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テンサイ的少女のポートフォリオ  作者: 大和麻也
Episode.11 しんぼう
53/64

III

 途中言葉遣いに注意することも忘れて、才華は自分の持てる推理を語りつくした。一気に捲し立てたものだから、わずかに呼吸を荒くしている。

 しかし、先輩たちの反応は冷ややかだった。

「私をそういう女だと思うのは勘弁してほしいな」足立先輩は途中から話を真剣に聞いておらず、殺到するメールに対応しながら片手間に聞いていた。「部内恋愛とかありえない。私がスリリングな恋に憧れるからって、取り返しのつかない恋を喜んでするほどバカじゃないから」

「僕に言わせれば」森崎会長も冷ややかだ。低い声には苛立ちが滲んでいる。「論理的にも欠陥がいくつもある」

 それから生徒会長は、才華の横柄な態度に意趣返しするかの如く語りだす。

「まず金券の上限量のことだが、残念だな、余剰は作られている。文化祭の金券には返金の仕組みがあるのだから、いくらか多く作って値段以上の金券があったとしても、作りすぎなければ問題ない。秘密裏に増刷するようなことはしていなかった。やましいところはないのだから。

 写真部を買収したような言い方もどうだろう? 印刷の必要は確かに生じてしまったが、まさかそれを秋穂祭の前段階から予想していたとでも? 生徒総会での部費の割り振りは公正に決められたし、かといってそれで恩を売るということはない。教室の割り当てだって同じだ。もちろん、写真部に画用紙を持っていくよう頼んだ実行委員を騙してなどいない。本当のことを言っていた。

 それに、写真部の部長がD組で、偽金券を使った売買に参加していたと? これもどうだろうか、証拠がない。おまけに、濡れ衣を着せられてしまった演劇部員たちはなぜそれを証言しない?

 演劇部を唆したというのも関心しない推理だね。これも同じ、保証がない。金券を作らなかったら、計画的にやっていた意味がないだろう?

 演劇部に罪を擦り付ける方法も検討に含まれていないよね? それで『目的』と言われても、残念だが説得力がない。演劇部に罪を擦り付けることができたのは、A組とD組の不正のおかげということになっている。不確実だ。

 揚げ足取りならこれ以外にもいくらでもできるけれど、僕の言いたいことはわかっただろう? 家入さん、キミは理屈をこねて遊んでいただけだ。証言はもう揃っているし、学校の判断で処分は下された。終わったことをひっくり返しても意味はないぞ」

 これには才華も我慢ならなかったらしい。

「理屈をこねて遊んでいた?」彼女らしくもなく、声を荒げて食ってかかる。「それはそっちのことでしょう! 事実を隠す理屈を作って嘘を吐くほうが立派だって言うの? いまだって適当にそれらしく否定できる理屈を言ってみただけじゃない!」

 ふたりは黙っている。何を言っているかわからない、というふうに。

「嘘が罷り通るなんて思わないで! わたしは――」

「才華」

 いい加減目に余るものがあった。肩を引いて、いまにも掴みかからんとする彼女を制止する。目を剥いて頬を紅潮させる彼女は、ぼくの知っている好奇心旺盛で気まぐれでお洒落が好きな、ぼくを楽しませてくれる天才少女ではなかった。

「もうここまでにしよう。才華が首を突っ込むことではないってことだよ。先輩が言うように、事は解決済みなんだから」

 場の誰からも理解されず、彼女は頭を抱えた。その手でセミロングの美しい髪を乱す。雨で湿っていた髪の毛はたちまちぼさぼさになってしまう。

「わたしが間違っているとでも?」

「そうは言っていないよ」

「弥は嘘を信じるの? わたしを信じないのね?」

「…………」

 信じていないつもりはなかった。彼女は正しいことを言ってくれる、そう思っている。正しかったとしても、ただ信じ切って味方してはならない。そうではなくて、彼女を止めなくてはいけないと思っていた。

「そう、フィールドトリップのときと同じか。弥はわたしが好き勝手言っているだけと思っている。わたしはちゃんと自分で考えて、事実を言っているのに」

 電車の遅延の理由について話したときのことだ。スマホの故障と発煙を原因だと言った彼女を、スマホが気に入らないからそう言っているだけと思ってぼくは信じなかった。あのときは、ぼくが間違っていた。

 でも、今度は違う。

 才華が止まらないといけない。

 自分で考えた真実に酔って、それを振りかざしている。

「いつでも自分が正しいと思ってはいけないよ」

 あのときはゲーム感覚だった。そう、今度は違う。迷惑をかける相手が目の前にいる。

「…………」

 唇を真一文字に結んで、子どものように眉を寄せてぼくを睨みつける。鋭い視線には、単に怒りというには複雑すぎるメッセージが含まれているのを感じた。伝えたいことは痛いほどわかった。逆の立場なら、ぼくもそう思っただろうし、それに似た感情を感じたことがないでもない。

 疲れたように視線を切って俯くと、そのまま静かに歩いて部室を出て行ってしまった。部室の入り口に閉じて置いた傘も持たず、小雨の中を去っていく。

「お騒がせしてすみませんでした。呼びだしておいてこれで」

 先刻、蓮田さんのときと同じように、ぼくは才華が作り出した被疑者に詫びた。ふたりの反応は才華と対峙しているときよりは幾分穏やかだった。

「そういうこともある。早く出よう、無断でここにいるんだから」

 森崎会長はそう言うと、ひと足先に傘を手にして部室を出た。

「いつもふたりでいるんだよね」足立先輩も森崎先輩に続きながら、ぼくを振り返って言った。「こんなことは滅多にないことくらいわかるよ。仲が良くて素敵。親子か兄妹みたいに見えちゃった」

