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テンサイ的少女のポートフォリオ  作者: 大和麻也
Extra.11 天才少女の思い出
55/64

その11

 いろいろな偶然が重なることで、土曜日の食堂では、傍から見るとどうして集まっているのかさえ理解できないような、不思議な三人組が同じテーブルに座る場合もある。

 具体的には、あるひとりは部活動が顧問の出張で休部になったことで、別のひとりは恋人が急用で午後のデートをドタキャンし、かつ自宅に昼食の支度がない事情により、加えてもうひとりは、下宿の同居人がふたりで出かける用事があって帰っても昼食を自分で用意しなければならない状況があって、その三人組は集まった。

 ぼく、江里口さん、蓮田さんの三人組だ。湯気を上げる作りたてのとんかつ定食と、月見うどんと、オムライスとを囲っている。

「ええと、そういえばふたりはクラスメイトだったことがあるんだっけ?」

 一緒に食事する相手や必要性がなくなったことで集まった三人だから、互いに知り合いであっても、どの話題もさほど弾まない。そんな中で絞り出した話題が、蓮田さんと江里口さんの関係だった。

「同じクラスにはなっていないよ」

 蓮田さんが否定するので「あれ?」と声が漏れる。そこに、江里口さんがぼくの勘違いへの指摘を付け足す。

「同じクラスだったのはあたしじゃなくて梓だな」

 なるほど、そういえばそうだった。

「とすると、どうしてふたりは仲が良いの?」

「梓と祥子の仲が良いんだよ。梓と付き合っていなかったら、祥子との接点はなかっただろうな」

 江里口さんの恋人、平馬と言えば独特の感性ゆえに同性の友達が少なく、女好きとの噂まで流れる人物だ。江里口さんと付き合いはじめる前からの知り合いだとしたら、きっと蓮田さんのことも江里口さんにそうするように「面白い」と言ってからかったり、口喧嘩をしたりするのだろう。

 恋人の縁で繋がった交友関係に、才華を介した出会いやクラスメイトとしての交友が重なっていくとは、人間関係とはわからないものだし、だからこそ面白い。

「そういえばさ」蓮田さんが口を開く。彼女は平馬のことを親しげに呼び捨てする。「平馬と穂波はどうして付き合うようになったの?」

 単刀直入に問うてきたから驚いて、江里口さんとぼくは危うく箸を落としそうになった。

「いやね、ふたりは一度しか同じクラスになっていないでしょ? しかも三年生のときだから、私は別のクラス。どうやって仲良くなっていったのか見ていないんだよね」

 特に求めていない補足説明がなされる。江里口さんにしてみれば、どうして知りたいのか説明を受けるよりも、話さないで済むならそうしたいし、話さなければならないなら心の準備をしたいところだろう。

「教えてよ、減るもんじゃないんだし」

 江里口さんの気持ちを汲むつもりがないのか、それともできないのか、蓮田さんはまとわりつくように回答を求める。呆れた眼鏡の女子生徒は、才華がするのと同じように、適当な応答であしらおうとする。

「一年もあれば仲良くなるだろ」

「ええ、それは説明にならないよ」

 食い下がるなぁ。

 でも、蓮田さんほどではないにせよ、気にならないこともない。平馬のような男が江里口さんに惚れたとき、どのような振る舞いを見せたのかは正直ちょっと知りたい。いまでこそ男女の緊張すら超えた関係性にあるが、それ以前の時期もあったはずで、そういうとき平馬は何を言って、どうアプローチしていたのだろうか。

 それを知ることができたなら、友人の弱みを握れるような気さえする。

「どっちから告白したの?」

「…………」

「いつごろから好きだと思うようになったの?」

「…………」

「というかあの変人のどこが好きなわけ?」

「…………」

 デリカシーのかけらもない蓮田さんの訊き方はいかがなものかと思うけれど、口を閉ざす江里口さんも意地になっているようだ。頬を赤く染めているのを見れば、面白いエピソードを持っていることはバレバレなのに。

「そう言う祥子こそどうなんだよ。人に訊くってことは自分も訊かれたいんだろ?」

 苛立ちを募らせた江里口さんが反撃に出る。問われた蓮田さんは頬に手を当て、悩ましく強調した声で続ける。

「え? 私? 参ったな、まだ愛莉先輩も才華さんも決めきれなくて……」

「ああ、やっぱり聞かなくていいや。真剣に答えるつもりはなさそうだから」

 蓮田さんにせよ江里口さんにせよ、話をはぐらかそうとするのは、恥ずかしさや照れに加えて、ぼくが同席しているところで恋愛トークはしたくないからだろう。よほど気の置けない間柄でなければ、異性と一緒に話せるものではない。

