「確かに足立と組んで演劇ボランティア部を立ち上げ、プロジェクトの核に据えた。でも、そのために演劇部を崩壊させようとは思っていなかった。夏の計画段階から、生徒会と演劇ボランティア部が手を組んで取り組む必要があったんだ。生徒会と部で役割を分担し、費用を確保しやすくした? ああ、そういう考えもあった。でも、それ以上に大切だったのは、生徒会では企画が通せなかったからだ。先輩も先生も誰ひとり、一度失敗したこのプロジェクトを復活させようとしなかった! 生徒会が企画しても通りそうになかった。僕が足立に協力してもらったのもそれが理由だ。部活動主体で別のものとして改めて企画する必要があった」

 開いた口が塞がらなかった。彼の虚言癖はぼくたちの想像を遥かに上回っていたのだ。嘘を嘘で塗り固めることを躊躇しない。動かぬ証拠を持ちだしたところで、それらしいことを言って正当化しようとする。真実を骨抜きにしてしまおうとする。こんな相手に何を言えばいいというのか。

 これに黙っていられるわけがない。才華が食い下がる。

「部活動を妨害したことが間違いでなかったと言うんですか? 目的のためなら手段を選ばないと?」

「うん? 僕はそんな態度に出た覚えはないね。僕は良いことをしようとしただけだ。僕なりに懸命にやったことが、結果的に演劇部をあのようなことにしてしまった。でも、そうしようとしていたわけではない――だって、演劇部に罪を擦りつけることが計画の範疇とは、家入さん、きみだって確証を持てていないじゃないか。僕は潔白だ、僕の目的は正しかったんだ!」

 まるで演説をするかの如く、熱のこもった声と激しい調子で自分の目的の正しさをアピールする。正しいことをしたと連呼する。まさか、感情的に言葉を並べてこの場を押し切ってしまおうとしているのか?

 ぼくはもう一度彼を言い負かす術を考えた。どうにかしてもっともらしい言い分を作り上げて、彼の空虚な主張を止めなければならない。ああ、でも、そのような議論の仕方が簡単には浮かんでこない。

 このままでは才華と一緒に積み上げてきたものが水泡に帰す。どうすればいい? どうすれば彼に罪を認めさせることができる?

「呆れますね、そういうことをするから私はあなたが嫌いなのですよ、森崎」

 生徒会室の四人とは別の声がドアの外から届けられた。部屋の奥にいるぼくたちからはその姿を確認できなかったが、突然の声に振り返った先輩のふたりは、闖入者の姿を認めて目を見開く。

「森崎が相変わらず嘘を吐くせいで後輩が困っているなら、私もいい加減黙っていては無責任というものでしょう。現実にはなってほしくなかったあのフレーズ、そういえばもう二年も前に書いたものでしたね」

 生徒会室に歩み入る彼女のポニーテールが揺れた。丸いフレームの奥で怜悧な瞳は鋭く、四六時中浮かべているはずの微笑みが消えている。彼女が近づくごとに、森崎先輩の表情は歪んでいった。


「たとえ無意味だったとしても、真相を知る自分が語らなければならない」


 姫川英奈――中等部時代の森崎博士の役員仲間だ。

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