 そう見えたなら先輩の目は節穴だ、と食らいつくほどの気概は、ぼくにはない。

 ひとりでプリンターを元通り片づけて、才華のものと自分のものと二本の傘を持ち、部室を後にした。



 週末のぐずついた天気が嘘のように、学食の窓際の席で暖かい陽気を浴びながら過ごす昼休みだった。

「家入が熱ねぇ……バカは風邪引かないはずなのに」

 才華が学校を休むとは珍しい、ということを江里口さんなりに表現した言葉だ。これもひとつの愛情である。

「朝から寝たきりなんだ。部屋から出られなくて、ほとんど話してもいないよ」

 朝夕の気温が下がってきていたし、先月末には台風も来て気圧が安定しないこの頃だった。それに重ねて小雨といえど体を濡らしたことが災いして、才華は熱を出して寝込んでいた。精神的なショックまで体調不良の原因とは、できれば思いたくない。

 土曜日に揉めてすぐ翌日には体調を崩してしまったから、これといって言葉を交わせていないことが心配だった。彼女はぼくの言ったことをどれくらい気にしているだろうか。共同生活はこれからも続くのだから、禍根が残ってしまわないようにしたいのだけれど。

「その家入ちゃんと喧嘩した、と?」平馬は頬張っていたチキンカツを飲み下して、面白がっている色を隠そうともせず尋ねる。「久米と家入ちゃんって、喧嘩する余地があったんだな。意見が合わなくてもお互い気にしていない感じだから。熟年夫婦みたいに」

 熟年夫婦は過大評価だ。新婚と言われても首を捻るけれど。

 数日前の足立先輩も、平馬も、ぼくと才華を家族の関係になぞらえた。そのことに正直悪い気はしないけれど、そうだとしたら大きな見当違いだ。実際は違うと、ぼくは思っている。

「もしかして、まだ金券の件で何か言っているのか?」だてに才華と長く一緒に過ごしていない江里口さんは、いさかいの原因を言い当ててみせた。「頭が切れるのはいいが、それが暴走することもあるのが家入だ。久米くんが怒ったのは正解だったと思うぞ。家入には警戒して、たまにブレーキをかけないと」

 ぼく自身は「怒った」つもりはなかった。せいぜい「叱る」「咎める」「諫める」といったあたりのことをしたと思っていたのだけれど、傍から状況を考えれば怒っていたのだろう。そうだとすると、頭に血を上らせてしまったことを反省しなければならない。

 江里口さんの発言で引っかかったことがもうひとつある。「警戒」という言葉だ。

「才華を警戒しないといけないって、どういうこと? 確かに、気を遣っていないと浮き沈みの激しい子だとは思うけれど」

 長年の友人は首を横に振った。

「家入自身のことじゃなくて、家入が誰かに危害を加えないか気にするべきなんだ」

 そう言うだろうと予想していた。わかっていてとぼけたことを言ってみたのだ。

「穂波が家入ちゃんを気に入らないのって、そういう話があったからだろう?」

 平馬の問いに頷いて、江里口さんは嘆息交じりに話す。

「中等部に入学したてのころは、仲が悪いことはなかったよ。変わったのは二学期に入ってすぐのころだ。あたしが学校で体調を崩して早退することになってな、歩くのもつらかったから、先生に伝言してもらって教室の友達に荷物を持ってきてもらうことになったんだ。

 それで荷物を持ってきてもらったんだけど、ロッカーからも持ってきてほしいものがあったのを伝えられていなくて。もう一回行ってもらうのも悪いから諦めようとしたんだけど、そのとき家入が来たんだ。『持ってきたよ』って」

 気が利くじゃないか、と茶々を入れる平馬に、江里口さんは強く首を振った。

「バカ言うな。考えてもみろ、かなり気持ち悪いことだぞ。あたしは家入に、ロッカーに荷物があることは言っていないし、ましてロッカーのダイヤル錠の番号も伝えていないんだぞ? あいつは、自分の頭で考えて、あたしがロッカーの中に置いたものを必要としていることも、鍵に設定している番号もわかっていたんだ」

 その当時を思い出すのか、目の前に才華がいるかの如く彼女は眉を顰めている。

 求めてもいないことを先回りして、しかも自分が安心してかけている鍵まで開けられたとなれば、ある程度親しい間柄でも気味悪く思うこともあろう。むしろ、それで江里口さんと才華の関係でいられるなら幸いなことなのかもしれない。

「こういう言い方は良くないとは思うけれど――久米くんは家入と親しいんだから、たまには必要なことだったんだよ。役割みたいなものだ。気に病むことはない、悩むべきなのは家入のほうに決まってる」

 江里口さんが伝えたい旨は痛いほどよくわかった。才華の頭脳は、彼女が純粋に好奇心で動いている限り無害だけれど、悪用されることがないとも限らないし、知る知らざるで以て他者に攻撃的になってしまうこともないとはいえない。ぼくが出会った、あの才華とも思えない才華の姿は、その懸念が現実になった姿だったのだ。

 彼女が恐れているものは理解できた。でも、ぼくは頷くまでは納得していなかった。才華の性質のことではなくて、もっと別のところ、違う意味で。

「おれも穂波の言う通りとは思うが、久米も、自分が家入ちゃんに怒ったことが間違っていたとは思っていないんだろう? ただ、こんなに面白くない話で終わるとは思えないわけだ。違うか?」

 平馬がふと曖昧な言葉で漏らしたそのことに、やはり心の中で抽象的にしか整理できなくても、深く頷けるものを感じたのだった。

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