 ところが状況は思わぬ方向に向かう。江里口さんは蓮田さんに話を聞く代わりに、ぼくのほうに目を向けた。まさか。

「久米くんは? 何かないの?」

 やはりぼくに話を振るか。

「あ、それ気になる。才華さんと恋人じゃないとは言うし、実際そんなこと不釣り合いでありえないと思うけれど、どう思っているかは別問題だよね。実際のところどうなの?」

 蓮田さんも江里口さんそっちのけで身を乗りだす。関心があるのはまだいいとして、わざわざ余計な前置きをして傷つけてくることはないのに。ぼくが怒ったらかえって知りたいことを聞きだせなくなる。

 ただ、ぼくは公式回答を持っている。落ち着いて、丁寧に否定すればいい。

「だから、才華とはどうということはないよ。親戚だしね」

「身内だろうと構わない、禁断の恋というものも……」

「ないよ」

 ええ、とつまらなそうに声を上げる蓮田さん。ぼくと才華の恋仲はありえないと言いつつ、ぼくには片思いをしていてほしいようだ。確かに、そのほうが話題性があって刺激的な人間関係を、第三者として楽しめただろう。

 でも、と問いを重ねてきたのは、意外にも江里口さんだ。

「家入が相手かはともかく、気になる人とかはいないんだ?」

「へ?」

 才華以外で、という注釈がついた質問は初めてだ。

「うん、ないよ。高校生活で手一杯」

「そっか、そう言うならそうなのね」

 簡単に引き下がる江里口さん。ぼくの言っていることを信じてくれるのだから気が楽なのだけれど、初めてのパターンであった。何か確信があって、才華を無関係にする前提で訊こうと思ったのだろうか?

 続いて蓮田さんが「弥くんなんてどうでもよくてさ」と話題をさらに転換する。

「才華さんはどうなんだろう? 恋とかしているのかな?」

 ぼくがからかわれることは多々あれども、才華が恋の話題に巻き込まれるところは見たことがない。新参者はターゲットにされやすいからぼくが狙われるのは当然として、彼女は中等部から天保高校で過ごしているのだから、そういう話をされたことがないはずもない。

 でも、ひとつ考えられる可能性としては――

「話題には乏しいんじゃないの? 『興味ない』って感じで」

 というふうに、才華自身が恋の話題にまったく興味がなく、周囲がからかってもつまらないと思うようになり、現在話を振られなくなった可能性だ。

「まあ、そんな感じだとは思うけれどね」

 蓮田さんも同意する。初めてクラスメイトになって半年、才華がそういう女の子だとはすでに気がついていたらしい。

「家入ってさ」中学三年間同じクラスだった江里口さんが加わる。「そもそも友達らしい友達もいないから、それこそ男子で仲良くしているのって久米くんくらいだぞ」

 薄々そんな気はしていた。

 自分の好奇心がくすぐられるか否かでテンションが激しく上下する彼女は、クラスでは気難しい生徒という認識が広がりやすい。そうなれば、四六時中一緒にいる友達もなかなかできないし、いわんや恋をや。

「え、それってつまり弥くんが好きってこと? だとしたらがっかり。それはイヤ」

「どうして蓮田さんは、わざわざぼくを攻撃せずにはいられないのかな……」

 そういうことではないと思うけどな、とは江里口さん。

「他人に興味がないんだろ。そりゃ、世間話くらいはするし、敵対的な態度をとるわけでもない。でも、あいつって自分の興味のあることは自分で解決するだろ? 人に頼らないし、何か頼むときは決まって、自分の興味を満たすためだ」

「おお、さすが江里口さん。才華のことをよくわかっている」

 彼女は臭いものを嗅いだかの如く表情を歪めた。

「要するに、そういうのとは関係なく話せるのって、久米くんぐらいじゃないかってこと」

 そうなのだろうか? ぼくだけ特別という感覚はないでもないけれど、それは同居生活ゆえに自然と成立した、必要最低限の関係のように思う。

 それに、江里口さんだってその特別扱いの範囲に入りうるはずだ。ふたりが喧嘩をしたりいたずらを仕掛けたりするのは、才華が何かを知ろうとして江里口さんを利用しているからではないはずだ。

「ねえ、それって結局」蓮田さんが不満そうな声を上げる。「穂波は才華さんが弥くんを好きだと思っているの? それともそうではないと思っているの?」

 江里口さんは笑う。無粋なことを訊くな、とでも言うように。

「あたしは、家入は人を好きにならないと思っているんだよ。久米くんがいなければ、家入は友情だって身に付けていなかったんじゃないか?」

 どう考えても言い過ぎているその評価に、ぼくは堪えきれず笑ってしまったのだった。だって、長い時間かけて築いた友情がなければ、相手の恋心の推察も、冗談交じりの過剰な評価もできないはずだろう?

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